リクエストくださっためいこさんへ。







カカシが長期任務に就いて木の葉の里を離れてからそろそろ2年を迎えようとしていた。
過去の暗部時代の経験やその才と実力を買われ、隣里の繁栄を促進する指導者へと任命された。

同じ火の国とはいえ木の葉の里から遠く離れているため、一時的住居がカカシには与えられた。
里の者は初めは戸惑いと疑心の目をカカシに向けていたが、いざその指導力やみるみるうちに発展をとげていく里を見ていくうちに、カカシへ向けられるその目は期待と尊敬に満ち溢れていた。


「カカシ殿、この書類の確認と校正を頼みます」
「わかりました。そこに置いといてください」

カカシに与えられたデスク周りには、山積みとなった資料と書類。
木の葉の里から連絡の催促の文、未処理の請求書の束。
そしてそれに囲まれた、やつれた顔のカカシ。

「あ〜・・・・終わらん」

机に向かって延々と筆を走らせていたが、疲労もピークになり筆を投げ捨てた。
ぎっと音を立てて軋む椅子の背もたれに背中を預け、ぐぐぐっと伸びをした。

はあ、とため息をついて天井を見上げた。
さすがに綱手様を恨む。
考えてみればこの量の仕事を一人でこなすには無理がある。
この里の規模に、自分一人だけだとは思いもよらなかった。

窓から外を眺めると、すっかり日は堕ちて月が輝いていた。
この地を訪れたときに比べて街並みはすっかり近代化が進み、その分書類の山が増えたとしても達成感はひしひしと感じている。

「よし、やるか・・・・」

ぼやいたところで現状が変わるわけではない。
その間に1枚でも書類に目を通して、着実に仕事を進めた方が確実だ。

山積みの書類へ手を伸ばし、再び筆を走らせた。



静かな部屋に、カカシが筆を滑らせる音とカチッと時計が時間を刻む音が響く。
ひとたび集中すると、時間も気にせず机に向き合ってしまう。
書類を届けにカカシの元を訪れる者も来なくなり、ただひたすらに書類を確認し、処理し、連絡書を書き進めた。

「・・・ん?」

見向きもせずに手だけを山積みの書類へ伸ばしていたが、ついに手が机に触れた。
ということは、あの書類の束はすべて処理できたということ。

「あ・・・・もうこんな時間か・・・」

ギイ、と椅子に負担をかけつつ大きく伸びをして時計を確認すると、もうそろそろ日付を超えそうな時間。
バキバキに固まった体をほぐすために椅子から立ち上がり、軽くストレッチをするとあちらこちらから骨が鳴る音が聞こえた。

どうせまた同じような量が明日も届くのだ。
今日のところはここでおしまい。
なんとなく机の上を片付けて、帰る準備を整えた。

もうこんな時間だ。
なにか食べなければ、と思うが自炊する体力もなければ、まともな飯屋はもうとっくに閉まっているだろう。

そんな時は、あの酒屋に限る。



「らっしゃい」
「カカシさんいらっしゃい〜遅くまでお疲れ様です!」
「どうも」

ガララ、とやかましい扉を横に引くと、美味しそうな匂いと共に賑やかな声が聞こえてきた。
疲れたカカシを迎えたのは、酒場の店主のイッテツと看板娘の
いつもの二人に、いつもの雰囲気。

なんだかこの酒屋はカカシをほっとさせるなにかがあった。
どうやらカカシの他にもそう思っている者が多いのか、店は夜が更けてもいつも賑わいを見せている。
カウンター席にどさっと座り、ようやく一息。

「いい秋刀魚があるよ」
「じゃあそれ、お願いします」
「カカシさんにお勧めしたいお酒あるんだけど、どうですか?」
「んー、今日はやめとこうかな。次来る時までとっておいてよ」
「わかりました、カカシさん用に隠しておきますね」

無口なイッテツに、茶目っ気のある
この凸凹コンビによってこの店は成り立っている。

さーん、注文たのむわー!」
「はーい、お待ちくださーい!」
「次、こっちも!」
「はいはーい」

あちらこちらから、顔を赤くして陽気な男たちから声がかかる。
彼らはもちろんここの店を好んで来ているわけなのだが、その大前提に”を目当てに”来ている。

気立てのいい、可愛らしいが大きなジョッキを抱えてくる姿や、愛想よく微笑まれるだけで男たちの心は鷲掴みにされる。

・・・もちろんその中に、カカシも入っているわけで。

イッテツの無骨な対応の裏に隠された優しさや、の朗らかな笑顔と人懐っこい性格。
顔見知りなんて誰もいないこの里で、最初の頃は夜遅くても開いてるからという理由で訪れていたが、しだいにイッテツとに会うために足を運び始めていた。
毎回疲れた表情で訪れるカカシに、お疲れ様です!と眩しい笑顔を向けるに何度心安らいだだろうか。

