忍者のカカシと一般企業に勤めている
カカシの任務先で偶然出会った二人はとあるきっかけを境に付き合い始めて数か月が経った。

「じゃあ、またね」
「次はいつになるかな」
「休みがわかったらすぐ連絡するよ」

おやすみ、と口づけを交わしたあと、名残惜しそうに家の中へ入るを見送った。

職業柄、二人の休みが合う日はなかなか少なく、今日だっての仕事終わりとカカシの任務が始まる時間の短い間だけ会うことができたのだった。

「さぼっちゃおうかな・・・・」

なんて口にはするものの、そういうわけにもいかない上にを困らせてしまうということも分かっている。
結局さらにむなしい気持ちになりながらしばらく閉じられたドアを見つめたのち、そっとその場を去った。

なんだかやるせない気持ちのまま、任務開始時刻が過ぎているというのにゆっくりと現場へ向かえば、遠くからでも分かるほどイライラした様子のくノ一がこちらを睨みつけていた。

「カカシ上忍、遅いよ。出発時間すぎてる」
「まーたお前とツーマンセルか。待たせたね、さっさと行こう」
「あ、その反応、もしかしてまた任務概要読んでないんでしょ!」
「お前に任せたよ」
「隊長はそっち!」

そう言いつつもカカシの前に立ち率先して前に進んでいった。
ここ最近 任務が一緒になる彼女は中忍ながらほぼ上忍ほどの実力を持った者で、彼女曰く上忍になるとプライベートが潰れるからあえてならないと言う。

「今日お前がいるなら本当にさぼっちゃえばよかったな」
「その発言、火影様に報告してあげるわよ」
「お前を頼りにしてるって意味だよ」
「・・・・」

カカシのセリフに怪訝そうな表情で振り返った彼女は、なにか言いたげに口を一瞬開けたがすぐに前を向いてしまった。
勘のいい彼女はおそらく本当の意味を察知したのだろう。

それから二人は無言のまま任務先へ向かい、血なまぐさい仕事を終えたあとにすぐさま帰還した。

「まだあの人とは続いてるの?」
「まあね」
「ふうん」

任務終了後、解散場所へ戻ってきた彼女は意味深な雰囲気を残しながら「お先です」とさっさと帰ろうとした。

「あ、おい!」
「報告書は書かないですよ、私」
「いや、違くて。やっぱり難しいと思うか?」
「・・・・カカシ上忍と彼女さんがってこと?」

人に聞いたところで最後に決断するのは自分自身だし、意味のない会話だとはわかっているもののやはり誰かに答えを導いてほしかったのか思わず口をついてしまった。

「別に、いいんじゃないかな。彼女さんが辛くないのなら」
「・・・・・・」
「あ、なんか地雷踏んだかな。おやすみなさい、いい夜を〜!」

そそくさと逃げるように彼女は帰っていった。

”地雷 ”と言われた内容は確かにグサリと心に刺さるところだった。
もちろんに会えない日々が続くのは淋しくつらいが、おそらくそれは彼女も一緒だろうと自負している。
その分、会えた時の喜びは倍になるのだし決して全てが悪いことだとは思わないが、果たしてそれが正しいことなのかも甚だ疑問である。

今日、最後に見送った表情をさせているのはこの任務のせい。
今まで考えもしなかったが、もし忍者という職業じゃなかったらあんな表情をさせることはなかったのだろうか。

よりによって任務依頼が殺到している時期で、まともな休暇を取るに取れない状況。
しかもおそらくこのピークを越えると、今度はの方の仕事が忙しくなるだろう。

「はー。またどっかで時間が取れればいいんだけど」

会いたい気持ちと反比例するように時間が取れない現状に、イラつきで煮詰まりそうな頭をガシガシかきながら、すっかり夜更けの街をとぼとぼ歩いて家へと帰った。


翌朝、玄関のチャイムが鳴る音で目が覚め、のそのそとドアを開ければ仕事へ向かう恰好のが小袋を抱えて立っていた。

「おはよう!ごめんね、起こしちゃった?」
「いや、そろそろ起きなきゃいけない時間だったし。あがる?」
「ううん、これだけ渡したくって。じゃあ、行ってくるね」
「あ、ありがとう。行ってらっしゃい」
「カカシもね」

じゃあね、とさわやかな笑顔で仕事に出かけて行ったから受け取ったのは、いろんな料理が詰まったたくさんのタッパーだった。

「うわー、助かる」

時々はまともに食事をとっていないカカシのために手料理をタッパーに詰めて持ってきてくれる。
むしろこの差し入れがあるからこそ、の手料理を食べたいがために外食をしないという元も子もないことをしていたりする。

色々あるタッパーの一つを開け、見るからに美味しそうなミートボールをパクリとつまみ食いした。

「んー美味い」

美味しい料理と、先ほどの「行ってくるね」と可愛らしい笑顔を見せたが胸が苦しいほど愛おしい。
このまま仕事に出かけたを追って後ろから抱きしめられればどんなにいいだろうか。
今日の昼から入ってる任務もさぼって、も仕事をさぼって、二人だけの内緒の時間を過ごせればいいのに。

