「お、おはよう」
「・・・・・」

目が覚めたとき、そこにはまだ青年期のままのカカシがいて不機嫌そうにこちらに一瞥をくれた。

「やっぱり術、解けなかったね」
「・・・あぁ」

寝起き悪そうにかすれた声を出すカカシに無理やりニコッとほほ笑むも、そのぎこちなさに思わずベッドから抜け出した。

「ね、イルカさんのところに行ってみない?進捗聞きに行ってみようよ」
「あぁ」

気のない返事をするカカシもようやくベッドから起き上がった。



珍しそうにキョロキョロ辺りを見渡しながら歩くカカシを連れて解読室へと向かうと、そこにはいつもの何倍もの人数が集まって十人十色の唸り声を響かせていた。

「あ・・・カカシ上忍・・・」
「マズい、進捗報告・・・・」
「ああ・・・ああ・・・」

一人がこちらに気が付くと、あっと言う間に解読室は不穏なざわめきに包まれた。

「ど、どうしたんですか?」

慌ててが話しかけると、目の下にクマを作った一人が顔色悪く「すみません」と頭を下げた。

「カカシ上忍にかけた術を総動員で解読しているのですが、なかなか分からなくて・・・その・・・あの・・・」
「あ、ちょ、ちょっと!」

話している途中でその人はフラリと倒れてしまい、あっと言う間に医務室に運ばれて行ってしまった。

「い、一体どれ程の圧が・・・」

医療班がらみということは綱手も関わっているのか、そこからの重圧を想像してぞっと背筋が震えた。

「・・・で、術者はどこ?」

満を持してカカシが声を発すると、ピタリと騒音がやんでザっと人混みが避けた。

「わ・・・・わたしです」

人混みが避けた先に、真っ青な顔をした男の忍が震える手を上げた。

「カカシ上忍、誠に申し訳ありません!!その・・・徹夜で何とか、解読班にも協力してもらっているのですが、まだ何も・・・」

聞いているこっちが息苦しくなるような悲痛な声に、の方がソワソワと心もとない。
なにもそんなに怯えなくても、と思うが綱手の姿が脳裏にちらついてそれどころじゃないのだろう。

「・・・そこまで無理しなくても。睡眠も大事ですよ」

あの冷徹なカカシでさえもこんな状況を目の当たりにして冷たく言い放つわけもなく、やさしさでそう言ったはずなのに目の前の忍はビシィっと背筋を伸ばし、

「そ、そそ、それは永遠の眠りということですか?!」

と声を上げたのち、キューと目をまわして床に倒れてしまった。

「ちょっ」

慌ててカカシが抱き起こそうとし「俺のせい・・・?」と困った顔をしての方を振り返った。

「アハハ、カカシくんも圧が強いから」
「なんだよ、それ。ちょっと、こいつ医務室に運んで」

運ばれていく姿に困惑気味なカカシに周りの忍たちは再び解読に励みだし、結局とカカシは何も進捗を掴めずに途方に暮れてしまった。

ここにいても仕方がないと、解読室から出て人気のない廊下をとぼとぼと二人して歩いていた。

「さて、どうしようか」
「このままってのも悪くないかな」
「・・・そうだね」
「・・・・」

前を歩くカカシの言葉に一呼吸おいて返事を返すと、その微妙な間に気付いたカカシがこちらを振り向いた。

「うそだよ。早く戻るといいね」
「そ、そんな他人事みたいに」

ニコッと笑って見せてまた前を向くカカシに、その微笑みがなぜか悲しくて焦燥を覚える。
昨日の夜から、なにかカカシは隠している。
なにか思っているはずなのに、それを言わずに誤魔化している。

「カカシくん」
「なに?」

今度は振り返らずそのまま歩き続けるカカシに、振り向いて欲しくて腕をつかもうと手を伸ばした。

「あ、そうだ」
「あ・・・」

意図してなのか、カカシがスッと体を動かしたことによっての伸ばした手は空をかいた。

「俺、あんまり知らないようにしておいたけど聞いておきたいことがあったんだよね」
「聞いておきたいこと?」

前を歩くカカシは廊下の窓に顔を向け、ぼんやりと外を眺めた。

「今は平和になったの?」
「・・・・・・」

外を眺めるカカシを後ろから見ても、額当てとマスクで表情が読めない。
平和とは、何を指しているのだろうか。
このカカシが知っている世界からたしかに変動はあったものの、それは大きな犠牲を払って得たものだというのは彼も分かっているのだろう。
その犠牲の中には小国だったり忍だったり、火影だったりする。
時代が変わるということは、そういうことで。