いつしかその心は癒しを求め、恋に溺れていた。


「はい、お待ちどうさん」

ドン、と目の前に置かれた美味しそうな秋刀魚定食。
メニューは用意されていないが、顔なじみのカカシに特別に出してくれる定食シリーズ。

ほこほこと美味しそうな湯気をたてている白米、味噌汁、秋刀魚、そしてひっそりと隠れて目にも鮮やかなたくあん。
そのすべてが食欲をそそる。

「いただきます」

さっきまで感じてなかった空腹感が一気に襲い、ぱきっと割り箸をわってすぐに味噌汁を一口すすった。

「あぁ、美味い」

心からそう思う。
疲れた体に染み渡るような、そんな感じ。

「これ」

イッテツがぶっきらぼうに小鉢を差し出した。
素直に小鉢を受け取ると、それはなんともおいしそうなひじきの煮物。

「寝不足だろ。のやつがお前さんのためにこしらえたんだ」
さんが・・・」

すぐさま箸をつけ、さっそく一口。

「美味しい」

好物の秋刀魚の塩焼きに、のお手製ひじき煮。
口に入れた瞬間にジーンと多幸感が心に染み渡る。

もぐもぐと無心で食べていると、厨房に戻ってきたが食べ終わりを見計らってカウンター越しにカカシへ熱いお茶を差し出した。

「ありがとう。あ、さんのつくったひじき、最高にうまいです」
「そう?よかった」

ずずず、と茶を啜っていると、は嬉しそうに頬を染めていた。

「明日は早めに終わらせてさんおすすめの酒、飲みに来ますね」
「きっとカカシさんは気にいると思いますよ。ね、父さん」
「・・・・・」

父さん、と呼ばれたイッテツは静かに無言の肯定。
イッテツがうるさく言わないのなら、それはどうやら本当にいいものらしい。
ますます期待が高まる。

「ほら、これ持ってけ」
「あ、はーい」

イッテツが仕上げた料理を両手いっぱいの抱え、はカウンターから出て行った。

はイッテツのことを”父さん”と呼ぶが、本当は血の繋がっておらず、がまだ小さい時にイッテツに拾われた。
イッテツの男手一人で育てられたは、当然のようにイッテツを父のように思い、イッテツものことを娘のように思っている。

「あっ、ごめんなさい!」

パリン、と派手な音をたててグラスが割れた音がして、イッテツはを睨みつけた。

「バカ野郎!いい加減にしねーと捨てちまうぞ!」
「キャー、父さんやめてー!」

どうやら二人はその事実を重く受け止めていないどころか、もはや客の酒の肴になるよう面白おかしく話しているくらいだった。

「可愛そうにちゃーん。イッテツに捨てられたらすぐに俺のところにおいでなあ!」

客の一人がまんざら嘘でもなさそうな顔をしてそんなことを言うと、イッテツは動かしていた包丁をピタリと止め、ギロリとその客を睨みつけた。

「バカ野郎。お前ェみたいなのにこの花はもったいなさすぎるんだよ」

イッテツの形相に思わずカカシもドキリと胸を冷やす。
そんなこともつゆ知らず、あっという間に店内は活気を取り戻した。

「ごちそうさまでした。また明日きます」
「おう。ありがとさん」

少し冷めたお茶を飲み干し、カウンターに代金を置いて席を立った。
店を出て振り返ってドアを閉めようとしたとき、カカシが帰ることに気付いたが狭いドアの隙間から手を振った。
なんだかその姿が可愛らしく、クスッと笑いながらカカシも手を振り返した。



「はあ〜・・・美味かった」

里はすっかり変わったが、相変わらず美しく輝く星を眺めながらほぅ、と一息。

きっとまた明日も山積りになっていく資料とにらめっこ。
考えるだけで肩と腰が悲鳴を上げそうだ。

「よし」

くっと脚にチャクラをためて屋根の上へと飛び乗り、ぴょんぴょんと屋根伝いに自宅へと帰った。

せめてもの、運動を。






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