そして時は今に戻る。

「ど、どうして、ここに・・・」
「本当に辞めてたんだね」

困惑したように狼狽するの姿にとある過去がフラッシュバックした。
いつだったかも分からないが、前にもこんな風にの前に立ちはだかったことがあったような。

「カカシ先生、わたし・・・」

の言葉にハッと我に帰ると、思い詰めた表情を浮かべたと思いきや深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。カカシ先生もガイ上忍も裏切るような形になってしまって・・・。滅多打ちでもなんでもしてください!」
「ちょ、ちょっと待って。俺たちはなにも事情を知らないのよ。が忍を辞めたことも、知らなかった」

頭を上げさせようと肩に手を触れると、ビクッと体を震わせてゆっくりと身体を起こした。

「だから教えてよ。になにがあったの?」



なんでもない道沿いで立ち話をするわけにもいかず、近くに店もないため急遽の家へと招かれた。
終始は緊張した面持ちで、いざダイニングテーブルで向かい合った時も不安そうに手を握り締めていた。

「散らかっててすみません」
「いや、こちらこそ気遣いできなくてごめんね」
「え?」
「こんな時間に一人暮らしの女の子の家に上がり込むなんて配慮に欠けてたよ」
「えっあっ、いやっ、それは、わたしが、勝手に!」

途端に顔を赤くして慌てる素振りを見せるに、思わず笑みがこぼれてしまった。

「相変わらずで安心した」
「そ、そうですか?」
「すっかり女の子らしくなっちゃったけど、あの時のままだった」

つい口に出てしまった言葉にはますます顔を赤くして俯いてしまった。

「でも、変わらないものもあれば、変わるものもあるんです」

へへ、と困惑したように笑いながら耳に髪をかけながら言葉を続けた。

「実は最後に修行をつけてもらった日、午前中に受け取っていた任務のことについて火影様から呼ばれてたんです」
「諜報の?」
「はい」

あの日受け取った任務は、忍たるもの体を張って任務を遂行すべし、くノ一ならば尚のこと、といった、いわゆる身体を使った諜報活動だということだった。
火影はに対して受けるか受けないかは任せる、もちろん拒否したとしても今後の評価には響かない、と述べた。
しかし無我夢中で上忍を目指していたにとって、この話はいわば駆引きのようなもので、例え評価に関係ないと言われようとも、の実力を評価されてまわされた任務には違いない。
それを断るということは、信用も一緒に無くなってしまうのではないかと一抹の不安がよぎった。

  「承ります」

いま考えれば無鉄砲すぎだったのだ。
まだ誰も知らない身体を里のために捧げると思えば光栄なことなのかもしれない。

しかしそれでも、諦めきれないところがあった。


「カカシ先生。わたし、カカシ先生のことがずっと、ずっとずっと、ずーっと好きだったんです」

突然の告白にカカシは目を見開いた。

「里よりも、カカシ先生に捧げたかった」
「だったら・・・」
「でも、いざ抱かれたらもうダメでした。もう、無理だなって」

行為自体は愛もなく切なさだけが残るものであったが、一度知ってしまったカカシの体温に包まれた身体は、もう何者も受け入れられなくなってしまった。
その途端、カカシのために頑張ってきたすべてがプツリと途切れてしまったようだった。
カカシのことが好きで、憧れで、そのためにここまで頑張ってきたはずなのに、自らその関係を壊してしまい、なにもかもが絶望へと変わってしまった。

宿屋を出た足でそのまま火影の元へ行き、件の任務を辞退する旨と同時に忍を辞めることを伝えた。
火影は何度もを説得しようとしたが、心に決めたことは覆らなかった。
そして忍の世界から、カカシの前から姿を消したのだった。

