時間にしたら昼過ぎだろうか。 分厚い雲に覆われて太陽の位置が確認できず、感覚で時間の経過を知る。 パックンとアキノを先頭に相変わらずカカシの後ろにがついて駆けていた。 先ほどと違うのは、向かう先が明確だということ。 「こっちだ。まだにおいが残っておる」 パックンの渋い声に小さく頷いて改めて周りを警戒する。 さっきは姿が見えなかったとはいえ、油断していたのかかなり派手に吹っ飛ばされた。 受け身を取る隙も無くモロに衝撃を身体に受けていた。 「ふー・・・・」 嫌な予感はしていたが骨は折れてはいないようだがヒビか打撲か、といったところだろう。 身体を動かすには多少の痛みはあるものの支障はない。 ただ、激しい戦闘には不安が残る。 さっきの接触で敵の実力を知れた。 後はそれに対してどうアタックしていくか。 「戦闘スタイルだけど・・・」 駆ける脚のスピードをゆるめ、うしろにつくの隣に並んだ。 土で汚れた顔とベストに、きりっと鋭い目線を向けて話を聞く姿はさっきまではしゃいでいた様子を感じさせないくノ一の姿だった。 「いけそうか?」 「ハイ、いけます!」 「よし。頼んだよ」 力強く頷いただったが、一瞬だけ表情が緩んだ。 自覚があったのかすぐに顔を逸らして、また引き締めた表情でカカシを見た。 「・・・なに」 「や、いえ、なんでもないです」 「またどうせ見惚れてたんでしょ」 「あっ」 カカシが指摘した途端、図星だったのか駆ける脚を少しよろめかせた。 「任務に集中しろよ」 そう言い捨ててよろけたをおいて前に戻った。 「近いぞ。やつのアジトだ」 タイミングを計ったようにパックンが振り返り、そう知らせた。 昨日パックンと話し合って見定めたアジトの位置でやはり間違いなかったようだ。 「やはり谷に挟まれた場所だ。応援を呼ぼうにもかなり厳しいところにあるな」 「ま、そうならないようにするだけでしょ」 「肋骨やってるやつが何を言う・・・」 「あら、気づいてたの?」 カカシの呑気な返事にやれやれと溜息をつくパックンは足を緩め「着いたぞ」とアジトを指すように前を向いた。 「じゃあさっき言ったように。アキノとパックンもよろしく」 ふぅ、と深呼吸をしながらも頷いたのを見て、カカシを先頭に音も気配も消して洞窟へと近づいて行った。 風を吸う洞窟の入り口は自分たちの気配も中に運んでいきそうで、ターゲットが嗅覚に富んでいたら気が付かれてしまうのではないかと気が気でない。 「・・・・・」 じわりじわりと様子を伺いながら物音立てず中に入っていくと、前に入った洞窟と同じように途中で明かりのともっている小部屋を見つけた。 「うぅ・・・うぅ・・・」 小部屋の中から何かを削る音と苦しそうな声が聞こえる。 声の方向からして中をのぞき込もうとすると見つかってしまいそうでなかなか中に入ることができない。 「はあ・・・はあ・・・」 呻き声がますます大きくなっていき、その声が洞窟中に響き渡って不気味な雰囲気に包まれる。 緊張したシーンに思わず息が詰まりそうになるのが人間だが、ここで無意識に息を止めてしまうとそのあとの呼吸音や空気のいっていない頭だと正しい判断ができない。 忍はいかなる状況も落ち着いた判断が必要だが、ふとの方を見てみると青ざめた顔に冷や汗、明らかに足りていない呼吸量。 『コイツ・・・』 頭を抱えそうになるのを必死に抑え、目線のみで落ち着くように訴えるがそれすらも気が付かない。 マズいな、と思いながら思った瞬間に、今までで一番大きな咆哮が洞窟内に響いた。 「ヒッ!」 案の定、張り詰めた緊張の糸が歪んで小さく声を漏らしたに、カカシはすぐさま戦闘態勢に入った。 「誰だ」 やはりこちらに気が付いたのか、先ほどまで部屋の中にいたはずのターゲットは姿を消していて、低く唸る声だけが聞こえる。 すっかり怯えているを庇うようにクナイを構えた。 「カカシ、ダメだ。ここじゃ戦うのに狭すぎる」 アキノの冷静な言葉に、どうやら自分自身も視野が狭くなっていたようだ。 パックンとアキノに合図を出し、廊下から小部屋の中へと突入した。 「やはりお前たちか。しつこい・・・」 気配は感じないものの、外で戦っていた時には聞こえなかった地面を蹴る音がした。 