ある昼下がりのこと。
カカシの部屋のドアに、一枚のメモが貼ってあるのに気が付いた。


ちゃんへ
 いま任務で預かった危険物を部屋に置いてあるから気を付けてね』


「危険物・・・?」

カカシの部屋のドアノブを掴んだまま考える。

・・・・生き物?個体?気体?液体?

「触らなければいいよね。カカシさん、入りますよー」

ドアを開け、中を確認するが、そこにカカシはいなかった。


「なんだろう・・・これ。綺麗・・・」

綺麗に整頓された机の上に、直径10センチほどの銀色の球体が浮いていた。

外の光を反射しているのか、それとも自身が光っているのか分からないが、ほんわり輝いている。
ついつい指をのばして触れようとする。

「・・・っと」

はっと気が付いて、すぐさま指を離した。

「あぶなーい!触れちゃだめなんだった・・・」

でも、その美しい球体から目が離せない。
机から浮いているのも不思議だし、個体でできているのかもわからない其れがとても不思議だった。
魅せられたように指が動く。

少しだけなら・・・

指が球体に触れた。
驚いたことにそれは液体だった。

!!それに触っちゃだめだ!!」

「・・・え?」


声のする方を向いたが、視界がぐらりと歪んで、受け身もとることもできずに床に倒れてしまった。
倒れる時に窓からカカシがの元にやってくるのが、かすむ視界の中で見えた。

カカシがを抱きとめたが、その時すでにの意識はなかった。


*    *    *



目が覚めると、目の前にまっ白い天井が広がっていた。

身体を動かしたいけど動かない。

つん、とつく薬品のにおい。


『病院・・・?』


これが夢じゃないのなら、きっと目は開いているのだろう。

眼球は動かせるけど、それ以外どこも動けない。
きょろきょろと目だけを動かしていると、突然綱手が覗きこんでいた。


「・・・!!・・・!」

とてつもない剣幕で怒鳴られた。
が、恐ろしい形相をしているだけで口パクで怒られている。

『口パクで怒鳴っても分かりませんよ〜』

そう返事をした。
つもりだった。

綱手はそんなを置いて、尚も口パクを続ける。

『綱手さま?』

さすがに疑問に思ったが、の声かけに綱手は答えなかった。
しかし綱手も気が付いたのか、不思議そうにの顔を見つめた。


「・・・、・・・?」


綱手がなにか問いかけている。
が、ただ口を動かしているだけにしか見えない。

『これって・・・聞こえないし、喋れないし・・・動けない?』

綱手は、難しそうな顔をして病室から出て行った。
その姿を見送ると、すぐに他の誰かがを覗き込んだ。

『紅さん!』

驚いて名前を呼んだはずなのに、きっと声はでていないのだろう。
待機所でコーヒーを入れかえているときに、仲良くなった忍の一人だ。
真面目な顔をしての顔を見つめている。
その後ろから綱手もの様子を眺めている。

二人がを見ながら話し合っているのを、はどうすることもできずに見つめていた。
ため息をつきたいが、身体も動かない。
どうやら、まばたきはできるみたいだった。
ぱちぱちと唯一動く瞼を動かし、二人の様子を窺う。

ようやく話し終えたのか、紅がまた顔を覗きこみ、細長い指を二本、の額に当てた。


『・・・?聞こえるかしら?』
『え?!』
『驚いてるってことは聞こえてるのね』

耳じゃなく、そのまま脳内に紅の声が響いている。

『あなた、いま体が動かないわよね?あと、耳も聞こえないし、声もだせない』
『はい・・・』
『やっぱり。、あなた銀色の球体に心当たりあるわよね?』
『は、はいぃ・・・』

やっぱり触ってはいけないものを触ってしまったのだ。
なんてことをしてしまったのだろう・・・

『しょげたい気持ちは分かるけど、今は話を聞いてね』

紅は今の状態を細かく話してくれて、どうなっているのかを教えてくれた。

要するに、あの銀色の球体は、人のチャクラを吸って成長するものらしい。
そしてどんどん大きくなり、最終的に力を集めきった結果、国一つを滅ぼす勢いで爆発するとのこと。

なんてものを触れてしまったのか。
今はしょげるな、と紅は言ったがどうしても落ち込む。

『ということは、私からチャクラを吸っているってことですか?』
『そうね』
『でも私、チャクラなんて!』
『植物ですらチャクラを持っているのよ。忍でなくてもチャクラはあるの。ごく微量だけどね』
『・・・でもなんで倒れているんですか?しかも動けないのは?』

自分の身に起こっていることにまだ理解ができずに、つい紅に質問攻めしてしまう。
でも紅は戸惑うにしっかりと、優しく教えてくれた。

『さっきも話したとおりに、忍とちがってあなたのチャクラは微量なの。でも銀色の・・・アレスっていうんだけど、アレスはあなたのチャクラを吸い続けているのよ』
『アレス・・・』
『そう。力が入らないのは、すべてのチャクラが吸われ尽くされて、体力まで吸われ始めているから』
『そう・・・なんですか・・・』

