翌日、日が昇る前に二人は駆け出していた。
昨日あれだけ天気が良かったのに、今日は湿った匂いが鼻につくような薄暗い曇り空。
静かな森に二人が駆ける音と息遣いだけが響く。

昨日見つけた洞窟が近づくにつれ、自然と神経が研ぎ澄まされていく。
パックンが言うには別の場所に拠点をずらしたというが、念のため中の探索をするために向かっていた。

「気配はないけど一応周囲には警戒しておいて」
「ハイ」

洞窟の前に着いた頃、少し息を荒げるに目配せしそれぞれ壁際に身をひそめ、緊張した面持ちのに合図を出し一気に奥まで走り抜けた。
まだ床に残る傷が新しい部屋に到着しさっそく手分けして探索を始めた。

たいして物はないものの、身に着けていたであろう衣裳の一部、使用済みの欠けた武器、周辺の地図が描かれている巻物など、捜索の手がかりになるものが充分に残されていた。

「カカシ上忍、あの・・・」

の方を振り返ると、昨日己が吹っ飛ばされた跡の残る壁際に立ちすくんでいた。

「昨日、一瞬ですがターゲットと対峙したんです。カカシ上忍が来る前に」
「あぁ」

そういえば洞窟の入り口に到着した時に戦闘の音が聞こえていたのを思い出した。

「あいつは、姿を消す前になにかを身体にふりかけていました。何か・・・キラキラした、粉のような・・・」
「粉?」
「おそらくそれが、なにか作用して姿が消えたのかと」
「・・・・」

の言葉を受けて地面をよく観察するが見受けることができない。
言っていることが本当ならば、簡単にはいかないだろうがその粉さえ奪ってしまえばかなり優位に立てるだろう。

「とりあえず、昨日パックンが言っていた拠点に向かおう」
「はい」

発見した物証を持ち、洞窟の外に出てパックンとアキノを呼び出した。

「パックン」
「ああ。これで確信した。案内しよう」

二人は無言のまま力強く頷いてパックンの後ろをついて行った。
洞窟へと向かう道すがら、パックンを先頭にその後ろを駆けるカカシとアキノが険しい顔をして何かを話していた。

「・・・・・」

最後尾で、その後ろ姿を見ながらはグッと下唇を噛みしめた。
正直に、純粋に、己の力不足が悔しかった。
もっと頼られる存在でいたかった。
カカシと忍犬たちの信頼関係や、とは比べ物にならないほどの付き合いの長さであることも知っているが、それでももっと役に立つ存在でいたかった。
今回のターゲットと対峙したものの、結局力及ばずで意識を失い大した情報を持ち帰ることも出来ず、気持ちだけが空回りしているのを実感した。

後ろから眺めるカカシの広い背中も、眉をひそめて作戦を練る姿も、眩しくてかっこよくて、遠くて切ない。
せめて少しだけでもあの背中に近づければと、再びグッと脚に力を入れた瞬間、目の前にいたはずのカカシが唐突に真横へ吹っ飛ばされた。

「!」

ざわっと背筋が震え、頭で考えるよりも早くアキノとパックンを残して音が消えた方へ駆けて行った。

「カカシ上忍!」

大木が一本なぎ倒されており、そのさらに後ろの木の根本にカカシが倒れ込んでいた。

「来るな・・・!」
「!」

苦しそうな声をあげたカカシにハッとして、慌てて身を翻すとすぐ近くから刃物が空を切る音が聞こえた。

「現れたか!」

次の一手に備えて構えていると、ようやくパックンたちが合流しついに全員が見えざる敵と対峙した。

「カカシよ、派手にやられたな」
「・・・匂いも気配もなかったからね」

カカシは咳き込みながらヨロっと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡した。

「今は?」
「いや、なにも感じない。離れたか」
「またすぐ現れそうだな。は?大丈夫か?」

カカシがパッとの方を見ると、顔面蒼白になりながら何とか「ハイ」と声を絞り出していた。
その様子に本当に大丈夫?と再度尋ねようとした瞬間、パックンがある方向を向いて渋い声で唸った。

「来るぞ。聞け。地面を蹴る音だ」

その声を聞いた二人は双方を向いてクナイを構えた。
パックンが言う地面を蹴る音をなんとか聞き取ろうとするが、人間の聴覚には聞き取れないのかカカシですらも反応することができない。

「ッ!」

聞こえた、と思えた瞬間には向けられた刀からギリギリで身を守るのが精一杯だった。
一番近づいたはずなのに、気配も、匂いも、もちろん姿も確認ができない。
チャクラの流れを感知できれば良いものの、物理的に姿を消してチャクラを使っていないのか写輪眼を持ってしても見ることができない。
後ろのも敵の攻撃をなんとか防御しているものの、次にいつ来るかもわからない状況に精神をすり減らしているようだ。

次だ、次こそは掴んでやる、とクナイを握り直し全神経を尖らせた。
背後から地面を蹴る些細な音が聞こえ、カカシが後ろを振り向いた瞬間にの構えているクナイが相手の刀の刃を捉えた。