「・・・ということなんです」

は一息ついた後、少し困惑したように微笑んだ。

「上忍を目指したのも憧れてたカカシ先生に少しでも近づきたくて、でもひょんなことから近道もできたけど」

まさかこんな風にお話しできる日が来るなんて、と笑う姿はどこか無理しているように映った。

「だからもう、わたしにはカカシ先生と一緒にいられる資格がないんです」

自嘲気味に口の端を歪ませて笑ったはガタッと席を立ち上がった。
それは話を終わらせるのと同時にカカシに出て行ってほしいと言っているようなものだった。

「・・・」

言いたいことも聞きたいことも沢山あるが無言のまま立ち上がった。

「またお会いできたら、その時は是非」

なにが是非だ、との心のこもってない言葉に心の中でぼやく。

はこれでよかったの?」

去り際にそれだけ尋ねると、泣きそうなのか笑っているのか、曖昧でぐちゃぐちゃな表情を浮かべたが「ハイ」と心のこもってない言葉を残して玄関の扉を閉めた。


*    *    *    *    *


扉を閉めた後、そのままその場でしゃがみこんでひたすら泣いた。
それはもう子供のように顔をぐしゃぐしゃにして泣いて、もしかしたら戻ってきて抱きしめてくれるかもしれないと都合のいい妄想をしては余計に悲しくなりますます涙がこみ上げた。

あの日、忍を辞めた時から覚悟はしていたはずなのに、それでも悲しくて辛くて情けなかった。

   「わたしにはカカシ先生と一緒にいられる資格がないんです」

これで全てが終わったのだ。
アカデミー生の時からの憧れは思い出になったのだ。
なにが正解で、どこから間違えたのか、そんなこと考えるだけで無駄だと分かっていても溢れてくる涙と同じようにとめどなく頭の中を巡った。

「カカシ先生・・・」

名前を呼ぶだけで心が痛む。
痛くて痛くて、もう呼ぶまいと思い出にそっと蓋をした。



「ハ?合コン?」

同期の素っ頓狂な言葉は店中に響き渡った。

「ちょ、しー!しー!」
「ごめんごめん。でも、いつもあんた誘っても頑なにカカシ先生がー、て」
「う・・・うん、まあ、心境の変化というか」

同窓会から数日後、同期の一人とランチがてら再会していた。
これまでのことを話していなかったから、同窓会の帰りにあったことも言わなかった。

「心境の変化ねぇ。まあ、ちょうどいいわ、今度あるからも人数に加えるね!」
「うん・・・」
「うわ、あからさまに嫌そう」
「そんなことない!ありがとう!嬉しい!」
「まーたそんな心にも思ってないことを」
「アハハ」

と、心にもない笑顔を浮かべながらランチセットのサラダをフォークでつついた。

そして来たる合コンの日。
果たしてどんな格好をした方がいいのやら、ヒラヒラしたものを着たらいいのやらどんな人が来るのやら、そもそも何のために行くのやら、最後まで疑問に思ったまま待ち合わせのお店の前までたどり着いた。

「あ、来た。、ここだよー」
「あれ、忍服じゃない!」
「当たり前だよ!」

見知ったメンバーが見慣れた忍服の代わりに清楚な服を纏った姿に目がチカチカした。
しまった、もう少し可愛らしい格好をしてくればよかったと自分のいつものブラウス姿を見て肩を落とした。

「相手はもう中に入ってるみたい。今回の狙い目は木ノ葉病院の医者か手裏剣商事、あとは少しランクは落ちるけど特別上忍ね」

作戦会議さながらの会話をふむふむ聞いたあと、上忍の貫禄を持った同期を先頭に、その勇ましい姿を拝みながら慌ててあとをついていった。

「こんばんは〜」

そうして始まった目まぐるしい合コンに、は聞かれたことを答えることくらいしか出来ずにあとはひたすら甘いお酒をちびちび飲んでいた。
名前は?仕事は?休みの日は?趣味は?
時間が進むにつれ周りが盛り上がるのに比例してのテンションはどんどん下がっていった。
息をするたびに何しに来たんだっけ、とため息が漏れそうになるのを堪え、目の前に取り分けられたサラダの破片を口に運んでいた。

