仕事上がりにカカシと待ち合わせして、前々から行きたいと思っていた洋食屋へ一緒に向かった。
その道すがら、自然と繋ぎ合った手から伝わるぬくもりを感じながら隣を歩くカカシのことをそっと見上げた。

「ん?」
「ううん、なんでもない」
「なーによ」

ただ歩いているだけでクスクスと笑みがこぼれるような、付き合い始めてまだ数か月目。

「このあと任務なんだよね?まだ時間大丈夫?」
「うん、まだ平気。だからゆっくり食べなさいね」

噂のオムライスに思わずじっくりと味わいながら食べていると、向かいに座るカカシの皿はすでに空。
額あてはしたままだが、マスクを下ろしてのことを見つめるカカシは優しげに微笑んでいて、そんなカカシに見守られながら最後の一口をパクリと口の中へ入れた。

「美味しかったね。どこで知ったの?」
「会社の人に教えてもらったの。グルメな人が多くて!」
「へぇ。俺たちは食堂とか居酒屋しか知らないからなぁ」
「あはは、それもいいんじゃない?今度はカカシのおすすめの場所、行こうよ」

忍者たちは任務終わりにラーメンに行ったり居酒屋で一杯いったり、あっちの食堂は安いだの美味いだの、こうもお洒落なお店とは縁遠かったりするようだ。
食事が終わって店を出たころには、カカシの任務開始時間まで残り少なくなってきていた。

「・・・・・」

一歩前を歩くカカシの背中をぼんやり見つめながらとぼとぼその後ろを歩いていた。
忍服を着たカカシの背中は、大きくて頼りがいがあって、勇ましい。
里のために危険な任務もこなして、そのおかげで安心して木の葉の里で暮らしていられる。

このあと向かうという任務も、もしかしたらにはわからない重大な任務内容なのかもしれない。
それでもやっぱり、わがままだけを言っていいのなら、今夜一緒に過ごせたのなら。


「・・・・ん?なあに?」

くるっとこちらを振り返ったカカシにハッとして顔を上げれば、黒いグローブをはめた大きな手が差し出されていた。

「手、つなご」

ニコッと笑ったカカシが愛おしく、堪らず差し出された手をぎゅっと思い切り握りしめた。

「強いなぁ」

クスクスと笑ったカカシはその手を握り返し、二人は並んでの家の方向へ歩いて行った。
いつもカカシはの家に送ってくれる。
そしてそのまま任務に出かけることがしばしばで、つまり家に向かっているということはこのデートも終わりということ。

自然と歩みが遅くなるが、カカシと手を繋いでいるぶん立ち止まることはできない。

「今度の休み、どっか旅行でも行こうか」
「いいね、どこがいいかな」
「おれ温泉行きたい」
「わたしも!そうだ、この前雑誌でいいところ見つけたんだよね」

途端にぱっと明るい気持ちになって、あの温泉はいいだのその場所に行くならあの食べ物が美味しいだの盛り上がっているうちに、あっと言う間に家の前にたどり着いてしまった。

「あ・・・・」

頭の中で思い描いていたカカシとの温泉旅行の明るい未来からパッと現実に引き戻されたようだった。
あからさまに落ち込んだ声を上げたに、カカシはポンポンと頭を撫でた。

「そーんな分かりやすい顔しないでよ」
「してないよ!してない!」

慌てて笑顔を取り繕って見せれば、カカシは少し複雑そうな表情を浮かべながら小さく頷いた。
さぼっちゃえば?なんて、そんな自分勝手なわがまま、口が裂けても言えない。

「・・・・いい子」

優しく頭を撫でながらカカシはそっとキスをしてくれた。
愛おしくて堪らない。
だからこそわがままは奥底にしまい込んで、カカシのことを抱き締めるだけに留まらせた。

「いってらっしゃい、気を付けて」
「うん、いってきます」

名残惜しそうに身体を離し、ようやく玄関ドアのカギを開けた。
ドアを開ける前にもう一度だけ振り返ればカカシはニコリとほほ笑んだ。

「じゃあ、またね」
「次はいつになるかな」
「休みがわかったらすぐ連絡するよ。おやすみ」
「おやすみ」

短い口づけを交わした後、ようやくドアを開けて中へと入った。
暗い部屋の中、しばらくドアにもたれかかったままぐっと目を閉じた。
分かってるけど、でも・・・

「もっと一緒にいたいよ・・・」

我慢できずに口に出してみたものの、そういうわけにもいかないし、こんなわがままを言ったらカカシを困らせてしまうだろう。
ドア越しにカカシの存在を感じながらも、ようやくその場を去る足音を聞いても靴を脱いだ。


そのあとはお風呂に入り、髪の毛も乾かさないままベッドの上に仰向けに倒れこんだ。

「う〜・・・・」

せっかく仕事終わりにカカシに会えたというのに、訳の分からないモヤモヤでなんだかスッキリしない。
訳の分からない、とはいえ思い浮かぶ理由と言えば次はいつ、だとか時間が合わない、だとかでもワガママ言ったら嫌われるかも、だとか。

