数日前、会社帰りのと男の姿を見かけてからすぐに会って話を聞けばいいものの、タイミングが合わずにズルズルと日付が経ってしまった。

そんな今日はまたしても夜から任務が入っていたが、昼間のうちから家を出て街中をうろついていた。
というのもが持ってきてくれた料理も底をつき、だからといって自炊する気も起きずに腹だけは減るというむなしい現状。
家に引きこもっていても考え事で押しつぶされそうで、ひとまず外へ出てきた。

仕事中だと分かっているが、無意識に足はが働いているオフィス街に向かっていて、もしかしたら偶然会えるんじゃないかと淡い希望を持ちながらフラフラと歩いていた。

「カカシ上忍!いた!」
「うわっ」

油断していたところに後ろから体当たりされ、逃がさないと言わんばかりに腕をがっつり拘束されていた。

「お前か・・・。なに、緊急の任務でも入ったの?」

腕に抱き着いているのは、あれから何度顔を合わせたのかも忘れたくらい任務が一緒になるくノ一の彼女だった。
傍から見れば抱き着いているかのようだったが、少し動けば骨が折られそうな体勢に無駄に彼女の才能を感じる。
長い髪の毛の間から睨みつけるようにカカシを見上げ、怒った口調で「報告書」と唸った。

「報告書?」
「カカシ上忍、この前のぶん提出してないですよね。それ、わたしが怒られたんですけど」

む、と怒った顔で言われるも何のことだか見当がつかない・・・と反論しようとしたところでハッと思い出した。

「あぁー、そういえば忘れてた。すまん」
「笑い事じゃないです。わたしが代わりに出したんですけど」
「あら、ほんとに。ありがとう」
「それだけですか?」
「え?」

ジトッとこちらを睨む彼女は、ちょうど近くにあった定食屋に目をやった。

「お昼、奢ってください」
「ま、仕方ないか。いいでしょう」

と、気楽な気持ちで入った定食屋で、一番高い定食に白米の大盛りと小皿を何品も注文され、
店を出るころには財布の中身がさみしいことになっていた。


「お前ねぇ、遠慮の気持ちを知りなさいよ。なに、昼から牛かつって」
「お言葉ですけど、これ元をたどれば自業自得ってことに気付いてくださいね」
「・・・・・」

反論もできない正論に、カカシはやれやれと店を出た。
このまま外にいてもに会える確率なんてゼロに等しいし、夜の任務まで待機所で待っていようと彼女と一緒に歩いていると、小さな公園である気配を感じ取った。

「・・・・?」

いまいる場所からは程遠い、公園の奥に設置されている二人掛けのベンチに誰かと隣り合わせで座っていた。
どこかで見覚えのある、いや、忘れもしないあの男。
その二人が並んで座っていることがにわかには信じられず、思わずその場に立ち止まり茫然と見つめてしまった。

「カカシ上忍、なにしてるんですか?行きましょう」
「先に行ってていいよ」
「・・・・」

様子が急変したカカシになにか言いたげにしながらも先に行ってしまった。
一人になったカカシは別にそこでその男に向かって何か言うわけでもない。
ただ、その男の視線の先が気になっただけだった。

「・・・・・」

草木や人の影に隠れてよく見えないが、やはり男の隣にはがいて、二人はこの公園で小さなベンチで仲睦まじく並んで座っているのだ。
まさかそんな、こんなタイミングで遭遇するだろうか?
仕事中で、昼間で、会社の外で、普段は通らないような小さな公園で、外からは見えにくいような小さなベンチで、二人が並んで座っているのを見てしまう確率なんて一体どれほどのものなのだろうか。
それは偶然あえた奇跡なのか、見てしまった不幸なのか。

何を話していたのか口の動きも読めないぶん、いやな考えだけが頭を占めてくる。
まさか見つからないように、と思ってこんな辺鄙なところで会っているのだろうか。
いまここで二人の元へ歩いて行って「やぁどうも。元気?」なんて挨拶したらどうなってしまうのだろうか。