地面を蹴る方向、蹴った先の方向を推測してクナイを構える。 「クッ」 キィン、と鋭い音を立てて刀を制した。 それはカカシの予測があっていたことを意味していた。 「カカシ、聞こえるか」 「あぁ。、チャクラを聴覚に集めるんだ。集中しろ」 この場所は有利だった。外では聞こえなかった微量の音も、洞窟内に響いて何倍にもなって聞こえるようになったものの、それでもその些細な音は注意しないと聞き逃してしまいそうなほど。 「来るぞっ!」 アキノの声と共に激しい猛攻が続いた。 カカシやに向かってランダムに何度も鋭い刃が襲ってくる。 「ハァッ・・・ハァッ・・・!」 この張り詰めた空間にまたしてもは息を止めていたのだろうか、明らかに息が上がっていて冷や汗もかいている。 そんな狙いやすい標的を逃すわけもなく、集中的にの方に攻撃が続いた。 カカシの動きも漏らさず見ているのか、を助けようと動こうにも印を組もうにも、その隙を与えないタイミングで鋭い刃が飛んでくる。 そうこうしているうちにキンッと音がして、の持っていたクナイが地面へと振り落とされた。 「危ない!」 誰よりも先に気が付いたアキノがを守るように前に出て、それにより振りかざされた刃先の軌道が変わった。 カカシがその声にハッと振り向いた瞬間、アキノが吹き飛ばされて目の前にパッと赤い鮮血が散った。 「い・・・・」 どうやらアキノは物理的に飛ばされたらしくうまく受け身を取っていたが、左腕を抑えて膝をつくの手から赤黒い血が溢れていた。 「危なかったね。アキノがいなかったら首、繋がってなかったよ」 「・・・すみません」 かすれた声で返事を返したはすぐに立ち上がって新しいクナイを構えた。 まただ。また震えている。 「深呼吸して。クナイにチャクラを込めれば少しは強化されるから」 「ハイ」 カカシの言った通りに深呼吸を繰り返すうちに震えも収まったようだ。 その隙に敵はというと、先の戦闘の時と同様に刃先からみるみるうちに姿が表れてきていた。 「・・・・・」 再び粉をかぶったのか、姿が消える瞬間までを目を離さず観察していた。 そこでいくつもの仮説が立ち、その先の勝機を見た。 「よし、検証だ」 「へ?」 カカシの独り言に追いついていけないを置いて、さっきまで姿を見せていた場所に一気に突っ込んだ。 「ウグッ!」 「捕まえた」 何も見えない空間に刀を握っている腕を捕まえた。 掴んでいる腕の筋肉の動きから相手の体の動きが伝わってくる。 もがこうともう片方の腕が飛んでくるのを感じ、後ろで構えていたアキノとパックンに合図を出すと二匹同時に飛び出した。 「き、貴様ら・・・!」 アキノとパックンは一見 虚空に噛みついているかのようだが、すぐ近くで相手が唸り声を上げているということは確実にそこにいるということ。 「よし」 完全に動きを止めたことを確認し、体内で雷遁チャクラを練ったのち、パックンに合図を出し相手を痺れさせて動きを止める電流を流した。 それと同時にパックン達は敵から離れ、次の動きに備えて再び後ろで臨戦態勢をとった。 「グ、ウ・・・アァ!」 目論見通り、致命傷を与えるまでではないもののそれなりのダメージと、身動きを封じることに成功した。 それでも抗おうとする敵に対して抑え込む力と流し込む雷遁でカカシもダメージを受ける。 「やはり。カカシ、姿を現してきたぞ!」 今度はパックンの声を合図にパッと身体を離すと、電流に身体を痺れさせている敵が息も絶え絶えにガクッとその場に跪いたのを目の当たりにした。 「ハ・・・ハ・・・」 ついに全身を現した男に全員が改めて身構えた。 「カカシ上忍、一気に叩き込みましょう!」 「待て」 クナイを強く握り直したを手で制して、何も手出しをせず目の前で起こることを観察していた。 確かに弱っているここで仕掛ければ一気に終わるが、カカシが感じていることの検証がしたかった。 「クソ・・・ならばこちらからいくぞ」 ヨロリと立ち上がったターゲットが腕を振りかざした瞬間に姿を消した。 「カ、カカシ上忍・・・」 「いいから」 明らかに不安そうな声を漏らすに説明もせずにただ黙らせて、洞窟に響く音に集中した。 