「・・・なったよ!平和で、生きやすくて、明るい未来」
「そう。なら、良かった」

きっと無理やり明るく言ったことすらもバレているのだろうが、再び前を向いて歩き出すカカシの丸まった背中を見て、やるせない気持ちと不甲斐なさにギュッと拳を握った。

「・・・ッ!」
「カ、カカシくん?!」

突然、ガクッと膝を曲げて床に座り込んだカカシに慌てては駆け寄って体を支えた。

「急に目眩が・・・。多分、術が解けそうなんだと思う」
「えっ?そ、そんな・・・こんな急に?」
「良かったじゃない。元に戻るよ」
「元に・・・」

苦しげな表情で無理に笑うカカシになぜだかポロポロと涙が溢れてきた。

「なんであんたが泣くの。ようやく戻るんだよ」
「そうなんだけど、でも、だってカカシくんが」
「・・・あんたは残酷だね」
「え・・・?」

苦しそうにマスクを下ろし、言葉とは裏腹に美しく微笑んだカカシに目が釘付けになった。

「残酷なくらい、優しい。アイツがあんたを宝物にしたい理由がわかるよ」
「カカシくん・・・」
「あのさ、最後にこれだけ」
「うん、なに?」

今にも消えてしまいそうで、少しでも繋ぎ止めておきたくて必死になって手を握った。
武骨な手はいつもより少し小さくての知っている掌ではなかったが、そのあたたかさは少しも変わらなかった。
自分自身がなぜ泣いているのかも分からない。
元のカカシに戻るのは嬉しいことなのに、それと同じくらい今のカカシを失うことに悲しみを覚えていた。

「あんたは・・・は、俺のこと、好き?」
「好きだよ、カカシくんのこと、好き」
「・・・よかった」

嘘偽りなく真っ直ぐな言葉でそう伝えると、の腕の中でカカシは儚げに微笑んだ。
その瞬間、変化の術が解けるように煙に包まれた。

「カカシくん・・・」

煙が消えたあと、腕の中に感じたのは先ほどよりズシリと重たい感覚。

「ん・・・」

姿が見えた時、そこにはいつもの見慣れたカカシが腕の中で横たわっていた。

ちゃん・・・」
「カカシさん!」

思わずガバッと抱きついて、その体の大きさをしっかりと味わった。

「カカシさん、よかった、なんともない?痛いところは?」
「うん、なんともない」
「よかった・・・」

ぽん、と優しく背中を撫でるカカシの声は穏やかで、それが余計に涙を助長させる。

「大丈夫、大丈夫だよ」
「あ・・・・」

どこかで聞いたことのある言葉に、思わずハッと顔を見上げる。

「どうやら記憶戻るみたいね。ちゃんと覚えてるよ」
「えっ、あ!そうなんですか?!」
「うん、だから消えてないよ」
「カカシくん・・・」

カカシの中には彼を構成する一部として、姿は見えなくとも確かに存在した。
あの生意気な目も武骨な手も、それがあってこその今のカカシであって、何一つ失ったものはないし、むしろ得たものばかりだった。

「でもちょーっと嫉妬する」
「えー?自分のことなのに」
「それでも」
「なにそれ」

ふふふと二人で笑った後、ほんの少しの沈黙。
どちらともなく顔を寄せ合って、唇が触れ合うその瞬間

「カカシ!」
「ぅわ!」

バン、と近くのドアが勢いよく開き、威勢よく綱手が飛び出してきた。
それに驚いては顔を離し、カカシは不服そうに綱手の方を振り向いた。

「おお、やはり戻ったか。まったく。来い!検査だ!」
「えー今いいところだったのに」
「いいから!」

ハイハイ、と面倒くさそうに頭をかきながら立ち上がり、座り込んでるに手を差し伸べた。

「ふふふ」
「なに?」

その手を握り締めながらはクスクスと笑っていると、不思議そうな顔を向けるカカシ。

「その顔、小さい時から変わらないんだね」
「ち、ちょ・・・」

恥ずかしそうにするカカシのマスクをサッと下ろし、油断している唇に口付けた。

「続きはまたあとでね。話したいこと、たくさんあるの」
「・・・あぁ」

照れたようにマスクをし直すカカシに微笑んで小さく手をふった。

本来なら知ることのできなかったカカシについて、笑いあいながら話せればいい。
食べきれないかもしれないくらいのご飯と、熱いお茶と、二人だけの思い出話と。







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