やけに納得がいる説明にがっくりしていると、急にまた一人顔を覗いてきた。

『カ、カカシさん!!』

を見つめるカカシは、怒っているような、喜んでいるような、はたまた泣きそうな顔をしていた。

『あ、ちょっと待っててね』

紅の指が額から離れた。
その瞬間、またしても静かな空間へと変わった。

そして紅とカカシと綱手が話すのを見ていた。
カカシが一瞬の方を見て、眉を下げて困ったような笑みを浮かべた。
身体の感覚はないくせに、胸がズキンと痛むのは感じられた。
身体の痛みがないぶん、やけにはっきりと胸の痛みが分かる。

ああ、カカシさんになんて顔をさせてしまったのだろう

見ていられなくて瞳を閉じた。


『聞こえる?ちゃん』

目を閉じていたら、急に頭にカカシの声が響いた。

『カカシさん・・・』

我慢できなくて目を開けると、そこにはやっぱり悲しげな笑みを浮かべたカカシ。
ずきん、とまたしても胸が痛む。

『ごめんなさい』
『泣かないで、ごめんね、俺が悪かったんだ。あんなところにアレスを置いたままにして外に出てたのがいけない。巻きこんじゃってごめん』

感覚はないものの、いつのまにか泣いていたらしい。
カカシの指が目じりから伝う涙を拭っているようだが、悲しくもその温もりは感じられない。

『あのね、アレスを抽出するには、ハルモニアっていうものを摂取しなきゃだめなんだ』
『・・・はい』

カタカナの単語が連なる。
なんとなくはわかるものの、だんだん頭が混乱してきた。

『でもハルモニアがまだ見つかってないんだ。今から綱手様と協力して探すから、ちゃんはもう少し我慢してて』

ごめんね、とカカシは泣きそうな笑みを浮かべている。
そんなカカシの頬に手を伸ばしたいが、身体が動かない。
悪いのは私なのに、と言いたいのに声がでない。

『あ、そうだ・・・』

カカシの声が聞こえなくなった。
ほわ、と手が温かくなり、ぎゅ、と誰かが手を握っているのが分かった。

「カカシさん・・・?」

声が出ていた。

ちゃん!」

カカシの声も聞こえた。
身体を起こそうと力を入れた途端に、再び声が聞こえなくなった。
また手が暖かくなる。

「大丈夫?身体は動かさないほうが、いいかもね」
「カカシさん」

口も動くし、カカシの声も聞こえる。

「いま俺のチャクラをちゃんに分けたの。少し元気になったでしょ?」
「で、でもこんなことしたらカカシさんのチャクラが・・・」
「いーの」

少し首を動かしてカカシの顔を見ると、にっこりと笑っていた。
頭を撫でられているのも分かるし、カカシの手の感触もわかる。

「ごめんね。今はこれくらいしかできない」

そう言って、ゆっくりと手を離し、立ち上がった。

「おっと」

ふらり、と一度立ちくらんだカカシに、は再びズキンと胸が痛んだ。

「カカシさ・・・」

つい腕を差し伸べようとすると、体が硬直したように動かなくなった。
アレスとやらが早速カカシのチャクラをも吸いこんでしまったらしい。

「じゃあ、すぐ見つけてくるからね」

カカシの声がうっすらと聞こえて、視界からいなくなってしまった。

目を開けている力もついになくなったのか、自然と目が閉じた。


*     *     *


「カカシ!」

の病室から出たと同時に、綱手の怒声が聞こえた。

「はい・・・」

怒られると分かっていた。
そりゃあ怒られるようなことをしてしまったのだから、しょうがない。
綱手の方に振り向いた瞬間、鳩尾めがけて渾身のアッパーが飛んできた。

「うっ!」

重たい一撃をくらい思わず屈むが、構わず綱手はカカシをぎろりと睨んだ。

「お前はを巻きこんだんだぞ!!」
「わかってます・・・」
「なぜアレスを放って外なんか出たんだ!!」
「・・・・」


がカカシの部屋に行くほんの数秒前までは、カカシは自室に籠りアレスを研究していた。
そんなカカシの様子を見に、はカカシの自室に来たのだった。

だが、研究部に忘れ物をしてきてしまった。
カカシの瞬身なら数秒あれば取って来れるのだが、研究部でアレスの研究の進行について聞かれてしまい、帰るのが遅れてしまった。

その間にがアレスに触れていたのだ。

ただでさえアレスは、人に取りこむためにアレス自体から人を魅惑する術がかかっている。
自身が触らないように決意していても、幻術にかかってしまったら意志とは関係なく触れてしまうだろう。

もちろん心底後悔している。
危険物をが目に付く場所に置き、そのまま放置してしまった自分の甘さに吐き気がする。


綱手がふとカカシの手に目をやった。
ぎゅ、と堅くこぶしを握っていた。

『こいつ・・・ふざけた顔してるくせに・・・』

ここで怒鳴り散らしたところでは助からない。
綱手はため息ひとつ。

「はぁ・・・一刻も早く見つけるぞ」
「はい」
「私は研究部に行くから、お前は医療班だ」
「了解」

お互い瞬身で各々の場所へ向かった。



*     *     *



夢を見ているのだろうか。

体が浮いているような不安感がを襲う。


怖い、悲しい、苦しい


誰かに会いたい。
誰かと話したい。

違う。

カカシに会いたい。
カカシと話したい。


胸を掻き毟る様な不安感。
ゾクゾクと背中が震える。

目を開けたいが、瞼が重い。

さっきまではどうも感じなかったはずなのに。

どこにも力を入れられない。


これは夢の中?
それとも、現実?


