風のうわさでカカシの過去はなかなか壮絶だったと聞く。 別に本人に聞いてもいいのだろうが、本人が話したいタイミングで聞ければいいと思っていた。 が、あえて言うならば先にどんな感じだったかだけでも聞ければ良かったのかもしれない。 「あのさ・・・もうちょっと離れてくれない?」 ツン、と冷たく言い放ったのは間違いなくカカシだった。 時はいろいろ遡り、仕事も休みで午後のひと時をのんびり過ごしていた時に戻る。 「カカシさん帰ってくるまでにお味噌汁だけ作っておこうかなぁ」 今日は激しい任務ではないと聞いているが、それでもお腹を空かせて帰ってくるだろうし、すぐにご飯が出せるようにしようと台所へ立った。 「えーっと」 具材はなににしようと冷蔵庫を開けようとしたとき、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。 「はーい」 バタバタと慌てて玄関に向かい扉を開けると、そこにはがたいのいい男性、くわえタバコのアスマがいた。 「わ!アスマさん!どうしたんですか?」 前に待機所や特上舎の休憩室の清掃に携わっていたころ、カカシやガイと一緒に話した仲だった。 「俺もいまいちよく分かってないけどな・・・」 珍しく口ごもるアスマの後ろに誰かが立っていることに気が付いた。 背の高いアスマの肩より低い位置の背丈に、なんだかクセの強そうな銀髪が見え隠れしていた。 「まあ言うより見せたほうが早いか」 グイ、と無理やり後ろにいた少年を引っ張りだしたアスマ。 「痛いよ、アスマ」 「・・・・・え!!」 細い腕をがっしり掴まれた少年はギロリとアスマのことを睨んだ。 その風貌に思わずは大声を上げてしまった。 背丈も低く身体の成長も未成熟であるが、あちこちに毛先が向いてる髪型、眠たそうな瞳、斜めにかけている額あてとマスク・・・。 それはまるで・・・ 「、こいつカカシだから」 「えーーー!!」 「うるさいな・・・」 簡単に言うアスマに思わず声を上げれば、目の前のカカシは今までに見たことない鋭い目つきをこちらに向けた。 「なんかお前、一回小さくなったんだろ?だから連れてきた」 「ちょちょ、え、待ってください!カカシさんが、え?」 なんともないようにありえないことを簡潔に言うアスマに、そう簡単に頭がついていかない。 「なんかまた医療班絡みらしいが俺にはサッパリ。イルカが報告に来るらしいがとりあえず連れていけって言われてよ」 「・・・・・」 あまりの出来事になにも反論することも出来ず、ただひたすら目の前の少年を驚いた顔で見つめるしかなかった。 「なんなの、ここ」 気まずい沈黙を破ったのはカカシだった。 「それにあんた、誰?」 「え・・・・」 カカシの言葉に愕然としてしまった。 以前、自分自身が小さくなったときも記憶を失っていたと聞いていたが いざ目の当たりにすると動揺を隠せなかった。 「・・・じゃあ俺いくわ。あとはイルカを待ってろ」 「そんな!アスマさん!待って!」 居心地悪そうに早々に立ち去ろうとするアスマの太い腕を掴み、なんとか留まらせ必死の形相で訴えた。 「大丈夫だよ。あー・・・なんとかなるって」 根拠のないセリフを吐いてポン、との頭に手を置いたアスマだが、その瞬間にパシッと乾いた音が響いた。 「!」 何事かと眼を見張ると、隣のカカシがアスマの手をの頭から離すように思い切り叩いたようだった。 「カカシ・・・お前、記憶戻ってんのか?」 「・・・いや、なんか体が勝手に・・・」 叩かれたことを責めるわけでもなく、不思議そうに自分の手を眺めるカカシにアスマは大きくため息をついた。 「めんどくさいことにならねーといいけどな」 そう言って今度こそ踵を返し、白い煙を吐きながらアスマは行ってしまった。 「・・・・・」 「・・・・・」 残された二人は目を合わすこともなく、居心地の悪い沈黙を共有するだけだった。 「あの・・・よかったら、中に・・・」 蚊の鳴くような声をあげるに警戒心に満ち溢れた目を向け、ようやくカカシはその場を動いて玄関の中へ入っていった。 「どうしよう・・・」 頭を抱えながらも後を追って家の中へと入った。 「あの・・・えと、どうぞくつろいでください・・・」 「・・・・」 と言うものの部屋の片隅で立ちながら警戒を解かないカカシに口ごもってしまう。 