「おれは、父さんと違ってお前たちのこと嫌いだから」

幼いカカシがそう言い放った相手は、サクモの足元に寄り添う忍犬たち。

「こらカカシ!なんでそういうこと言うんだ」
「だって・・・」

サクモに叱られてチラリと忍犬たちを見てみると、グルルと唸りながらカカシを睨みつけていた。

「拙者たちだってお前みたいな小童は嫌いだ」

興味なさそうにパックンはカカシに尻を向けトコトコとどこかへ歩いて行き、それを見た他の忍犬たちも散り散りに去って行った。
一番体の大きなブルは面倒くさそうに片目だけを開いてじっとカカシのことを見つめ、かと思えばその目も閉じて興味なさげに眠ってしまった。

「お前・・・契約者の息子だからまだ噛みついてないだけだからな!」

オオカミのように鋭い目つきでウルシがそう言うと、こらこらとサクモが頭を撫でて落ち着かせた。
その様子を見ていたカカシはますます鬱憤がたまってくる。

「やってみるならやってみろ!お前なんかすぐに倒せるからな!」
「いい度胸じゃねぇか!」

ウルシはカカシに向かって威嚇体勢を取り、カカシも少し怯え腰になりながらも戦闘体勢をとった。

「こら、やめなさい」
「あっ」

サクモがカカシとウルシに対して一喝すると、煙と共に忍犬たちはドロンと姿を消した。

「まったく。一体どうしたんだ?今度の任務の打ち合わせをしていただけじゃないか」
「だって・・・ウルシがおれのことを睨みつけてたんだ」

カカシの目線になるようしゃがみこんだサクモは困ったような表情で、カカシはその目から逃れるように少し顔を反らした。

「ウルシはもともと眼つきが悪いじゃないか。それにしても困ったね」

ぽん、と優しくカカシの頭を撫でてサクモは立ち上がり、床に広げていた明日の任務に使用する地図を拾い上げた。

「あいつらを口寄せするたびにケンカになるとはなぁ」
「・・・・・」

ははは、と苦笑いをするサクモにカカシはただ黙って床を見つめるしかなかった。




そして結局いつまでもカカシと忍犬たちは反りが合わないまま、契約主であるサクモがこの世を去ると共に出会うことはなくなってしまった。

別にそれはカカシにとってなにか哀しいだとか寂しいだとか思わせることはなく、
むしろサクモと契約が切れて今後は会うことがなくなるのだろうとだけ、ただすっぱりとこの事実を切り捨てていた。

サクモがこの世を去った今、カカシ一人が大きな家に残された。
まだ年端のいかぬ幼い子供が、部屋の隅まで明かりが届かないほど広い部屋でぽつんと生活をする姿は、誰もが目を覆うくらい心痛ましかった。


ある日、月夜に一人縁側で夜空を眺めているとき、ふとサクモと共にいた忍犬たちのことを思い出した。

『そういえば契約の巻物ってまだうちにあるのかな』

サクモが忍具や巻物などを置いていた部屋は幼いころから入ってはいけないと強く言われていたため、すでに使用していた本人がいなくなった今でもカカシは入れないでいた。
が、自然と足がその部屋と向き、ひどく怒られた思い出のある扉の取っ手へ躊躇なく手をかけていた。

「うわ・・・」

重たい扉を開いてみると、中には埃をかぶった巻物や鋭さを残したままの大量の忍具が所狭しと並んでいた。
小さなカカシが圧倒されるほど部屋を埋める巻物と忍具に、思わず感嘆の声が漏れた。
初めてみる光景に部屋の中へ入る一歩の勇気がなかなか湧かなかったが、奥隅の壁に立てかけてある立派な巻物を見つけてようやく中へ踏み入れた。

他の物に目もくれず、重厚そうな巻物をなんとか抱きかかえ一目散に部屋を出た。

「はあ・・・はあ・・・」

ついに部屋に入ってしまった背徳感と、いま手にしている巻物への興奮に息が乱れる。
もつれそうになる足を必死に動かし、広い部屋の畳の上に巻物を置いた。

部屋の明かりも着けず、月の光が青白くカカシの顔と巻物を照らした。

緊張で冷えた指先でゆっくりと巻物の封を外し、パリッと古い紙がしなる音をさせながら、慎重に広げていった。
古びた紙のにおいがツンとかおる。
達筆な筆文字と、真ん中に装飾された大きな術式紋。

「これが・・・・」

恐る恐る術式紋に触れてみる。
それだけでは何も起こらないということはわかっているけれど、指が触れた途端にドキリと心臓が跳ね上がった。

そっと手を離し、頭の中でいつかのアカデミーで習った口寄せの術の韻を思い出す。
一度大きく深呼吸をして、指先にクナイを押し当てた。
どろりと流れる血と共にチャクラを練り、習った通りに印を組んだ。