「ん〜〜〜!!」

枕に向かってモヤモヤを叫び、ガバッと思い切り起き上がった。
そのまま勢いのままキッチンに立ち、冷蔵庫を開けて食材を取り出し、うおおおと勢いのままできる限りの料理を作り上げた。

「・・・・ふー」

ようやく一息ついたころ、キッチンには何品もの料理が並んでそれはもう圧巻だった。

「美味しくできたのだけカカシに持っていこ」

頭のモヤモヤもいくぶんかスッキリして、出来上がった料理から何品か選りすぐってタッパーに詰め込んだ。
残りは明日のお弁当に詰めようと粗熱を取ってから冷蔵庫にしまい、あとのタッパーをガサガサと紙袋の中にしまった。

「明日、会社前に寄っていこっと」

いつもより目覚まし時計の時間を早めに設定して、この日はさっさと眠りについた。



そしてそれから数日後、あの日の朝に寝起きのカカシと会ったまますれ違いの日が続いたころ、
お昼にお弁当でも買いに行こうと真昼間に会社の外へ出かけた。

なににしようかな、と街をウロウロしていると、銀髪が目の端に映り反射的にその方向へ目を向けた。

「あ!」

やはり思った通りそこにはカカシがいて、声をかけようと口を開いた瞬間、カカシの後ろから綺麗な髪の毛をたなびかせたくノ一が駆け寄ってきて、やけに親しげにカカシの腕に抱き着いた。

「!」

そこで声をかければ何かが変わったのかもしれないが、なぜか見てはいけないものを見てしまったかのような気分でなにも声が出ないまま口は開きっぱなしだった。
そのまま固まったように立ち止まって二人の様子を見ていると、くノ一は少し怒ったように頬を膨らませ、カカシは困ったように眉を下げながらも彼女に向かって笑っていた。

『もー、先に行かないでよ!』
『ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど』

なんて言っているように見えてそれはまるで仲睦まじいカップルかのようで。

「いやいや、そんな、考えすぎでしょ」

我ながら暴走した展開にハハハ、とカラ笑いがこみ上げる。
でも見れば見るほどそうにしか見えなくて、だらりと冷や汗が一筋頬を伝っていった。

その間にも二人は楽しそうに笑いながら、カカシがリードしつつの知らない飲食店へと入っていってしまい、ポツンと一人残された。

「・・・・・・・」

とりあえずいつまでもここにいるわけにはいかない。
腑抜けのままヨロヨロと適当な店でなにか適当なものを買い、どう歩いて帰ってきたのか分からないけれどなんとか会社へ戻ってきた。

「・・・・・」

自分のデスクに戻り椅子に座ったもののそれっきりなにもする気が起きず、買ったものが入っているビニール袋をただボーっと眺めていた。

「おい、大丈夫か?」
「・・・・・」
「おーい」
「あっ、は、はい!あ、すみません、なんですか?」

トン、と肩を叩かれてようやく我に返った。
慌てて振り返れば、そこにはパックの野菜ジュースを飲みながら上司が心配そうにこちらを伺っていた。

「大丈夫?お昼、食べないの?」
「あ・・・あぁ、そうですね、お昼。お昼食べなきゃ」

ガサガサと袋をひっくり返すと、買った覚えのないタワシだのハサミだの、食べ物とは程遠いものが飛び出してきた。

「・・・・・それ食うの?」
「あぁ、そうですね。食べます」
「ちょちょちょ、どうした?午前中はなんともなかったじゃないか!」
「う・・・センパァイ・・・・」

右手に持ったタワシを奪われてついには泣き顔を見せた。

「あーあー、もういい、ほら立って。行くぞ」

そう言って上司はヨロヨロのの腕を引っ張り立ち上がらせ、会社の外に飛び出した二人は会社近くの公園のベンチに並んで座った。

「で、どうした。例の彼か?」
「・・・・ハイ」

ぽかぽかとあたたかい日差しが二人を照らし、パニックになってた頭が少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。
なぜ上司がカカシのことを知っているのかというと、つい先日も頭の中のモヤモヤが爆発しそうだった時、ちょうど飲みに誘ってもらって色々と相談していたのだった。

そんな上司にさっき見た出来事を話せば「え?」という間抜けな言葉を一言発して黙り込んでしまった。
それもそうだ。たったそれだけで?と思うだろう。

「わたしも、別にそれだけでショックを受けたわけじゃないんですけど、でもなんか、いろいろ重なって・・・なんだか・・・」

先日飲みに行った時も、酔っぱらった勢いで「忍と一般人なんて時間も会わなければ生活スタイルも違うし、一緒になるってのは難しいんじゃないの?」ときっぱり言われて割とショックを受けていた。
そのうえ今回の出来事を目の当たりにして、まさにその言葉通りの雰囲気に余計に呆然としてしまった。