任務で気が立っている様子も見たことあるが、カカシはいつでも優しかった。 こんな鋭い目線を浴びせられるのは初めてで、カカシであるのは間違いではないのにまるで別人のように感じる。 「あ、お風呂。お風呂入ります?カカシさん、任務帰りですよね?」 「いや、いい」 「あう・・・」 ビシッと拒絶されてもはやなすすべも無く二人して立ち尽くす。 「別に気にしないでいいよ。イルカって人が来るのを待ってればいいんでしょ?」 「そ、そうなんですけど」 だからと言っていつ来るかもわからないイルカをこの気まずい空気の中、待ち続けるのもなかなか精神をすり減らす。 「そういえばなんでカカシさんが小さくなっちゃったんですか?」 「あんたにいう義理はないと思うけど」 「・・・・」 カカシとのこの狭い空間にピシリとヒビが入る。 少しでも会話が続けば、と良かれと思って笑顔を向けたがそれもピシリと固まった。 困った、気になることはたくさんあるのに、何もすることができない。 「俺のことは気にしないでいいから」 再び気にするなと言うカカシに従うしかないと、ひとまずは途中になってた夕飯作りを再開することにした。 本当だったら椅子に座ってお茶や甘すぎないお菓子を出してゆっくりしてほしいのに、そんなことを勧めてもまたピシャリとはねつけられるに決まっている。 壁に寄りかかって腕を組むカカシを気にしながらも、台所に戻ったはかつお節を取り出し出汁を取った。 鍋に入れた出汁が温まる間に野菜室から取り出したナスを切って鍋に入れ、フツフツと煮立ってきたところに手慣れた量の味噌を溶かした。 「・・・・・」 ふと顔を見上げると、カカシがこちらを見ていることに気がついた。 「今日はナスのお味噌汁ですよ」 「・・・・・」 「残念ながら秋刀魚は時期じゃないので今日は豚の生姜焼きです」 「・・・・ふぅん」 興味がなさそうに見えて、さっきより断然こちらを気にしている姿が途端に可愛らしく見えてきて思わず笑みがこぼれてしまう。 そう思うとさっきまでのツンツンした態度も、青少年期の反抗期だと思うと逆に愛おしく感じるのは我ながらおばさんくさいのだろうか。 「カカシさん、お腹すきました?あとはお米が炊けるのを待つだけなんですけど」 「いや、俺は・・・・」 「お風呂入ってきたらたぶんちょうどだと思うんですよね」 「だから俺は・・・」 「ね!」 戸惑うカカシを無視して、部屋からカカシの着ている服や下着、タオルを持ってきて手渡した。 「お風呂場はそこの部屋ね。使い方、わかるかな」 「ちょ、ちょっと」 「美味しいご飯出来上がってると思うから」 と最後に背中を押して風呂場へカカシを向かわせた。 「どうしよう」 さっきまでの「どうしよう」とはまた違う「どうしよう」だった。 このどうしようは、少し楽しくなってきてしまってどうしよう。 少年と青年の間くらいだろうか。 今のカカシよりは幼くて、でも少年というよりかは大人に近い。 その絶妙な年頃に思わず母性がくすぐられる。 沸騰してカタカタ蓋を鳴らす鍋の様子を見ながら、多めに買ってきた豚肉を全てタッパーから取り出した。 「あれくらいの男の子っていっぱい食べるもんね」 へへ、とニヤケながら普段よりかなり多めの量で夕飯をこしらえた。 ほとんどの準備を終えた後にちょうどよくカカシが風呂から上がってリビングへ戻ってきて、その格好に思わずはしゃがみこんだ。 「な、なに」 どうやらカカシ自身もわかっているようだ。 が渡したのは、大人のカカシのサイズの服。 この少年カカシにはどうやら少し大きかったみたいで、若干ダボダボな姿にの心臓は鷲掴みされた。 あやうく「可愛い!」なんて口走ってしまいそうで、必死に口元を抑えた。 「な、なんでもない。さ、座って!あ、先にお茶どうぞ」 にやけそうな顔をなんとか取り繕って、風呂上がりのカカシに冷たいお茶と一緒に来上がった料理を机に並べた。 「・・・・」 ドーンと並べられる料理たちに分かりやすく目を見張るカカシに再びは顔が緩みそうになる。 「俺、こんなに食べられないよ」 「うん。そしたら残しても大丈夫。好きなだけ食べて」 ガタッと素直に椅子に座るカカシの位置は、いつもカカシが座る場所。 「ふふ、いただきまーす」 「・・・・ます」 笑ってるを不審に思いながらも素直に頭を下げて箸を手に取った。 「あ・・・美味しい・・・・」 「ほんとに?