そんなことを考えていると先に男の方が立ち上がった。
ハッとして改めて二人の方を注目していると、あろうことか男は白いシャツを太陽に輝かせながら爽やかにの頭をポンポンと撫でて、を置いて先にどこかへ行ってしまった。

「ハー・・・・」

ガシガシと頭をかいて、大きなため息が堪えきれずに漏れ出た。
せっかくが一人になったというのに、どうしても公園の中へ入る気になれなかった。

「ハァ」

どっかりと重たい鉛が全身を覆うような感覚。
さらに追加のため息を残し、がその後どんな表情を浮かべていたのかも確認せずにふらりとその場から立ち去った。



「カカシ上忍、遅かったですね」

ノロノロと重たい脚を引きずるように待機所へ向かえば、先に到着していたくノ一が食後のコーヒーを飲みながらソファに座っていた。

「まあね・・・」
「・・・・・」

くノ一の隣にどかっと座り、足を組むわけでもコーヒーを飲むわけでも、愛読書を取り出すわけでもなくやけに茫然としたカカシの様子に、くノ一は心配そうに顔色を伺った。

「あのー、今度はわたしがなにか奢りますよ」
「あぁ」
「・・・いや、あの、確かに食べすぎましたよ。昼から肉に刺身に、いろいろ食べすぎた自覚はあるんですけど、でもそれはカカシ上忍が・・・いや、でも・・・はい、すみませんでした」
「・・・・え?あ、なに?ちゃんと聞いてなかった」

隣でなにやら焦っているくノ一に気付き、ようやくカカシは顔を上げて彼女の方を振り返った。

「いや、だから・・・そんなに落ち込まれるとは思ってなくて・・・。なので今度は私が何か奢ります」
「え?ちょっと待て、なんの話?」
「ハァ?」

落ち込み気味のくノ一の表情が、一気に鬼の形相に変わった。

「なにって、カカシ上忍が落ち込んでるからそんなにお昼の散財にショック受けたのかと思って謝ってるんです!」
「あー、そのこと?いいよ別に。俺が悪かったんだし」
「じゃあカカシ上忍は何でそんな腑抜けてるんですか」
「腑抜けてるって・・・」

心配して損した、と怒る彼女の言い草にカカシは思わずフッと笑ってしまい、ようやくずっしりと重かった体が少し軽くなった気がした。

「別に・・・やっぱり俺と住む世界が違ったんだよ」

ハー、とため息と共にぐぐっと背伸びをした。
曲げていた背中がバキバキと音を立てて伸び、再びぐったりとソファにもたれかかった。

「あ、彼女さんのこと?で、なんですか?失恋ですか?別れるんですか?」
「お前ねぇ・・・」

途端に興味津々に聞いてくる彼女に溜息が止まらない。

とはいえ以前に少し弱音を吐いた仲でもある。
ほんの少しならこのモヤモヤした感情を吐き出しても・・・・、と堪えきれずに事の顛末を一部分だけ話した。

「やけにスーツのよく似合うサラリーマンだったよ」
「ふーん。それで彼女さんとお似合いだったと」
「そこまで言ってないけど・・・」

言ってないけど、まさに心のうちで思っていたことをグサリと代弁されたようだった。
に会えない日々が続いて何度そのことを考えただろうか。
暦通りの休み、仕事の苦楽がわかる仲、身近な存在。
正反対の方向に生きているカカシに対してまるでギリギリと首を絞めるようなスペックだった。

予定も都合も付きやすい人といたほうが良いに決まっている。
こうもすれ違いの続く日々、は一緒にいて楽しいのだろうか?