かなり体のダメージがあるのか、当初に比べたら動きも鈍く音もかなりたてている。 しかしここで余計な動きをせず敵からの攻撃に耐えれば、もはや勝機は見えている。 「ッ!」 再び降りかかる敵の刃に、ようやく慣れてきたのかもうまくクナイで受け流している。 『まだだ・・・あと少し・・・』 敵も制御できていないのか予測できない動きで、防ぎきれない攻撃が二人の身体を徐々に傷つけていく。 しかしその中で、目にも止まらぬスピードで動く敵の姿が視界に映り始めた。 「やっぱり」 これで確信した。 粉で姿を消せている時間が短くなっている。 いくら姿を消せるとはいえ、その効果の持続性はだんだんと減っていくということ。 「おい!待て!」 アキノの声にハッとした時には、すでには洞窟の片隅へ駆け出していた。 「!」 もちろんターゲットは明らかにカカシより弱いであろう相手にその隙を狙わない訳もなく、カカシをおいての後を追うように向かっていった。 「クソ・・・!」 すでに姿が表れているターゲットを目視で追い、鋭く長い刀がやけに不穏に目に映る。 油断していたカカシの脚よりターゲットがに近づくのが早く、刀を持つ腕が上がった瞬間にカカシの血の気が引いた。 あの刀の長さだとすでには攻撃範囲内だ。 「避けろ!」 カカシの言葉に後ろに忍び寄るターゲットに気が付いたがサイドへ避けたと同時に刀が振り下ろされた。 「ハッ!」 その隙にも術を発動しターゲットを遠ざけ、瞬時に洞窟の片隅に雑多に積みあがっている荷物の中からあるものを手に取った。 「カカシ上忍!!」 体のバランスを崩しながら投げたそれを受け取った。 「!」 それは今回の任務概要にも書かれていた、ターゲットが村を襲って奪ったとされる宝珠だった。 元の形を知らないが、宝珠の一部分が不自然に削れていた。 「それを奪ったからといって何になるというんだ」 ターゲットの怒りに震えた声にハッとの方を見れば、先ほど無理やり宝珠を投げたせいでターゲットを目の前にして尻もちをついた状態だった。 その状態で慌てて印を組もうとしているが、すでに刀を振りかぶっているのに間に合いそうにない。 頭の中が真っ白になって、考えるより先に身体が動いてなんとかの前に駆けつけ攻撃範囲内にいるを思い切り突き倒した。 「くっ」 そのまま敵の攻撃を防ごうとクナイを構えようとしたが、無理にを突き倒したからなのか、先の戦闘で受けた怪我が響いて一瞬の隙が生まれた。 刀が風を切る音が聞こえ、構えていたクナイをすり抜けてカカシの身体を斜めに大きく切り裂いた。 「ぐぁっ!」 「カカシ上忍!!」 の悲鳴に近い声が洞窟内に響き渡った。 すぐにパックンとアキノが駆けつけ、それぞれカカシとを庇うように立ちはだかり、ターゲットに掴みかかって動きを止めようとしたが力の差が歴然で簡単に弾き飛ばされてしまう。 「、逃げろ!」 「あ・・・」 戸惑ったようにカカシとターゲットを交互に見て、すぐに動かないにイライラが募る。 到底一人で敵う相手ではないのに、その躊躇が命取りになる。 「俺のことはいいから!」 怒りに任せて立ちなおそうとするも、傷口からどっと出血して脚に力が入らない。 「これで終わらせてやる」 「待・・・、!」 「死ぬならカカシ上忍と一緒に死にます!」 真っ青になりながらも決意を固めた表情でカカシに告げたは、ポーチから新しいクナイを取り出して思い切りチャクラを込めた。 「ならばどちらも殺すまでだ」 「チッ」 ターゲットが小袋を掲げすべての粉をかぶったのと、カカシがヨロヨロと立ち上がったのは同時だった。 やけに研ぎ澄まされた聴覚はターゲットの足音を拾い、ターゲットが向かってくる方向に身体を向けた。 「、下がってろ・・・」 の前になんとか立ち、失血して眩暈がするなかクナイを構えた。 「わたしも、戦います」 青ざめるほど怖いくせに、それに反して力強い言葉とキラキラと輝いている瞳に、初めてと組んだ任務の勝機に見たあの朝日の輝きを思い出し最後の力がこみ上げてくる。 カカシはフッと笑って見せ、それでも最後の意地でを守るように前に立ち続けた。 「オラァ!」 