「カカシさん、おはようございます」
「おはよう、ちゃん」

「カカシさん、今日の夕飯なにがいいですか?」
「んー、ちゃんは何がいい?」

「任務お疲れさまでした、カカシさん!」
「ただいま、ちゃん」

「おやすみなさい、カカシさん」
ちゃんも、おやすみ」

はカカシのことを『カカシさん』と呼ぶ。
カカシはのことを『ちゃん』と呼ぶ。

それは初めて会った時からその呼び方で、別に違和感も何もない。
カカシは時々のことを呼び捨てで呼ぶが、
は最初からカカシやガイに対しても敬語で、必ず敬称をつけて呼んでいた。

そんなある日のこと、受付で報告書を提出しがてら二人で話しているときに、その会話を聞いていたアンコがふと気になることを言い出した。

「あんたたちの話し方、なんか違和感ない?」
「違和感?」

また面倒くさいのに絡まれた、とカカシは無視しようとしたが、は目をぱちくりしながら聞き返してしまった。

「なんではまだ敬語なの?」
「えっ、だ、だってカカシさん、年上だし!そんなため口とか、失礼だし!」
「それよ!!」
「えええ!」

グイグイとアンコに詰め寄られて途端にてんぱりだす
それをただ傍観して聞いているカカシだったが、まあ確かにアンコの言う話も分からなくもない、と心の中でこっそり呟いた。

「あんたね、こいつなんかに失礼とか年上とか関係ないから!」
「おい」
「ア、アンコちゃん・・・」
「一回でも呼び捨てで呼んだことある?」

アンコの言い草に思わず突っ込みを入れると、あわあわとしだす
それでもアンコはに詰め寄り、ますますは目を泳がせまくって慌てていた。

「な、ないけどさあ!でも、カカシさんはカカシさんだし・・・」
「わたしはアンコちゃんだしね」
「そうだよ」

少し納得したようなアンコにようやくほっと胸をなでおろした。

「あ、いた・・・ゴホッ、アンコ、こんなところにいたんですね」
「ゲッ、ハヤテ・・・」

どうやらハヤテはいなくなったアンコを探しに来たようだった。

「ハヤテ!なんだか久しぶりだね!」
「お久しぶりです。ああ、そういえばこちらのお仕事に変わられたんですよね。ご挨拶もせずすみません」

に丁寧に挨拶をしたのち、傍らに立つカカシにもぺこりと会釈した。

「ううん!最近ハヤテと時間が合わなかったのかな、全然会わなかったね。元気だった?」
「ええ、おかげさまで。お仕事の調子はいかがですか?」
「うーん、覚えるの大変だけど、こうやっていろんな人に会えるの楽しいよ!」
「それはよかった」

と、親し気に話す二人の様子を目の当たりにしたアンコはチラッとカカシを振り返った。

「なによ」
「べっつに〜〜〜!」

なにが言いたいか何となく分かってる。
けれどそれを認めるのもなんだか癪で。

「じゃ、あたし戻るわ!行くわよ、ハヤテ。じゃあね〜!」
「まったく・・・それじゃあ、また・・・」
「あ、うん!アンコちゃんもハヤテもまたね」

ぞろぞろと帰っていく二人に手を振って見送った後、ふう、と一息ついた

「よかった、ハヤテが来てくれて」
「それじゃあおれ、先に帰ってるね」
「あ・・・はい!お買い物してから帰りますね!」

の言葉にひらっと手を振って返事をしたカカシは、振り返ることもなくその場を去ってしまった。

「・・・・なんかまずいことしたかな」

なぜかピリッとした雰囲気を残して帰っていったカカシの背中を見送って、少し落ち込んだ気持ちのまま仕事を進めた。



「ただいま〜」

買い物袋を提げてカカシの家に帰ってくると、部屋の奥からカカシのおかえり、という声が聞こえてきた。
どうやら怒っている雰囲気はなく、少し安心。

その後も夕飯を作ってる時も、夕飯を食べたり片づけたりしているときも、いつもと変わらない様子のカカシ。
それはそれで、どうしてあの時すこし怒っていたのか気になる。
だからといって訳を聞いたところで、藪をつついて蛇を出してしまうことだってある。

「なにか考え事?」
「い、いえ!なんでもないですよ」

ボンヤリしているところをカカシに見抜かれて、慌てて誤魔化した。
誤魔化したあとに、同じ質問をすぐにカカシに聞き返さなかったことを後悔した。

「今日疲れちゃったから先に寝るね。おやすみ」
「あっ、はい。おやすみなさい、カカシさん」
「・・・・そういえば明日は遠方だから朝はやいんだ。寝てていいからね」
「そう、なんですか・・・」

少し寂し気なの頭をやさしくなで、カカシは先に寝室へと行ってしまった。

「・・・・・」

やっぱり何かピリッとしたような感じ。
怒ってるというか・・・なにか考えてるような。

「はあ、わたしも寝ようかな」

カカシがすでに寝ている寝室にそっと入り、こちらに背を向けて寝ているカカシを起こさないように静かにベッドの中へ横になった。

「・・・・」
「・・・・」

きっと、起きてるんだろう。
いつもだったらこちらに振り返って、優しく抱きしめてくれるのに。
でもまあこんな日だってあるはずだろう、とわかってはいるものの、なんだか気にかかってしまう。