「・・・・・」
「すごく神妙な顔してますね」
「なんか、分からなくなってきた」

ただ普通に愛しているだけなのに。
その ”普通 ”がこうも難しいなんて。

「カカシ上忍はもう嫌いになっちゃったのですか?」
「まさか」
「なら答えは出てるじゃないですか」

彼女はさっきまで興味津々だったくせに、話を聞いた途端に長い髪の毛を指先でいじりながら退屈そうにカカシを眺めた。

「直接会って聞いてみたらいいのに。もしかしたら、とんでもない勘違いかもしれないし」

ぴしゃりと言い放った彼女は、空になったコップを潰しながら立ち上がった。

「それじゃあまた今夜。待ち合わせ場所、いつものところでいいですか?」
「・・・え?またお前となの?」
「どうやら私たち、セット組されてるみたいです」
「セット組ねぇ・・・。あぁ、じゃあ待ち合わせ場所、ここで」

なんとなくの場所を教えると、くノ一はゴミ箱にコップを投げ捨てながら「遅れないでくださいね」と念を押すようにカカシに言い伝えて待機所から出て行った。

「とんでもない勘違い・・・か」

願わくば勘違いであってほしいが、いくらなんでも短期間で同じ人物との接触を目の当たりにするとその可能性は俄然低くなる気がしてままならない。
まぁでも、タイミングが合わなかったと自分に言い聞かせていたが、実際のところ真実を目の当たりにする恐ろしさから逃げていたところもあった。

「はー・・・」

何度目の溜息かも分からず、頭の中であれやこれやと考えているうちに日は沈んでいき待機所の中にいた忍たちの人数も減り、気づけば任務が始まる時間になるまでソファに座って悩み続けていた。

「・・・、仕事終わったかな」

根でも生えてしまったのかと思うくらいソファに座り込んでいたが、堂々巡りのモヤモヤから抜け出すきっかけはやはりだった。
ふらりと待機所を出て、通いなれたの家の方向へ足を進めた。

「あれ?」

いつもは家にいるであろう時間だが、いざ家の前に来てみるとそこにはの気配もなければ部屋の電気も付いていなかった。
それなりに緊張していたが思わぬ結果になり安堵なのか何なのか分からないがほっと一息ついていた。

「・・・・・・」

あれから散々悩んだものの、それでもやっぱりのことを諦めることなんて到底できなかった。
頭の中にを思い浮かべれば自然と心が安らいで、じわりと温かい気持ちがこみ上げてくる。
くノ一が言っていたように、答えはもう揺ぎ無く一つだけだった。
もう一度あの笑顔を、もう一度あのぬくもりを感じたかった。
なぜならのことを愛しているのだから。

の家の玄関の前に立ち、しばらく考え込んだのちにポーチから紙とペンを取り出した。
さらさらと綴ったのは日付と、簡単な内容だけ。
聞きたいことは顔を合わせて聞けばいい。
憶測の渦に巻き込まれて自滅するのはもう散々だ。
いまだ家主の返らない玄関のドアにそっと紙を挟み込み、カカシはその場からすぐに立ち去った。

というのも、まだ会社から帰ってきていないというのなら帰宅途中かまだ就業中か。
もし今すぐに会えるのならそれに越したことはないと、帰宅途中に賭けて飛び出したのだった。

会いたい、その気持ちだけがカカシの足を動かした。

夜空には満月とも半月とも言えない中途半端な月が浮かんでいて、その傾きから任務開始時刻がまたしても迫ってきているのを感じた。

「そろそろか。マズいな」

上から探したほうが見つけやすいだろうと屋根の上を駆けていると、少し離れた場所でさっそくの姿を視界にとらえた。
屋根から飛び降りての元へ行こうとしたが、その様子に違和感を覚えて屋根の上で一時立ち止まった。

・・・?」

なぜかは自宅とは正反対の方を向いていて、しかも何かを見つめるかのように立ちすくんでいた。
なにを見ているのかとその視線の先を見て後悔した。

「またあの男・・・・」

ふわりと膨らんだ風船に穴が開いてプシューと縮んでいくようだった。
縮んだ風船はズシリと重たくて、喉元を締めるように絡みついてきた。

「厄日だな・・・」

息苦しくかすれた声は気持ち悪くて、まるで自分じゃない誰かのうめき声のようだった。











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