「はぁ・・・」

バカなこと考えていないで早いところ任務に出かける準備をしなければ。
とりあえずタッパーをいつものように冷蔵庫に入れ、を追いたい気持ちをおさえて任務へ向かった。


「カカシ上忍、遅い」
「あれ?やけに重なるねぇ」

これで何度目だろうか。
昨夜別れてから数時間たってまた同じ顔を拝むとは。

「もしかして彼女さんより私と任務で顔合わせてる時間の方が多かったりして」
「うるさいよ」

遅刻してきた腹いせなのか、ニヤニヤと嫌みを言ってくるあたりが彼女らしい。

「夜までに終わらせたいんだよね」
「遅れてきたのはカカシ上忍だけど」
「ほら、行くぞ」
「ハイハイ」

ツンとしながらもカカシの後を追う彼女と共に今回与えられた任務を黙々と遂行していった。
やはりここ最近何度も一緒に任務をこなしているだけあり、阿吽の呼吸で攻守を繰り出し敵を翻弄させた。
何も言わずとも背中を任せられるほど信頼しているし、それはきっと彼女もカカシに対して言えることだろう。

「よし、これで終わらせるぞ」
「了解」

カカシの思ったように動いてくれる彼女が最後の一撃を敵にかまし、予定よりだいぶ早く敵を殲滅させることに成功した。

「やった!お疲れ様ー!」

戦場だというのに嬉しそうに笑顔を見せた彼女は片手をあげ、パシッとハイタッチを交わした。
さっきまでの張り詰めた雰囲気とは一変して可愛らしい態度をとる彼女のギャップに思わずクスっと笑ってしまった。

「なに笑ってるの」
「え?いやーお前も案外可愛いところあるなって」
「なっ・・・!?」

カッと赤くなった頬を隠すように「さっさと帰還しますよ!」と強い口調を残して彼女はさっさと背中を向けてしまった。
準備もできていないこちらを待つことなくどんどん先に進んでしまう彼女に、カカシは慌ててその後を追った。

そのあと二人が口をきいたのは解散場所に着いてからだった。

「いい時間に帰ってこれたんじゃない?」
「お前のおかげだよ」
「それじゃあ今日は報告書は書いてあげるから、さっさと彼女さんのところ行ったら?」
「ハハ、なんでもお見通しだねぇ。じゃあ悪いけど、任せたよ」

ニッと笑った彼女はヒラリと手を振って報告書を提出しに受付へと向かい、その後ろ姿を見送った後カカシもある場所へと向かうことにした。

「入れ違いになってないといいんだけど」

カカシが向かった先はが務めている職場の近く。
さすがに忍服を着た人間が会社の目の前に立って待っているのも憚れる。
そこで少し離れた向かいの建物の壁に寄りかかりながらが会社から出てくるのを待つことにした。

「・・・・・」

を待っている間、いつものように本を読む気も起きずただぼんやりと道を往来する人々を眺めていた。
そこはいわゆるオフィス街で、忙しそうにせかせかと歩く人、両手いっぱいの資料を持ちながら上司と思われる人物の後を追う人、疲れた顔を浮かべながら会社の中に戻っていく人など、ここには忍の世界にはない世界が広がっていた。

ピクリとの気配を感じ、出てくるであろう扉の方へ顔を上げた。
特に連絡もしなかったが大丈夫だっただろうか、時間が取れたことを一緒に喜んでくれるだろうか。
不安に思う気持ちはあれど、ようやくに会えると思うと心が躍るようだった。

先に扉が開いて出てきたのはスーツをしっかり着こなした男の人で、その後ろを追うようにもドアから飛び出してきた。

「・・・・!」

名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、こちらに気付いていないが先を歩く男性のスーツの裾をつかみ、振り返った男性はやさしい笑顔を見せての方を振り返った。
二人はそこでなにか言葉を交わしたのち、二人並んでオフィス街の奥へ消えて行ってしまった。

少し離れた場所から、声をかけることも間に入ることもできずにただその後ろ姿を見ていたカカシは、まるでガツンと頭を強く殴られたような鈍く重たい衝撃を受けた。

別にどうということではないはずなのに、会社の上司なのかもしれないが二人の間に感じられた親密な様子や距離感など、何かぐっさりと引っかかる様子を目の当たりにしてしまった。
ザワザワと嫌な気持ちがこみ上げてきて、怒りというか疑問というか、悲しみなのか驚愕なのか、訳の分からない汚らしい感情がグルグルと渦巻いていく。

「はー・・・」

一人で舞い上がってバカみたいだ。
付き合い始めて数か月、忍者特有の不規則な休み。
突然会えなくなったり、デートの途中で抜けることも多々あった。

───『彼女さんが辛くないのなら』

きっとはわかってくれていただろうと思っていたが、やはり忍の世界の理などは通じないわけで。
周りを見ても忍服を着ている自分がまるで浮いている。
所詮生きる世界が違うのか、と今まで自分をだまし続けていた事実をこうも無残に当てつけられるとは。

「帰ろ」

あえて人気のない道を通って一人重たい気持ちを抱えたまま、ひっそりと静まり返った家へと帰ることにした。











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