あの日以来、熱を持ったようにあつい身体。
目を閉じればあの時の光景が鮮明に思い出される。

もうこれ以上、関わってはいけないと分かっているはずなのに、
街を歩けば自然と目で探してしまい、出会った居酒屋の近くを無意味に通ってしまっている自分がいた。

「あ!!この前はひどいじゃないか、僕をおいていくなんて」
「えっ、あ!そういえば・・・」
「おいおい、そういえばって・・・」

偶然出会ったのは、求めていた人物ではなくこの前一緒に飲んでいた友人だった。

「ほんとごめんね、あのあと無事に帰れた?」

どの口が言うんだ、と我ながら悲しくなる。

「いやー、お店の人に起こされてなんとか帰ったよ。あの時、ぜんぜん眠くなかったんだけど気づいたら寝ちゃってたみたい」
「そう・・・。じゃあ今日、お詫びにわたしが奢るからさ、この前のところでまたどうかな?」
「ほんとに?じゃあ、喜んで」
「うん。じゃああとでね」

友人は嬉しそうに手を振って去っていった。

そうだ、もうあの人のことは忘れよう。
こんな私でも好いてくれてる人がいるのだから、その人を裏切るようなことはできない。
あの人に比べたら、なんていい人なんだろうか。

きっと今日、彼は私に思いを伝えてくるだろう。
だから私はそれに返事をし、すべてを忘れて正しい愛に生きるのだ。
それでもう終わり。
一回だけの過ちで、それだけのこと。



「・・・・なのに来ないってどういうことなの」

その日の夜、待てど暮らせど友人はその場に現れなかった。
腹立ちついでに一人で酒をあおり、さっさと居酒屋をあとにしてしまった。

「はあ・・・」

家への帰り道、ガヤガヤと騒がしい街の喧騒。
ついクセで銀髪を探してしまう。
それでももう見つからないってことも分かっている。

「もう、やめよう」
「ねえ」
「!」

自分に言い聞かせるように独り言を漏らすと、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

「もしかして、おれのこと探してる?」
「カ、カシ!」

まさに探していた人物が、目の前に突如現れた。
カカシの質問に答えずともの表情がその答えを物語っていた。

「やっぱりね。だからこの前おれ、言ったでしょ?またねって」
「・・・・・」
はおれにまた会いたくなるだろうなって思ってたんだよね」

笑ってしまうくらい傲慢な言い方も、なにを考えているのかわからない表情も、すべてどうでもよくなってしまうくらい胸が高鳴っていた。

「おれの家、来る?」
「えっ?!」

思わぬ発言にドキッと心臓が跳ね上がった。
子供じゃないんだから、その言葉の意味なんてわかっている。
そんなを試すように、カカシの目は静かにを映していた。

「ま、このあとなにか用事あるならまたいつかでいいんだけど」

自らで決断を下さなければいけない残酷な質問。
そんな時に、うれしそうな友人の顔が思い出される。
あぁ、もしあの人がきちんと来ていたら今頃お酒を交わしながら愛の言葉に耳を傾けていたのだろう。
そしたらこんな間違えはもう犯さなかったのに。

「・・・・行く」
「そ。じゃあ、おいで」

カカシは手を差し出して、はその手をそっと掴んだ。


それがこの、壊れた関係の始まりだった。

ひたすらに快楽にまみれ、終わればすぐに体を離す。
この関係に愛の言葉は不必要だった。


「泊まっていく?」

そう聞かれてうれしかったのは最初だけだった。
その言葉に浮かれてベッドの中で寄り添って朝を迎えると、すでにベッドはもぬけの殻。
ご丁寧に机の上に鍵がポツンと置いてあり、その鍵を使ってポストに入れてから帰ってくれと訴えてきているようだった。
こんな虚しい朝を迎えるくらいなら、いっそのこと無理してでも帰ればよかった。