妙な沈黙がひたすら続き、目をつぶって考え事をしていたのか、それとも寝入ってしまったのかわからないけれど、
いつの間にかカカシは任務に出かけ、一人で朝を迎えた。

「はあ〜・・・なにかしたっけなあ」

引き続きモヤモヤとした気持ちのまま、今日も受付の仕事へと向かっていった。


「おはようございます」
「おはようございます、さん。今日もよろしくお願いします」

相変わらず朝からまぶしい笑顔のイルカに今日も癒される。

「よしっ!」

ウジウジしてたって仕方がない。
なにかカカシの中で虫の居所が悪かったんだろう!
なんとかそう理由付けて仕事に専念することにした。


「お待たせしました、次にお待ちの方、どうぞ〜」

あれから数時間経った頃、手元の書類にハンコを押しながら呼びかけ、パッと顔を上げた。

「あっ!」
「おつかれさん」
〜、お土産あるよ〜!」

書き終えた報告書を片手にカカシが目の前に立っていて、その後ろからアンコが覗き込んでいた。

「あれ、なんだ!今日、二人で任務だったんですね」
「そうなの。あのね〜大変だったんだから!・・・ま、これはあとで話す!でね、これ、見て!」
「なあに?」

カカシから渡された報告書を処理しながら、アンコからある写真を渡された。

「ん?なに、これ」

山の上から俯瞰的に撮られたようだ。
緑豊かな広大な田んぼに、そこに群がる鮮やかな服を着た沢山の人々。

「お祭り?」

見たことのない風景。
どうやら木の葉の里の写真ではなさそう。

「あ、これ草隠れの里の奉納祭ですか?わーすっげぇ人だなあ!」
「イルカさん!」

隣の席にいたイルカが写真を覗き込んできた。

「いいな〜、草隠れの奉納祭って食いもんも美味いし酒も美味いし、最高の祭りだって言いますよね」
「残念。おれたちはそれの警護だからなーんにも楽しんでないんだよね」
「あれ?カカシあのお酒飲まなかったの?」
「は?え、なに、お前飲んだの?」

ワイワイとみんなが騒いでる中、一人じっと写真を見つめる

「きれいな写真。こんなに人もたくさんいて、楽しそう・・・」

と、まじまじ見ている中ハッと気が付いた。

「あれ?あっ、これ!これ見てください!」

慌てたように声をかけると、なんだなんだと全員が写真を覗き込んだ。

「これ、案山子ですよ、案山子!」
「え、カカシ?」
「え?」
「へえ〜よくこの人込みの中から見つけましたね」

俺も見つけよー、とイルカが写真をじっと見つめた。

「ちゃんと見るまで案山子だとは気づかなかったよ」
「え、ちょ、ちょっと待って、どういうこと?カカシが写ってるの?!」
「いてっ!」

写真を覗き込むイルカをドンっと押して代わりにアンコがまじまじと見つめる。

「カカシがいるわけないじゃない!だってこれ、今日撮ったわけじゃないんだし!」
「アハハ、アンコちゃんも気づかないんだ。よく見たらいるんだよ〜、案山子が」

ふふふ、と嬉しそうに笑うに、写真をまじまじと見たイルカとアンコは顔を見合わせて不思議そうな顔。

「ちょっと、あんたどういうことなの・・・ってなに照れてんのよ!!」
「いや、ちょ、だってさ・・・」

マスクで口元は隠れているものの、ついにやけてしまう表情を隠すように手で顔を覆った。

「え?なんでカカシさんが照れて・・・」

そこまで言ってからハッとして言葉が詰まる。
一瞬の間に頭の中で思考が巡り、どうしてカカシが照れているのかようやく気が付いた。

「あっ、あああ〜!」

途端に顔を赤くして大きく手を振って否定するも、頬がかっかと熱くなる。

「違うんです、案山子なんです!あ、ちが、これもちがくて!」

しどろもどろになりながらも着実に墓穴を掘っていくにカカシもつられて照れてしまう。

「あー、写真に写ってるの、人じゃなくて案山子だったんですね。あぁ、それでカカシ先生と案山子で・・・あーなるほど」
「イルカさん、解説しないでぇ・・・」

ううう、と嘆くにようやく理解できたアンコが盛大に笑い出した。

「アッハハハ!そういうことー?!おもしろすぎるって!」
「カカシさん・・・すみません・・・」
「いや、なんか・・・こちらこそ・・・」

もカカシもやけに恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながらもじもじとお互い目も合わせられなかった。

「・・・・」
「・・・・」

そんな二人を目の当たりにしたイルカとアンコはやれやれ、と顔を見合わせた。

「さて、仕事に戻ろっと」
「あたしも帰ろっと。あ、カカシ。今度、あんたのおごりだからね」

空気を呼んだ二人はその場から立ち去ったものの、なんだか照れてしまってギクシャクしてしまう。

「ア、アンコちゃんのおごりって?」
「あー・・・いや、それはいいの」

少し恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかきながらカカシはそっぽを向いてしまった。

「じゃあ、の仕事が終わるまで待ってるよ」
「!・・・う、うん!あ、あと、もう、少しなので」

突然カカシから名前を呼び捨てで呼ばれてドキッと心臓が跳ね上がり、かあぁっと頭が沸騰しそうだった。
言った本人も恥ずかしかったのか、すぐに背を向けて受付から去ろうとした。

「カ、カカシ!」
「!」

思わず口に出てしまったの声にビクッと肩が上がったカカシ。

「・・・・さん」

つい耐え切れなくなって付け足した言葉に、カカシの上がった肩がストンと落ち着いた。

「また、あとで」

絞りだしたような声に、カカシは振り返らないまま片手をひらっと上げて返事をし、そのまま部屋から出ていった。

「振り返らなくてよかったあ〜・・・」

これ以上ないほど真っ赤になったはにやけた顔を隠すように机に突っ伏した。


「こりゃ大変だ・・・」


名前を呼ぶだけで、こんなにドキドキするなんて。





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