「口寄せの・・・術!」

術式紋の上に手を突きつけた。
すると術式紋から術式が沸きだし、ボンという音と共に煙の中に懐かしい姿が現れた。

今考えてみれば、あんなにも嫌っていた忍犬たちなのに、なぜそれでも会いたいと思ってしまったのだろうか。
もしかしたら、寂しさを紛らわすためにサクモの面影を求めていたのかもしれない。

煙の中に現れた彼らのシルエットを見た途端、ぐっと胸が締め付けられるような不思議な感覚に陥った。

「なんだ、おぬしか」

前契約者であるサクモの死去により自然と契約が切れた彼らは、揃いで身に着けていた装束を脱いでおり、なんだか物足りない格好をしていた。

「まだ巻物がここにあったんだな」

ウルシが相変わらずの鋭い目で辺りを見渡した。
八匹の合計十六個の目がカカシを捉え、思わずカカシは目を反らした。

「・・・・・」

変わらない忍犬たちに、元気だった?とか懐かしいね、なんて声をかける間柄でもない。
呼び出したものの、カカシはただ口を閉ざしたままだった。
さすがのパックンたちも父を失った幼子を責めることもなく、暫しお互い居心地の悪い空間を過ごした。

「・・・おぬし、孤独な目をしておるな」

パックンのしゃがれた声にカカシは視線を床に落とし、感情を見空かれそうな目から逃れようとした。

「サクモが死んで拙者たちの契約は切れた。おぬしは今回、この呼び出しの書で拙者たちを口寄せたが、本来は無契約者が呼び出していい代物ではないはずだ」

床に広げたままの巻物は、忍犬を呼び出した命を終えたために術式紋は消え、古い無地の巻物へと様変わりしていた。

「・・・まさかお前、俺らと契約をしようっていうのか?」

ウルシがぴくりと眉間を神経質に震わせ、ギロリとカカシを睨みつけた。
その眼つき、カカシを遠ざけようとする物言い、全てがあの頃と同じだった。

「そんな訳ッ・・・!」

つい声を荒げるが、途中で言葉を止めた。
果たして自分の真意がわからなくなったからだ。

どうしていがみ合っていた忍犬たちをあえてまた呼び出したのか。
そして心のどこかで懐かしさと安心感を覚えていることに戸惑いを感じている。

父の面影を探して呼び出しても、あの頃には戻れない。
一人の時は完全に止まり、そして他は成長を続ける。
サクモを失ったことを浮き彫りにさせるだけなのに。


「・・・・・バウッ」

ブルの大きな一声と共に、カカシの身長より大きな巻物が現れた。

「あ、ブル!お前・・・」
「ウルシ、これはカカシの自由じゃ」

怒りを表すウルシをパックンは静かに制した。
そして器用に巻物をカカシの傍に倒し、前脚を使ってそれを広げた。

「契約の巻物だ」

ウルシは微妙な顔でパックンを眺めていたが、パックンや他の忍犬たちはカカシの顔を見つめていた。
広げられた巻物を見てみると、おそらくパックンたち八忍犬の肉球の判と、血文字で書かれた契約者の名前、そして契約者の五つの血判が捺されていた。

「あ・・・」

名前が連なっている一番端、最後の欄に見慣れた文字を見つけた。
”はたけサクモ”
最後に八忍犬と契約を交わした者の名前。

「おぬしがここに契約の血をもって名を刻めば、拙者たちと契約ができる。おぬしは見たところチャクラ量は少ないが、十分に技量がある」

パックンが一度言葉を切り、巻物に刻まれたサクモの名を眺めた。

「それに、サクモのせがれであろう。おぬしのことは赤子の時から知っておる」

ペタリと肉球で名前を撫で、まるで懐かしむように口をつぐんだ。
ふいに見せたパックンの穏やかな顔に、カカシは強く拳を握りしめた。
まるで涙が流れるのを抑えるように強く強く握りしめ、今度はパックンの目から視線を外せなかった。