「ま、まあこの前は僕も適当なこと言っちゃったし、というかそんな気にすることないって!相手もただの仲間なんだろ?」
「まあ・・・くノ一さんでしたけど・・・」

そうボソボソ呟けば、上司は明るく笑い「大丈夫だって!」との落ち込みまくっている肩をバンバンと痛いくらい叩いた。

「考えすぎだって!今度会った時に聞いてみたらいいだろ!」
「そう、ですね。そうですよね」

明るく励ます上司につられ、ようやく気分が持ち直してきた。
確かに考えすぎなところがあったかもしれない。
気になるのなら、今度会った時に聞いてみるのもいいかもしれない。
そしたらカカシは「ただの仲間だって」と笑ってくれるだろう。

「うん、元気出てきました!すみません、付き合わせちゃって」
「お金ないからこの前みたいに奢れないけど、こんなんだったらいつでも」
「アハハ、ありがとうございます。会社、戻りましょう」

ようやく笑顔を見せたに対して上司も安心したのか笑顔を見せ、励ますようにポンポンと頭を撫でて先にベンチから立ち上がった。

「昼飯、食べてから帰ってこい。タワシとハサミは備品でもらっておくから」
「あ」



*    *    *    *    *



「お先です、お疲れ様です」

仕事の合間にも少し物思いにふけっては例の上司に声を掛けられ、定時なんてとっくに過ぎたころにようやく席を立った。

「おい、僕も上がるから」
「あぁ、お疲れ様です」
「ちがくて」

上司もバタバタと帰り支度を済ませ、二人そろって退勤することとなった。

「相当参ってたみたいだけど」
「励ましてもらったのにすみません・・・明日はちゃんとしますから」
「まぁ今はあんまり忙しくない時期だからいいけどさ」

帰路のオフィス街を歩きながら、やはりのことを心配してくれていたのか上司は様子を伺いながら話を進めた。

「でも、この前も言ってたじゃないですか。忍と一般人は難しいって」
「あ、いや、それは言葉の綾というか・・・」
「いえ、わたしもちょっとそう思うんです」
「・・・・・」

ただでさえ忍というのは時間も不定期で、会社勤めしているような暦通りの休みというわけでもなく、そのうえカカシはその忍の中でも上忍という立場で忙しさもの考えている比じゃないだろう。

もちろんカカシのことはなんでも分かっていたいけど、忍者でもないは忍の世界のことは何も分からない。
の知らないところでなにか抱えていたり、それを発散したいと悩んでいるのかもしれない。
でもそれはにはできなくて、同業者にしか分かりえない事案なのかもしれない。

「それでも彼のために尽くしたいし、なにか力になりたいんです」

カカシの顔を思い出して自然と笑顔が零れ落ちた。

「で、惚気は以上か?」
「の・・・、惚気じゃないです!」

まったくそんなつもりもなかったが、呆れた上司の顔を見たらカーっと頬が熱くなった。

「またなんかあったら聞くから、明日は元気に頼んますよ。じゃ、お疲れ」
「あの!」
「ん?」

じゃあ、と違う方向へ歩き出した上司に向かって声をかけるとクルッとこちらを振り返った


「ありがとうございました。今度はわたしが、奢りますから」
「そしたら今度はみんなで」

上司はとその" となり "の空間を指さして、今度こそこちらに背を向けて帰っていった。
その後ろ姿をしばらく見つめたのち、心地いい夜風に吹かれながらも家へと帰ろうと歩き出した。

夜空には満月とも半月とも言えない中途半端な月が浮かんでいて、ぼんやりと優しい光で辺りを照らしていた。
この前勢いに任せて作りまくった料理の残りで簡単に今日の夕飯を済まそうと、頭の中で冷蔵庫の中を思い浮かべていた。

そろそろ家にたどり着く、というところで見覚えのあるくノ一が街角に立っていた。

「・・・・あっ」

昼間にカカシと会っていたくノ一だと分かった瞬間、一気に血の気が引いた。
どうして、こんなところで?
ここで急に立ち止まるのもおかしいし、相手はのことは知らない。
心臓がバクバクとうるさく騒いでこのまま倒れてしまいそうだったが、なんとか抑えてくノ一の前を通り過ぎようとした。


「遅い・・・カカシ・・・・」


これ見よがしに聞こえたのは気のせいなのか、ぼそりと呟いたくノ一の一言はまるで太い槍での身体を貫いたようだった。
これがもしドラマだったら、映画だったら、お前ー!とつかみかかって修羅場になったのだろうか?
とまあ現実はそういうわけでもなく、言葉の槍で貫かれたまま瀕死の状態で家のドアを開けた。

「は・・・はぁー・・・・」

無意識のうちの止めていた息を吐き出して、何度も荒く呼吸を繰り返した。

まさか彼女の家の近くで待ち合わせなんてする?
 逆にの存在を確認出来て隠れることができるから?
まさか聞こえるようにカカシの名前を言った?
 あえて存在をアピールして威嚇している?

「!」

勢いのままドアを開けて気が付かなかったがどうやらドアに手紙が差し込まれていたみたいで、玄関に1枚の紙がハラリと落ちていた。
この手紙はよく知っている。
カカシからだ。

「・・・・・・・」

いまだ気持ち悪いくらいバクバクと騒いでいる心臓の鼓動を感じながら、床に落ちた紙をそのままにヨロヨロと家の中へ上がった。
あぁ、なんて厄日だろう。











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