チャクラを吸われ、体力を吸い尽くされたらどうなるのだろう。

このまま動けなくなったままで・・・ずっと目を閉じたままで・・・?
もしそれに気付かれなくって死んだとか思われてしまったり・・・

動く力がないかわりに、悲しいとか、怖い、と思う感情がむき出しになる。

なんだか寒い気がする。
そんな感覚は、きっとないのだろうけど。

この寒さに、なんとなく冬のことを思い出した。

雪が降る中、カカシと一緒に歩いていたこと。
カカシはコートのポケットに両手を突っ込んでて、はカカシの少し後ろを歩いていた。
足場の悪い雪道を長い足ですいすいと歩くカカシと、慣れていなくてよたよたと歩くの間には、少し距離が空いていた。

ふいにカカシが立ち止まった。
雪道を見ていて前を見ていなかったは、ぼふ、とその大きな背中に頭をぶつけた。

「寒いね」
「はい」

急にぽつりと放った言葉は、ひらひらと舞い落ちる雪とともに沈んでいった。

再びカカシは歩きだした。
やはりその後ろについていく

『あれ・・・』

先ほどよりカカシが遠くない。
カカシの歩くスピードが遅くなって、歩幅がせまくなったのだ。

カカシの小さな優しさに、ふふ、と一人で笑った。

「なーによ」

それに気付いたカカシが、寒さのせいなのか、はたまた恥ずかしさのせいなのか、頬を少し赤らめて振り返った。

「なんでもないですよ〜」

そう言って、はころころ笑った。

「はい」

目の前にカカシの手。

「え?」
「手、かして」

なんだろう、と片手を差し出すと、カカシはその手をとり、一緒にコートのポケットに入れた。

もちろんポケットの中は温かいが、それ以上に、手を包み込むカカシの手があたたかかった。

片手だけでも、それだけで身体全体がぽかぽかとあたたかくなった。


そんなことを思い出していた。


あぁ、寒いな。

動かない体だけど、想像の中で手を差し出す。
誰もいない、暗闇に手を差し出す。

あの時の、暖かさを求めて。


ちゃん・・・」

誰かの声がして、の差し出したその手を握った。


「カカシさん」


その温度は掌が覚えている。
その声は耳が覚えてる。

全てがあなたを覚えてる。

さっきまで冷たかった体があたたかくなっていく。


ちゃん、おはよう」


あなたのその一言で、暗闇が晴れた。


いつのまにか身体に力が戻ってきた。

瞼を開けることができた。


「・・・・カカシさん」


カカシが手を握ってくれていた。

あたたかい。

あたたかくて、あたたかくて、涙が出そう。


「・・・・よかった」


体を起こされて、ぎゅうっと抱きしめられた。

体全体でカカシのあたたかさを感じる。
太陽のようにぽかぽかとあたたかい。

「ありがとう」

強く抱きしめるカカシに、はぽつりとお礼を言った。


「起きたか」

横で綱手の声が聞こえる。
首を動かして横を見ると、少しやつれた様子の綱手がいた。

「綱手様」
「大丈夫か?遅くなって悪かった」
「いえ、すぐだったじゃないですか」

そう言うと、綱手はばつが悪そうに頬をかいた。

「実はあれから4日も経っているんだ」
「えっ!4日?!」

なるほど、だからさきほどからカカシが離れない理由がわかった。
綱手がいるにも関わらず、ずっと抱きしめられている。

「どんどん体が冷たくなっていくからさすがに焦ったよ」
「・・・・」

あの感覚は、あながち間違っていなかったようだ。
いわれてみれば、感覚が戻った今でも足先が冷えている気がする。

「あの・・・アレスは?」

綱手が懐から厳重な封印がされている箱を取り出した。

「アレスは無事にお前から抜き出したよ」
「よかった・・・」

そんなをようやくカカシは解放した。

「本当にごめん」
「いいんです、もういいんです・・・」
ちゃん・・・」
「私は、カカシさんのあたたかさを感じられれば、なんでもいいんです」

ぎゅ、とからカカシに抱きついた。
カカシも優しく抱きしめ返した。

「こうやって、カカシさんがわたしを包み込んでくれれば、それだけで」
「うん・・・ありがとう、ちゃん」
「ありがとう、カカシさん」


あなたから与えられるあたたかさは

わたしのいのちのみなもとだから








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