さんだけもう忍じゃないんだね」
「えぇ、まあ」

そんな中、同じように周りの盛り上がりに入らずぼんやりとのことを眺めていた目の前の男性に話しかけられた。

「今日のメンバー、まさかくノ一がこんなに集まるとはね」
「あぁ、そうですね。みんな同期なんです」
「そうらしいね。でもなんでさんだけ?やっぱり辛かった?」

やけに土足で入り込んでくるなぁ、とマジマジと向かいに座る男性の顔を見てしまった。

「あ、いや、失礼。単純に気になって」
「いえ。あ、もしかして手裏剣商事の方ですか?」
「最初に自己紹介してたんだけどな」

そう言って笑った彼は「それで?」と促した。
話に興味があると言うよりかは、忍という自分とは違う世界で働く者の苦労話が聞きたいのだろう。

「そう、ですね・・・辛かったですよ。全然上手くいかなくて。いや、上手くいってたんですけど、全部わたしが台無しにしちゃって」
「そうなんだ」

なにも知らないのに分かっている風の薄っぺらい相槌が気が楽で、誰にも言えなかった心の内をなんとなくさらけ出していた。

「わたしなりに色々と頑張ったんですけどね」
「そっか。うんうん、頑張ったよ」
「辛かったけど、でも、楽しかったな」
「いい思い出になったのなら良かった」
「思い出・・・」

見ず知らずの人に慰められてジワリと涙で視界が歪んだ。
自ら思い出として蓋をしたはずなのにいつもそこにあって、遠慮なくジワジワと、腫れた心が蝕まれるようだった。
忘れることなんてきっと無理だし、それには勇気がいる。
もう勇気なんて使い切ってしまって空っぽで、そしてそれを言い訳にいつまでもそこにあり続けようとしていた。

「忍のことそんなに好きだったんだね。でも次のことに進まなきゃ。もう忍じゃないんだしさ」
「・・・」

薄っぺらい言葉のはずなのにやけに刺さるのはどうしてだろうか。
どうしてこんなに苦しいのだろうか。

「だから忘れないとね。例えば忍以外の彼氏を・・・」
「・・・忘れられないですよ」
「え?」
「だって、ずっと好きだったから」

そう言ってガタッと立ち上がったを目の前の男はポカンとした顔で見つめた。
そりゃ涙目になりながら突然立ち上がったとなれば呆然とするもので、さすがに周りもに気づいたが何か言われる前に荷物を持って店の外へと飛び出した。

「はぁ」

夜風が熱くなった頬を冷まし心地よかった。
そしてふと視界の端に映るなにかに気づき視線を向けた。

「!」
「楽しかった?」

そこには腕を組んだカカシが向かいの壁に寄りかかってこちらに鋭い目つきを向けていた。

「ど、どうしてここに?」
「別に」

寄りかからせていた体を起こしてこちらへ向かってくる様子に狼狽ていると、目の前に迫ったカカシにガシッと手首を掴まれた。

さん!」

そんなタイミングで出てくるか、と言わんばかりに突然出て行ったの後を追うように手裏剣商事が居酒屋から飛び出してきた。

「ッ!」

声を発する間もなくそのままグイッと引っ張られたかと思うと、視界がグルグルと回り、気づいた時には見知らぬ家の前だった。

「カ、カシ先生、ここって・・・」
「俺の家」
「え?!」

どうやら瞬身で飛んだらしく、久々に感じるチャクラに驚きながら、それ以上に今起こってることの全てにバクバクと心臓が暴れていた。
その間にもカカシはドアを開け、腕を掴んだままのを中へ引き連れた。

「ちょ、カカシ先生・・・!」

玄関の扉が閉ざされた瞬間、勢いよく扉に背中を押しつけられ、ガンッと音を立てて背中と頭をしこたまぶつけた。

「いっ・・・」
が」

ぐっとを押し付けたまま顔を伏せたカカシが唸るように呟いた。

が好きなのは俺なんじゃないの?」

耳元で低く響く声に無意識にゾクリと背筋が震えた。
なにか言おうと口を開くがまるで表情のよめないカカシになんて返事をしたらいいのか見当もつかず、開いた口をそのまま閉じることしかできなかった。

「・・・」

なにも言わないにカカシは顔を上げ、マスクを下ろして顔を近づけた。

「ま、まって・・・!」

押さえつけられた腕を無理やり動かして拘束から逃げると、中途半端に下ろしたマスクに指をかけたまま虚な目をして見つめていた。

「どうして、カカシ先生・・・」
「分からない・・・は?分かる?」
「そんなの・・・」

自然と体が動いた。
狭い玄関で両腕を差し出して、お互い体を寄せ合った。

「分からないです」

初めて重ね合わせた唇はひどく冷たかった。




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