それでもはまたしてもカカシの家へ訪れて、快楽の海へとおぼれていくのだった。

「ああっ・・・!カ、カシ、気持ちいい」
「おれも気持ちいいよ」

カカシが真剣なまなざしでそう答えるだけで、何十倍にも快感は増していった。

・・・」
「ダメだって」

カカシはいつも最中に口づけようとに呼びかけるも、最後の意地でどうしてもそれは避けてきた。

「なんで?」
「・・・・・」

カカシの問いにはいつも答えられなかった。
それはきっと、この関係を終わらせる一言だから。

「変なところで意地っ張りだよね」
「だって、きっとカカシが困るから」
「おれが?」
「そう・・・あ、んんっ!」

すっかり油断していた。
あれだけ避けてきたはずなのに、突然カカシは口づけてきた。

「ん、ぃや・・・ふ・・・」

頬をしっかりとつかまれてしまったために、顔を動かそうにもそれは叶わず、ねっとりと舌を絡ませながら、カカシは止めていた腰を再び動かし始めた。

「んっ!ん、んぁ・・・!」

今までにない快感、酸素の少ない頭がさらにスパークする。
いつの間にかカカシの口づけに応えてしまい、さらにはねだるようにカカシの首に手を回していた。

「ッ・・・、ふあ、は・・・」
「ね?気持ちいいでしょ?」
「ずるいよ」
「なんとでも」

口を離したカカシはニヤリと笑って、余裕のないに追い打ちをかけるように再び口づけた。

ずるい、こんなこと。
まるで恋人同士のようだから今まで避けてきたのに。

きっとカカシはそんなこと考えていないだろうけど、
だからそれが、ずるい。

「最高だよ、

満足したようにカカシは微笑み、まるで二人は恋人のように口づけ合い、手を繋ぎながら絶頂を迎えた。



その後、幾度となくカカシと体を交える日々。
乱れた関係だとわかっていても、お互いそれを触れずにいた。

「この前は約束してたのに行けなくてごめんね」

そんな中、相変わらず友人はを食事に誘った。

「そうだよ、待ってたんだからね」
「ほんとごめん、僕も行きたかったんだけど、突然仕事で呼ばれちゃってさ」
「今日はそのお詫び?」
「うーん、まあ、そうかな」

ポリポリと頬をかきながら笑う友人は、やけにおしゃれなバーにを誘った。

「素敵なお店」

静かにジャズが空間を包み込み、ほのかな明るさを放つ電球が心地よさを増す。
目にも鮮やかなかわいらしいカクテルと、耳に心地よい友人の声、そして久々に感じる多幸感がそこにはあった。

・・・、きみはもう気づいているかもしれないけど、僕はきみのことが・・・」

ついに友人は思いの丈をに伝えた。
その言葉にはイエスともノーとも答えなかった・・・というより答えられなかった。
これがカカシとの関係が始まる前だったら、きっとハッピーエンドを迎えられたのだろう。

友人は、返事はいつでもいいから、とその場をお開きにしようと店を出てとその場で別れようとした。

「ねえ、待って」
「な、なに?」
「もう少し、飲まない?」

先を歩く友人の服の裾をそっと掴めば、どこかで見たことあるような眼の色でこちらを振り返った。

「そうだ、このまえ言ってたでしょ。おいしいワイン手に入れたって」
「あぁ・・・うん」

ゴクリと生唾を飲む様子が分かりやすい。
結局、友人の家へと招かれて静かな空間でワインをゆっくりと味わっていた。

「おいしい」
「でしょ?でもアルコール強いから、飲みすぎに気を付けて」
「寝つぶれた人がなーに言うの」
「アハハ、そうかもね。一応、水も飲んでおこうかな」

そういって席から立ち上がり、台所へと向かった。

「あ、わたしもほしい」

パタパタと彼の後ろについていき、一緒にグラスを持ってミネラルウォーターを一口飲む。

「やっぱりあのワイン、おいしいけど一気にたくさんは飲めないね」
「・・・・」
「?」

急に返事がなくなった友人を不思議に思い顔を伺うと、グイッと肩を寄せられて突然に口づけられた。

「ん・・・」

少し驚いたものの、拒絶どころかそっと彼の体に腕を回して抱きしめた。

「ごめん、突然」

口を離して、顔を寄せたまま彼は謝った。

「ううん」
「・・・・」

彼は熱に浮かされたようにを見つめ、吸い寄せられるように再び口づけた。
もそれを受け入れて、じわりじわりと頭の中がマヒしてくる。
ついばむように何度も口づけ、の腰に手を回して引き寄せた。



彼は尋ねるように名前を呼び、そっと手をつないでベッドルームへといざなった。
そして優しくベッドに寝かせ、その上に覆いかぶさるように体を寄せ、再び口づけた。



「んっ・・・は・・・あっ」
、僕、もう・・・!」
「うん、いいよ・・・」

ゆさゆさと体をゆすられ、目の前で快楽と苦しそうに顔をゆがめる彼をぼんやりと眺めていた。

「く・・・ああ、・・・」

彼は何度も名前を呼び、優しく口づけた。

どうしてだろう、なんでこんなに冷静にいられるんだろう。
名前を呼ばれ、口づけられながら愛を与えてくれている。
こんな幸せなことないはずなのに。

自分の上で必死に腰を振る彼がバカらしく思えてきて、そんな自分に嫌気がさしてくる。
確かに幸せで気持ちいいのだけれど、それ以上のことをとっくに知ってしまった身体にそれは物足りないものでもあった。

、イくよ」
「うん」

彼は愛してくれているのに、その気持ちを弄んでなにが楽しいんだろう。

こんなこと、あまりにも酷すぎる。
まるでどっかの誰かのようだ。

「はあ・・・うっ・・・んぐ・・・!」
「ッ!」

ブルッと体を震わせ、薄いゴム越しに彼の欲望が吐き出されたことを感じた。

「はあ・・・」

息を乱した彼はの隣に横たわり、愛おしそうにを抱き寄せた。
しばらくなにも言わず、ただ静かに時が流れていた。

「好きだよ、
「・・・・」

彼の言葉に、眠ってしまったふりをした。
それでも彼はに優しく口づけて、そのまま抱きしめたまま目を閉じた。


そうして二人分の体温で暖められたベッドの中で朝を迎えて、目を開ければ目の前に彼がいて。

あぁ、幸せってこういうことなんだ、とやけに冷めた頭で思ってしまった。

そして物足りないとも思ってしまった。


きっともう、狂わされているんだろう。


目の前は染め上がってしまっていた。

それは漆黒の闇よりも暗い−−−









1<<<      Under TOP      >>>