「クッ!」

その隙にカカシが捕らえようと腕を伸ばそうとしたが、それよりも先にがクナイを地面に落とし代わりに両手で目の前の空中に掴みかかった。

「捕まえた!」
「・・・!」

が身を倒し、敵もろとも地面に転がろうとしたのに気づき慌てての腰を掴み上げた。

「っ!」

バランスを崩した相手は目論見通り地面に倒れたものの、ギラリと刀の刃先だけが姿を現し、それはが倒れ込むであろう位置へ高々と上げられていた。

「あっ・・・」

敵の姿が現れ始めた。
もしかしたらその姿を消すという粉とやらは効果時間が決められているのかもしれない。
ならば、と抱えていたを投げ飛ばし姿が見え始めた刀を目印に体を目指してクナイを投げた。
カカッ、とそれは地面に刺さり、その隙にもカカシは印を組み水遁の術で相手を捕らえようとした。

「水牢の術!」

しかし虚しくも術は敵を捉えない。
刀の刃先以上に見えている面積も増えてきた。このまま叩き込み続ければ勝ち目がある。
間髪入れずに再び印を組み、パックンとアキノに合図して土遁の術を発動させようとした瞬間、さきほど投げ飛ばした先にいるが起爆札の付いたクナイが敵目指して投げられた。

「待て!」

カカシの制止する声も届かず、クナイは敵の刀に当たり、起爆札が爆発を起こして辺りは煙が上がった。

「ええい、鬱陶しい。貴様だけでも・・・」

煙の中から小さく唸り声が聞こえた。
カカシが気づいた時には、煙からバッと飛び出したターゲットはを目指して駆け出していた。

!」

カカシも急いでの方へ向かうも、見えない敵に思い切り地面に叩きつけられ、唯一姿を現している刀がの首に向かって振りかぶられた。

「クソッ!」

せめて刃先だけでも方向が変えられたら、とクナイを投げるも、慌てて投げたクナイは奥の木の幹に刺さった。
まるでこちらを嘲笑うかのように一瞬だけ動きが止まった瞬間、

「ああ!!」

怒号をあげたは思い切り体をよじらせ刀を避け、むちゃくちゃにクナイを振り回した。

「チッ」

刀を持つ指先まで姿が現れたそいつは一度から離れ、ジリジリとカカシとも距離を取ったのちに再び姿が消えてしまった。
見えない方の腕で粉を振りかけたのだろうか。
事前情報もあり、消える直前にキラキラした粉がほんの一瞬だけ見えた。

「ダメだ、離れていくぞ」
「追うか?」

まだ音を拾えるパックンとアキノがカカシを振り返るが、カカシは静かに首を振りハァと息をついた。
中途半端なこの状況で追っても消耗戦となるだけだろう。
不意打ちを仕掛けられて体制の整えられていない今、不利なのはこちらだ。

「・・・!」

いまだ地面に座り込んで真っ青な顔をして息を荒げているは、カカシの鋭い怒声にビクッと怯えたように体を大きく震わせた。

「あ、あの・・・わたし・・・」
「考え無しに突っ込んで、あのまま倒れてたら死んでたよ。その先を読めなかったのか?」
「い、いえ、なんとしてでもターゲットを捉えたくて!」
「なんとしてでもって便利な言葉だけど、頼むからこれ以上面倒かけないでくれ」
「・・・・・・」

そう言い捨ててに背中を向け、少し離れたところで額当てをおろしクナイをホルダーにしまった。
ホルダーの蓋をパチリと止めた指先がほんの少しだけ震えていた。

「ハァ・・・」

ギラリと鈍く光る刀がの首元の間近に向けられていた光景が目に焼き付いている。
あの時、もしあのまま刀が振りかぶられていたらと思うとゾッとする。

隊長として仲間を守る義務のためだけではない何かに駆られて、伸ばした腕はまだを掴めている。
伸ばした腕が虚空を掴んだ時、それがなにを意味するか分かるからこそ厳しく当たってしまう。
が必死なのは伝わるが、セオリー無視の動きに気が気ではなかった。
守りたくて伸ばした手の間からすり抜けてしまう感覚に恐怖を覚える。
もしも守れなかったら、この手が届かなかったら。

「ハァ・・・」

じっと掌を見つめたのち、その手でワシワシと頭をかいた。

「カ、カカシ上忍!あの、これ!」
「え?」

ただ事じゃない言い方に振り返ると、木の幹に刺さっていたカカシが投げたクナイをが差し出した。

「これ、ターゲットの血液じゃないですか?」

受け取ったクナイをよく見てみると、たしかに根元の一部分に少量の血液が付着していた。
二人とも擦り傷はあるもののクナイでついたような切り傷はない。

「パックン、これ」
「あぁ。お前たちの血じゃない、嗅いだことのない匂いだ。あいつに間違い無いだろう」

それを聞いたはパッと顔を明るくしてカカシを見上げた。

「てことは姿を消していても出血部分の匂いで特定できますね!」
「・・・ま、そうね」
「さすがカカシ上忍です!勝ち目が見えてきましたね!」

今にもピョンピョン跳ね出すんじゃ無いかと思うくらい喜ぶ姿に呆気にとられていると、その視線に気づいたが途端にしおしおと大人しくなった。

「す、すみません。任務中でした」
「・・・フ」

さっきまであれだけ落ち込んでいたのに一喜一憂宜しくコロコロと表情を変えるのが面白くて、思わず笑いがこみ上げてしまったのを手で抑え、それを誤魔化すようにの頭をポンと撫でた。

「よし、行くぞ」
「はい!」

の頭に触れた手をギュッと力強く握りしめた。






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