「あの人って、だれ?」

鋭い金属音のような耳鳴りがして、立っているのがやっとでそこから身動きをとることが出来なかった。
自ら首を絞めているような感覚で、息苦しくて仕方がない。

「あの人、って・・・?」

心なしかの声も震えているように聞こえた。
そんな声を聴いたら余計に耳鳴りが激しくなる。
脚に力が入らなくなり、よろけるように椅子に再び座った。

「偶然、と一緒にいるのを何度か見かけて」
「・・・・・」

言葉を失ったに、ようやくカカシも顔を上げた。
目に入ったのはどこか思いつめたようなの表情で、思わずズキリと胸が痛んだ。

「・・・わたしも、見かけたの。カカシと、一緒にいる人」

のか細く震える声の思わぬ返答に、はたと呼吸が止まった。
いつ?どのタイミングであの男と遭遇していた?

「わたしも聞きたかった。あの人って、だれ?」

想定外にも泣きそうな顔で尋ねるに頭の中が真っ白になった。

「誰って・・・・」

そんなのこちらが聞きたいと言わんばかりに顔をしかめるばかりで、言葉を発しないカカシを前にますますは顔をゆがませてついには俯いてしまった。

「・・・・・・」

頭の中が混乱していて、なんて言葉をかけていいのか分からない。
黙ったままの二人の間に流れる気まずい空気間に再びコツコツと窓を叩く音が鳴り響いた。
ビクッと肩を震わせたと同時に窓の外を見れば、長い髪の毛を風にたなびかせたくノ一が不思議そうな顔をしてこちらをのぞき込んでいた。

「あ・・・ッ!」

彼女を見たは顔を青くして目を丸くしていた。
その驚き方と怯えように、様々なパーツがバチッと頭の中で組み合わさった。

「そういうことか・・・!」

窓の外で依然こちらを眺めているくノ一に中に入って来るよう合図し、暫くして決して今まで交じり合わなかった三人の不思議な空間が出来上がった。

「カカシ上忍、呼び出しあったんじゃないですか?」
「そんなことより。違うんだ、。俺たちは任務でのただのペアなんだよ」
「ま、待って、待ってよカカシ・・・どういうこと?」

迷った末にカカシの隣に座ったくノ一と、早く誤解を解きたいカカシの言葉にはなすすべもなく大混乱に陥っていた。

は勘違いしてるんだよ。俺たちはただ任務で組まれているだけで、それ以上でも何でもない」
「・・・・・」

カカシの言い分には目を泳がせ、頷くとも首を横に振るともしない曖昧な感じのまま俯きがちに視線を下ろした。
それもそうだ、こんな説明だけで納得できるわけがない。
自分自身も混乱していて、なんて説明をしたらいいのかうまく言葉が出てこない。

その様子を見ていたくノ一は色々と察したようで、とカカシの二人を眺めた後「あの・・・」と小さく声を漏らした。

さん、ですよね。お話は常々伺っています。初めまして、わたしは──」

穏やかな口調で自己紹介を始めた彼女にようやくも顔を上げた。

「わたしはまだ中忍で、修行も兼ねてカカシ上忍とペアを組まされているんです。なのでいつも一緒にいると思われても仕方がないですね。でも安心してください。わたしも、きちんと彼がいますので」
「あ、あの・・・・」
「でも、話で聞いて想像していた以上に可愛らしい方で・・・。カカシ上忍にはもったいないですね」
「ちょっと」

二人のことを無視して話し続ける彼女は、に向かって安心させるように優しく微笑んだ。

「カカシ上忍はいつもさんのことを話されているんですよ」
「お、おい!」
「これほどまでに分かりやすい忍っているのかと思うくらい、さんのことで何かあったら任務そっちのけになったり、腑抜けになったり、かと思えば早く会いに行きたいからってこっちの事情も無視したり」
「カカシ・・・」
「まぁ・・・ね」
「おかげで十分振り回されたのですが、でも・・・全身全霊で愛されてますよ、さん」

ね?と隣で頬をかくカカシに念押しをするくノ一。
はそんなカカシを見て言葉を失った。

とんでもない勘違いを、無駄な心配を、もったいない時間を、そしてなにより一番大切な人を傷つけてしまった。
こんなにも愛されていたのに。
ただカカシに聞けばよかっただけなのに、こんな些細なことで勝手に一歩引いて傷ついて、傷つけて。

「わたし・・・・」
「でもわたし一つ聞きたいことがあって」

ごめんなさい、と言う前にくノ一が長い髪の毛を耳にかけて鋭く遮った。

さんとカカシ上忍は、住む世界が違うと思いますか?」

くノ一の質問に、今度はカカシがピクリと肩を震わせた。
先にカカシが吐き出した質問は何も解決していない。

「世界・・・・」

は少し考えたあと、不思議そうにくノ一とカカシを交互に見た。

「住む世界・・・っていうのは分からないんですけど、ここは木の葉の里で、わたしたちの世界はこの一つしかないです」
「うん。なら安心して聞けます。一緒にいられたのって、上司の方ですよね?」
「!」

ついに発せられたくノ一の核心をついた質問に、隣で冷や汗をかいていたカカシの肌がざわりと粟立つ。
思わず視線が下がっていき空になったコーヒーカップの底に目が落ち込んだ。

