リクエストくださったもよもんさんへ。


fortune cafeの続編です。
先にこちらをお読みいただければ幸いです。






任務終わりには居酒屋が盛り上がるものだが、僕はそんな騒がしい繁華街を抜けて、ひっそりと佇むカフェへと足へ運ぶ。
それは”おいしいコーヒーを飲むため”に。

別にカフェの経営主であるさんに会いに行くだとか、
さんの笑顔に任務での疲労を癒されに行こうだとか、
そういう訳では・・・ない・・・。

さんは、なんやかんやあってカカシ先輩とお付き合いしている。
なんやかんやというのは、それはもうなんやかんやあったわけで。

あまり思い出したくないことなので、もう触れないでおこう。



とぼとぼ歩いていると薄暗くなった辺りに、ぽつん、とカフェの明かりが見えてくる。
窓から漏れる中の柔らかな明かりが、なんだか心をほっとさせる。

「あ・・・」

いつもの癖で、店内の気配を探ってしまった。
が、すぐにそれを後悔した。

カカシ先輩も来ている。

しかもよりによって、店内にはさんとカカシ先輩しかいないみたいだ。
あぁ、入りずらいなぁ。

こっそりと、気配を消して窓から店内の様子を窺ってみることにした。


「?!」


中の様子に、思わず目を見開いてしまった。

こちらに背中を向けて立っているカカシ先輩。
そしてさんが、カカシ先輩に向き合うように立っていた。


驚くべきは、さんが大粒の涙を流していることだった。


カカシ先輩の背中は、いつもより丸まっている気がした。
涙を流しているさんは、なにかカカシさんに喋っている。

とんでもない現場に遭遇してしまったのかもしれない。
バクバクと心臓が大暴れする。

涙・・・?

ますます中に入ることができない。
いや、本来ならば中に入って二人の間を取り持った方がいいのかもしれない。

だけど僕は急いでその場をあとにした。

家へと急ぐ道すがら、頭の中ではさんの涙を流したあの表情が離れなかった。

カカシ先輩が女性を泣かせることなんて珍しいことではない。
それこそ、適当な女を拾っては冷たく突き放して泣かせる、そんな様子を何度も見てきた。

まさかさんをも泣かせるだなんて。


「・・・・待てよ?」


顎に手をやって、うむ、と悩む。

「これは、チャンスなんじゃないのか?」

カカシ先輩がさんを泣かせたということは・・・。
別れ話を持ち出したに違いない。

さんは優しいからカカシ先輩を責めることもできず、きっと落ち込んで悩んでしまうだろう。
そこを僕が相談にのってあげて、心の隙間を埋めてあげて、僕に振り向かせる。

そして、それで・・・。

「いやいやいやいや」

口ではそう言うものの、その顔はだらしなくにやけてしまっている。

「ともかく今は、様子見だ」

善は急げとは言うが、果報は寝て待てともいう。
作戦を練ってから、また出直そう。



*    *    *    *    *



翌日、任務終わりにカフェへと向かった。
気配を探ってみると、店内にはさんしかいないようだ。

まぁ、それもそうだろう。

こんな時間にあの店に訪れるなんて、僕かカカシ先輩しかいないうえに、カカシ先輩とは別れてしまったのだから。


カランカラーン、と小気味良い音を奏でてドアを開けた。

「あ、いらっしゃいませ、ヤマトさん」

優しく微笑むさんの笑顔と、コーヒーのいい香り。
やっぱりここは最高の場所だ。

テーブルに広げていたコーヒーミルを片付けながら、さんは僕にいつものですね?と尋ねてきた。
それに笑顔でうなずいて、適当な場所に腰を落ち着けた。

「お待たせしました、ミルクたっぷりですよ」
「ありがとうございます。さんも、どうか座ってください」
「じゃあ、遠慮なく」

にこっと微笑んで、さんは自分用のコーヒーを淹れて僕の左隣に座ってくれた。

「・・・・・」
「・・・・・」

二人して、静かにマグカップを傾けた。

しまった。
どうやって話を切り出そう・・・。

ここで急に、カカシ先輩と別れたんでしょう?
あんな人さっさと忘れて、僕とお付き合いしましょう、だなんて、

「言えるわけない・・・」
「え?なんです?」
「あ、いや、なんでもないです!」

その場を紛らわすように、慌ててコーヒーを飲んだ。

「げはっ!がはっ、げほっげほっ!!」
「わあ、ヤマトさん大丈夫ですか?!」

慌てたせいで気管に入ったコーヒーをぶはっと吐き出してしまい、慌ててさんが僕の背中をさすりながら立ち上がった。
大丈夫です、とむせながら言う僕に、さんはなにか拭くものを取りに店の奥に引っ込んでしまった。