よかったぁ」 あんなことを言っておきながらパクパクと箸を進めていくカカシに、もはやはそれをおかずにご飯を食べられる。 「ねえ、あんたも小さくなったことあるって本当?」 「うん。その時はカカシさんに面倒見てもらったんだけどね。私の時は寝たら元どおりになったって言ってたけど」 「ふぅん・・・」 「あ、でもわたしの体力がもたなかったから、て言ってたから今のカカシさんが寝たところで、うーん・・・」 「あのさ」 「は、はい!」 自分なりに考えてみたもののもちろん解決策などある訳もなく、つい目線を下に落としたところで少しイラついたカカシの声にパッと顔を上げた。 「その、さん付けで呼ぶのやめてくれない?なんか年上に呼ばれるのも変な感じするし」 「あ、あぁ!そっか、年上。そうだよね、そっか」 急に突きつけられた事実にガクリと肩が重くなった。 そうか、年上か・・・とガックリしているのと同時に、今のこの関係は果たして・・・と思考が止まった。 この歳の少年と恋人同士と言っても大丈夫なのだろうか。 ただ、カカシはカカシであるのに変わりはないし、そもそも元に戻れば問題はないのだが、元に戻る保証もなく。 「あー、そしたら。そうだね、じゃあカカシくん、かな」 もしかしたら目の前のカカシも、本来のカカシとの区別をつけたかったのかもしれない。 「呼び捨てでもいいのに」 なんともないような顔して、お互い何かしら深く深く考えていたのかもしれない。 「ご馳走さま」 すっかり空になった皿と炊飯器。 なんやかんやと言ってやはり食べ盛りなのか、いつもの何倍もの量を平らげていた。 「いまお茶いれるから、少し待っててね」 準備しておいたポットを温めている間、窓を開けてベランダに出て行ったカカシ。 風になびいたカーテンの隙間から見えるのは、遠くに見える火影岩を眺めるカカシだった。 「・・・・・」 過去になにがあったのかは知らない、それでも何か哀しい出来事があったのだけは知っている。 そんな彼が現代の火影岩を見て何を思うのだろう。 「カカシくん」 小さく丸まった背中に声をかけると、なんとも言えない表情を浮かべたカカシが振り返り部屋の中へ戻ってきた。 「はい、熱いから気をつけてね」 なにも聞かないように、お節介に土足で踏み入れないように、いつもの湯のみに入れた熱いお茶を差し出した。 「ありがとう」 少し表情を暗くしながらも椅子に戻り、湯気立つお茶をぼーっと眺めてからゆっくり一口すすった。 「イルカさん、来ないね」 「・・・・」 俯きがちな頭を思わず撫でてしまいそうになるのを机の下で必死にこらえた。 「・・・わたしもお風呂はいってきちゃおうかな。その間にイルカさんが来たら中に入れてもらって大丈夫だからね」 「あぁ」 一人にして欲しそうな雰囲気を感じ先に席を立った。 元々言葉数は少ないが、なんだかそれが余計に考えさせられる。 思えば突然、覚えのない人物の家に案内されたかと思えば馴れ馴れしくも風呂や食事を提供され・・・。 「少し図々しかったかな」 お風呂場で一人になった途端、ボソッと独り言。 浴室に入ると、先にカカシが入ったとは思えないほど綺麗に整えられており、それがますます寂しさを覚えた。 見てない間に何かあってはいけないと、烏の行水よろしくさっさと上がると、リビングの隅で床に座り忍具の整頓を行なっていた。 いつもの愛読書が無いから手持ち無沙汰なのか、見知らぬ家でやることもないからなのだろうか。 「そこ、冷たくない?ソファ、座っていいんだよ」 なんとなく、居心地悪そうに見えて声をかけると鋭い目つきをこちらに向けた。 またなにかマズイことを言ってしまったかと、そっと目をそらして先にソファに座った。 しばし無言が続きカチャカチャと金属がぶつかる音が部屋に響いていたが、暫くすると忍具を片付けたカカシがドサっとの隣に座った。 「・・・・・」 お互い何か話すわけでもなく、今度はカチリと時計の針が動く音さえもよく聞こえた。 「あ・・・えと、疲れてたらもう寝る?もしかしたら寝たら元どおりになってたりしてーあはは」 「・・・・」 チラリとこちらを見たが、再び視線を外される。 「あっ、もちろんベッド使ってもらって大丈夫だよ。わたし、こっちで寝るから!」 「チッ・・・・」 ようやくこちらを振り向いた、と思った瞬間、なぜかソファに押し倒されていて目の前にカカシが迫っていた。 