ターゲットの雄たけびと共に強い一撃を受け、カカシのクナイがあっけなく吹き飛ばされた。 『ここまでか・・・』 チャクラを練ろうにも腕が上がらず、そんななか再び刀が振りかぶられた音を聞いてグッと身体を固くした。 「!!」 「えっ!」 目の前で起こったことに二人は目を見開いて驚愕した。 消えていたはずのターゲットが突然姿を現したかと思えば、頭の上からビキビキとひびが入っていき、そこから全身に細かくひびが入っていった。 「ア・・・・」 ターゲットの漏れ出た声を合図に、ひびが入った身体が砕け散るかのように崩れていき、耳をふさぎたくなるような、まるでガラスが割れた音を立てて地面へ崩落した。 「・・・・・」 「・・・・・」 あまりにも衝撃的で目の当たりにした二人は声も出ず、そのまま様子を観察していると、崩れ落ちた体の破片がサラサラと粉末状に変化したのち、再び凝固して一片の水晶状態へと落ち着いた。 「あ・・・カ、カカシ上、忍」 「あぁ・・・」 もつれる足をなんとか動かし、地面に転がった水晶におそるおそる手を伸ばした。 「これは・・・」 その形にハッとして、先ほどが発見した宝珠を取り出した。 「それってさっきの・・・!」 が見守るなか一部が削れた宝珠と手に取った水晶を合わせると、まるで溶け込むように二つは融合し、何事もなかったかのように割れ目一つない完璧な形の宝珠となった。 「なん・・・なんだよ・・・」 「カカシ上忍!」 カカシは宝珠を持ったままドサッと地面へと倒れ込んだ。 * * * * * 次に目を覚ました時、むしろ見慣れた天井だった。 風に揺れた髪の毛が額を撫で、横を見ると窓が少しだけ開いていてそこから爽やかな風が入り込んでいた。 「・・・生きてたか」 「カカシ上忍!」 外を見てぼんやりとつぶやいた瞬間、反対側から聞き慣れた声が聞こえた。 「・・・」 「よかった、なんともないですか?」 病室のベッドの横に備え付けられた椅子に座っていたのは綺麗な忍服を着ただった。 「大丈夫。は?」 「見ての通りです」 ニコッと笑っただったが、みるみるうちに表情が崩れ泣きそうな顔をしてベッドにうつぶせた。 「よかった、本当に・・・」 肩を震わせて言うの頭にそっと手を伸ばし優しくなでた。 手のひら越しに感じるの暖かさに何故かホッとして、俯いているの顔が見たかった。 「・・・」 名前を呼ばれて顔を上げたを見て自然とほほ笑みが浮かぶ。 「あの時はよくも勝手に動いてくれたな」 「う・・・だって宝珠を見つけたから・・・」 微笑みから嫌みを込めた笑みに代わり、それを見たも顔を引きつらせた。 「そういえばあのあとどうなったの?宝珠は?それにどうやって里に・・・」 「ま、まあまあ。今は安静ですから、おいおいと・・・」 「それもそうか・・・」 ほ、と気の抜けた溜息をつくと、そんなカカシを見たは愛おしそうに微笑んだ。 「でもま、よく死ななかったな」 「カカシ上忍が守ってくれましたから」 「かっこよかった?」 「・・・格好悪いです、格好悪いですよ。私なんかを庇ってこんな怪我まで追って」 「そりゃ残念」 らしい答えに思わず笑ってしまってピキッと肋骨だかどこかの骨がきしんで痛みが走る。 「でも、わたしは」 ぎゅっと布団の裾を握るは続けざまに口を開いた。 「そんな格好悪いカカシ上忍も、任務中にどんなに怒られても、わたしカカシ上忍のことが好きです!」 初めて言われたときはもじもじしていて言葉もうまく繋げられなかったのに、あの時に比べればだいぶも変わった。 けれど少し涙ぐんだ瞳の、あの朝日のように輝いている瞳は変わっていない。 まっすぐ向けられた瞳はキラキラと眩しく輝いていて、独占したくて堪らない。 「大事な人を守って死ぬなんて、かっこいいと思ったけどさ」 「え・・・?」 「おれはを守って死ねるなら、格好悪くても本望だよ」 「カカシ上忍・・・」 カカシの言葉に大きく目を見開くに、骨がきしむのも傷が痛むのも無視して起き上がり、そっと身体を抱き寄せた。 この独占欲が一体なにを示しているというのならば。 「おれも好きだよ」 もしかしたら初めてあの瞳を見たときから恋に落ちていたのかもしれない。 4<<< >>>5 Request |