ああカッコワルイ・・・
なにやってるんだ僕は・・・。

あまりにも不甲斐ない行動に、自分でも悲しくなる。

「ヤマトさん、お水と、タオルです!」

戻ってきたさんに手渡され、ありがたく頂戴する。

「ふふ、ヤマトさんって実はあわてんぼうさん?」
「や、そういう訳ではないんですが・・・」

ふうう、と深く息をつく。
もうこの際、どさくさにまぎれて言ってしまおうか。

「いやあ、なんだかさん、いつもと違うなぁと思って」
「え?そうですか?」

我ながら、なんて突拍子な発言なんだろうか。

「ええ、どこか落ち着いていないような・・・まぁ、僕が言えることじゃないですけど」

ははは、と棒読みな笑い声をあげ、ちらっと横目でさんを見てみる。
ここで、実は・・・と相談してきてくれるはず・・・。

「・・・・」

やっぱり。
言葉を失ってしまっているじゃないか。

そんなにカカシ先輩のことで悩んでいたなんて。
どうしてもっと早くに気が付いてあげられなかったんだろう。
きっと優しいさんのことだから、一人で悩んでいたはずだ。

もう大丈夫、僕が必ずさんのことを幸せにしてみせる。

「あの、実は・・・」

ようやくさんの重たい口が開かれた。



「実は、結婚することになりまして」



「・・・ぅえ?!」



危うく、手からマグカップが零れ落ちそうになった。

「な、なんですって?!」

居てもたってもいられなくなり、ガタガタと慌ただしく立ち上がってみたものの、どうすることもなくて呆然と立ちすくんでしまった。


「ちょっとー、俺の奥さんにちょっかい出さないでくれる?」


いつもの眠たそうな声が、背後から聞こえてきた。

「カカシ先輩!いつの間に!いや、え?奥さん?!結婚?!」
「カカシさん、いらっしゃいませ」

なに一つ理解できていない僕はただただ混乱。
一方、さんはいつもの笑顔でカカシ先輩を迎え入れている。

ちゃーん、違うでしょ?」
「あ・・・おかえりなさい、カカシさん」
「うん、ただいま」

かああ、と顔を赤くしているさん。
満足そうに笑っているカカシ先輩。

そして頭が真っ白の僕。

「・・・・・」

なにも言葉が出てこなくて、ただ目の前で繰り広げられる先輩とさんのイチャイチャぶりを目の当たりにするしかなかった。

「カカシさん、コーヒー淹れてきますね」
「ん、ありがと」

さんが席を立ち、入れ替わりにカカシ先輩がその席へ座った。

「この前、店の前まで来てただろ」
「・・・え?あ、あぁ寄らなかったですけどね」
「いやー、あの時ちょうどプロポーズしててさ」
「・・・・」

ドカン、と衝撃が走る。


さんのあの涙は。

カカシ先輩のあの丸まった背中は。

二人の近すぎたあの距離は。


「カカシ先輩の・・・カカシ先輩のバカアアア!!!」


またしても同じようなセリフをはいて、僕はお店から走り去った。



「あれ?ヤマトさんは?」
「あのバカはもういいの。それよりちゃんとそれ、してくれてるのね」
「えっ、あ・・・はい」

嬉しそうに左手の薬指を撫でる
そこには美しく、そして可憐に光る指輪が輝いていた。

あの時わたした婚約指輪。
緊張していつもより丸まった背中が情けなかったが、
の華奢な指に指輪を通した瞬間、の瞳からダイヤモンドのようにキラキラと涙が零れ落ちた。

『ありがとう、カカシさん。嬉しい・・・』

泣きながらそう言うに幸せを感じつつ、ピリッとしたよく知っている気配を察知したカカシであったのだった。


「まだちょっと、恥ずかしいですけどね」

指輪を眺めながらえへへ、と照れているが可愛くて、カカシは口づけようと顔を近づけた。

が、それはカランカラーンと憎らしく響くドアベルによって遮られてしまった。

「ヤマトさん!」

恥ずかしそうにぱっと顔を反らした

「あのこれ・・・持って帰っちゃったので・・・」
「え!わざわざすみません!」

ヤマトがすっと差し出したタオルをが左手で受け取った。

「・・・・!!!」

ヤマトはようやくそこで、の左薬指に輝く決定的な”証拠”を見つけてしまった。

「あ、あのヤマトさん・・・?」

なかなかタオルを離さないヤマトを困ったように見つめる

「・・・さん」
「なんです?」
「・・・・」

タオルを握るヤマトの指に、力が入る。
少し瞼を閉じて、なにかを決意したようにその大きな瞳をに向けた。


さん、どうかお幸せに。また僕においしいコーヒー、飲ませてくださいね」
「ヤマトさん・・・ありがとうございます」


の幸せそうな笑顔を見て、ヤマトも無理やり微笑んだ。
その様子を黙って見ていたカカシはふぅ、とため息をついた。

「ヤマト、まだ残ってるじゃない。ゆっくり飲んでいけば?」
「え・・・?」

マグカップにまだたくさん残っているヤマトのコーヒー。

「いいんですか?」
「いいもなにも・・・せっかくちゃんが淹れてくれたんだから」
「あ、きっと冷めちゃったと思いますから新しいの淹れてきます!」

そう言っては奥へ引っ込んでしまった。
カカシが席に着くのを見て、ようやくヤマトもつられて座った。

「先輩・・・」
「ん?」

カカシは先にコーヒーを一口。

さんを悲しませたら、今度こそ僕が」
「それはないから安心してちょうだいよ」

くい気味にヤマトの言葉を遮ると、ようやくヤマトが小さく笑った。

「カカシ先輩にはかないませんね」
「当たり前だろ、おれはお前の先輩なんだから」

カカシも微笑み、二人の様子を店の奥から見ていたもにっこり笑った。


「おまたせしました、おいしいコーヒーをどうぞ!」



甘くて苦い、幸せのコーヒーを大好きなあの人へ、愛するあの人へ。









Novel TOP