「・・・え?」
と・・・その、スーツを着た男の人が一緒にいるのを何度も見かけて」

その人といつも楽しそうにしていたでしょ、とは言わずに再び口をつぐんだ。
するとは少し考えた末にハッと顔を上げた。

「ま、まって!カカシもすごく勘違いしてる!」

ガタっと机が揺れ動き、カシャンと皿が擦れる音が響いた。

「その人は会社の上司の人で、私がすごい落ち込んだり悩んだときに相談にのっててもらって!」

なんとかカカシに分かってもらおうと、何度も言葉を詰まらせながら必死に説明をする

「えと・・・・、その、わたしが勝手にカカシさんとの仲を疑って・・・勝手に落ち込んでて・・・それで・・・」

まだ話そうとするの手を取り、ようやく二人は顔を見合わせた。

「だから・・・、わたしたち、勘違いしてたみたい」

弱った笑顔を見せたに胸の底から熱いものがこみ上げてきたカカシは首を垂れた。

「ごめん。本当に、ごめん」
「なんでカカシが謝るの!わたしだって勝手に勘違いしちゃってて・・・まさかカカシにこんな思いをさせていたなんて・・・。本当にごめんなさい」

カカシの手を包み、その手に頭を寄せてそっと目を閉じた。

「わたし、カカシのことが好き」
・・・・」
「ふふ、ちゃんと言わないとって思って」

心からあふれ出した飾り気のないの言葉は直接カカシの心に染みわたり、ようやくカカシも笑みが零れ落ちた。

「おれものこと、好きだよ」
「うん」

震えた声でそう答えたの両の目からキラリと宝石のような涙が零れ落ちた。
二人のことを見届けたくノ一は、そっとカカシに目配せして座席から立ち上がった。

「それじゃあ、お幸せにね」
「あ、あの!今度、一緒にご飯でも!彼氏さんと一緒に!」
「ほんとに?やった!美味しいご飯屋さん、教えてほしい!」
「もちろん!」

一気に距離が近づいた二人をなんだか複雑な心境で眺めるカカシは、ふと窓の外にこちらに向かってくるある気配に気が付いた。
今までの経験上、思わず身構えた瞬間にカフェのドアが開き、その人物は入ってきた。

「あ、来た。おーい!あのね、わたしの彼を紹介するね。ここで待ち合わせしてたの」
「あ、そうなの?カカシ、知ってる?」
「え?ちょ、ちょっと待って、それって・・・」

くノ一が言う彼と、いま近づいてきているその気配との繋がりの可能性に、ようやく整理のついた頭が再びこんがらがってきた。

「あれ?お前・・・」
「せ、先輩?!」
「・・・・嘘だろ」
「なに、みんな彼と知り合い?!」

なんとも複雑なメンツがそろったものだ。
カカシが感じ取っていた気配の主は、あれほど存在に敏感になっていたの上司で、そして彼はの上司でもあり、カカシの仲間のくノ一の恋人でもあったのだ。

「そっか、そういえばこのお店、先輩から教えてもらったんだった・・・!」
「あー、彼が噂の。どうも、初めまして。僕は───」

礼儀正しく、まさに会社員の鏡ともいえるような挨拶を流ちょうに話した彼は、くノ一の腕を引っ張り「えーっと、どういうこと?」と小声で聞いていた。
考えてみればから相談されていた相手が目の前にいて、さらには自分の彼女とも一緒にいて、それでもって自分も合流したこの場はなんなんだろう、と思っているはず。
カカシが思っているのだから、きっと彼もそうだろう。

「アハハ!まさかみんな関わりがあっただなんて!」

だけがあっけらかんと笑っていて、それを見た三人も一度は呆気にとられたが思わずクスクスと笑いだしてしまった。

「これも何かの縁です。今度みんなで飲みに行きましょう」

四人を指さしたに、全員は顔を見合わせて「そうだね」と頷いた。




その帰り道、二人は手を繋いで寄り添い合って歩いていた。

「・・・あれ?!そういえばカカシ、任務は?!」
「あっ、マズい!・・・なーんて。他の人に代わってもらったよ」
「よかったぁ。じゃあ一緒にいられるんだ!」
「そう」

嬉しそうに笑うに対して、カカシも思わず笑みが零れ落ちた。

は本当に嬉しそうに笑うね」
「そ、そうかなぁ」

顔を赤くして照れたように笑うが愛おしくて堪らない。
ぐいっと手を引っ張り引き寄せて、その唇に口づけた。

「!」

驚いて目を見開いたは、口を離したあとすぐに恥ずかしそうに俯いた。

「ごめん、つい」
「ううん、久しぶりだったからなんか・・・恥ずかしくて」

顔を赤くしてほほ笑む姿を見てズキリと胸が痛んだ。
どうしてもっと早く答えを見つけられなかったんだろう。
この笑顔を悲しみにゆがませていたのかと思うと自分で自分を殴りたくなる。

「ね、今度の温泉旅行、いつにする?」
「そうだねぇ、そしたら今度の・・・・」

隣に寄り添う愛しい人の微笑みをこれからもずっと守れるように、カカシもも手を握り合ってそっと心の中で誓った。











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