「カ、カシくん・・・?」 怒っているかのように眉間にしわを寄せ、鋭い視線がグサグサと降って刺さってきそうだった。 「あんたさ、俺と付き合ってるならやることやってんでしょ?」 「・・・え?」 カカシの右手がスルッと服の裾から入り込み、ヒヤリと冷たい手のひらがの腹を撫でた。 「じゃあ俺とやっても一緒だよね」 「ちょ・・・!ま、まって、カカシくん!」 暴れるの手を掴み上げ、もう片方の手でガバっと服をめくり上げた。 「ダメ、ダメだって!」 「なんで?別にいいじゃん」 体を弄る手をピタリと止めたが明らかにイラついた口調でを睨む。 「これって浮気になるのかな?戻った俺がどんな思いするんだろうね」 「カカシくん・・・」 押さえつけられた腕はピクリとも動かず、にまたがるカカシは険しい表情を浮かべながらも不器用に歪んだ笑みを見せた。 それを見たは腕の力を弱め、そっと顔を背けた。 「抵抗しないの?」 「だって・・・どうしてそんなに、苦しそうな顔をするの?」 「・・・ッ!」 どれだけ鋭い目つきであってもその瞳の奥にはどこか戸惑いと苦しみが見えて、まるで無理やりが嫌がることをしようと必死になっているようだった。 の言葉に目を見開いたカカシはバッと体を離し、険しい表情で睨みつけた。 「なんなんだよ・・・あんた・・・」 「カカシくん・・・」 「だって、ズルいだろ・・・アイツばっかりあんたに・・・こんな・・・」 泣きそうな顔をしてガシガシと頭をかくカカシに、思わずは起き上がってその骨ばった体を抱き締めた。 「大丈夫、大丈夫だよ」 「やめろ・・・」 グッと離そうとするカカシに抵抗して、それ以上の力で強く抱きしめた。 「カカシくんは、大切な宝物はないの?」 「宝物?そんなの、無いよ」 「失うのが怖いから?」 「どうして・・・」 どうしてそれを、と言おうとするカカシに優しく微笑んだ。 カカシが抱えていた思いを知っているからこそ出来た質問で、きっと彼自身がその答えに気がつく時がいつか来るだろう。 「大丈夫だよ」 子供をあやすようにぽん、と背中を撫でながら大丈夫、と何度も囁いた。 きっとゴールはまだ先かもしれないけれど、きちんとたどり着いたことだけは教えてあげたかった。 カカシも黙って受け入れて、抵抗することなく小さく頷いた。 「ね、もう休もう。任務帰りだったんでしょ?疲れてるんだよ」 「あぁ」 身体を離したカカシは穏やかな表情に戻っていて、ようやくもホッとした。 触れたらひび割れてしまいそうな繊細な年頃の彼は何を考えて、何を思うのだろう。 「おいで、寝室こっち」 寝室に案内したのち、自分はソファで寝ようと寝室から出ようとしたとき、グイっと腕を掴まれた。 「待って」 「あ、電気?枕もとにスイッチあるからそこで」 「そうじゃなくて。あんたも」 「え?」 の腕をギュッと掴むカカシは口ごもりながら、なんとなく頬を赤く染めていて目を泳がせていた。 いつも見上げていたカカシがほんの少しだけ見上げるところにいて、今まで知らない幼さと表情に目が奪われる。 「その・・・一緒に」 「えっあっ、わたしも?!いいの?!」 カカシから言われたことが嬉しくて思わずはしゃいだ声をあげると、カカシも素直に「うん」と頷いた。 「向こう片付けてくるからカカシくんは先に寝てていいよ」 寝室から飛び出して、カカシから見えない場所で赤くなった頬を冷ますように両手を添え大きく息をついた。 「・・・よし!」 頬に添えた手でパチンと頬をたたき、リビングの後片付けに向かった。 「あのさ・・・もうちょっと離れてくれない?」 「あう・・・」 ツン、と冷たく言い放ったカカシは遠慮なく寝返りをうって背中を向けた。 その小さくも大きい背中に「生意気なやつめ・・・」と心の中でいじけていると、 「ねぇ」 と声をかけられてギクリと心臓が跳ね上がった。 「あんたって、本当の俺と付き合ってるんでしょ」 「え?あ、うん」 「あんたはアイツが好きなの?」 「アイツって・・・カカシさんのこと?勿論。愛してるよ」 目の前の幾分か小さい背中に想いを馳せる。 大きくて、あたたかくて、頼りがいのある背中が大好きだった。 「どうして?」 「・・・・・いや、なんでもない」 それからカカシは黙ったままで、いつしか夜が更けて朝を迎えた。 >>>2 Lover Novel TOP |