「俺は・・・お前たちが嫌いだ」

声が震える。
涙こそ我慢しているけれど、それでもこみ上げるものは抑えきれない。

「お前たちはずるいんだ」

突然のカカシの素直な言葉に、八忍犬はカカシを見つめた。

「ずっと、父さんの傍にいて、父さんを独り占めして・・・だから、おれはそれが、羨ましかったんだ」

涙の代わりに、さきほどクナイを突き当てた親指から血が滴り落ちた。
カカシの子どものようなまっすぐな言葉に忍犬たちは目を丸くした。

「おぬし・・・」
「なんだよお前、ちゃんと自分のこと言えるんじゃねぇか」

感慨深い声を漏らすパックンの横で、ウルシは驚いたような声を上げた。

「は・・・?な、なにが」
「俺はお前がなにを考えているのか分からなくて嫌いだった。でも、なんだ、そういうことだったんだな!」

戸惑うカカシを置いてけぼりにケケケ、とウルシが不気味に笑う。

「俺たちからしてみれば、サクモはお前にベッタリだったように見えたけどな」

ウルシは軽々とジャンプしてカカシの脚元へ行き、転がっていたクナイを咥えてカカシに渡した。

「しょうがねェ。契約、してやるよ」
「お前・・・」
「違う。俺にだってお前と同じようにウルシって名前があるんだ」

へへ、と恥ずかしそうにウルシは笑い、忍犬たちは期待を含んだ眼差しをカカシに向けた。

「うん、わかってる。父さんがみんなの名前を呼んでいたのを聞いていたんだ」

カカシは力強く頷き、チャクラを練って印を組んだ。
そして溢れる血でサクモの隣に名を刻み、全ての指の血判をしっかりと捺した。

「これからよろしく頼むよ。パックン、ウルシ、ブル、シバ、ビスケ、アキノ、グルコ、ウーヘイ」

きちんと顔を見ながらそれぞれの名前を呼ぶと、返事をするようにウォンと吠えた忍犬たち。

初めて感じる互いの絆に、照れくさそうに笑った。






「なあサクモ、これなんだ?」
「この子はおれの自慢の息子だよ。カカシっていうんだ」
「ふーん」

興味のなくなったウルシはふいっと尻尾を揺らしながらどこかへ行き、サクモは腕の中で安らかに眠る息子を優しく抱き直した。

色白な肌は母親譲りだろう。
透き通るような色素の薄い髪色は父親似。
口元のほくろが可愛らしい・・・、なんて言ったら親バカになるだろうか?

「ふ・・・ふえ・・・えええ・・・」
「あっと。すまんがパックン、そこの哺乳瓶を取ってくれるか?」
「うむ」

突然ぐずりだした子に、パックンが咥えて持ってきた程よく冷ましたミルクを差し出す。
唇に哺乳瓶の先が触れた途端、小さな手をふわふわと揺らしながら元気よく吸い始めた。

「美味しいかい?」

なにかを求めるように揺れる手は、指の第一関節ほどしかない、小さい小さい手。
指をさしだせば、小さな手が触れるやいなやぎゅうと力強く握りしめた。

「小さな手だ」

ピンク色の柔らかな小さな手。
この手が大きくなって、身体も大きくなって、この子はどんな風に成長していくのだろうか。

「カカシ」

頭を優しく撫でながら、明るい未来を担う愛しい息子の名前を呼ぶ。

「あぁ、愛おしい」

まるで小さな太陽を抱きしめているよう。
縁側から降り注ぐ眩しいくらいの日差しが柔らかく二人と犬たちを照らした。

「サクモはカカシにベッタリだな」
「子どもを持つとこうも変わるものなんだな」

寄り添う二人を眺めるウルシとパックンは、それを真似るように大きなブルに寄り添った。

「ねえ、パックンたち」
「なんだ?」

サクモは愛おしげにカカシを見つめたのち、同じような目を忍犬たちに向けた。

「おれが引退したら、今度はカカシと契約してくれるかい?」
「・・・こいつと?」
「まあそれは、お互いの自由だけどね」

ミルクを飲み終えたカカシはけふっと小さく息をはき、再びすやすやと眠りに落ちた。

「いまはまだ小さいけど、きっといつかは俺より背が高くなって、強くなるんだ。そんなカカシとみんながタッグを組んだら最高だと思わないかい?」
「それはそうだけどなあ・・・」

怪訝そうにカカシの顔を覗きこむウルシ。

「おれの自慢の息子だ。みんなとの相性は保障するよ」

優しく微笑むサクモに、ウルシも折れて小さく頷いた。

「サクモがそう言うなら・・・」
「うん、よろしく頼むよ」

カカシを抱きかかえている腕とは反対の手で、わしわしとウルシのふさふさした頭を撫でた。

「サクモー、おれもおれも」
「ん?はは、いいよ。アキノもおいで」

しっぽを揺らしながら近づいてくるアキノの頭をぐりぐり撫でてやる。
それを見ていた他の忍犬たちものそのそと静かに近づいて、ちゃっかりと撫でてもらえる距離に身体を落ち着かせた。

キラキラ輝く太陽の光に包まれて、はしゃぐ忍犬たちに囲まれているサクモとカカシ。

それはとても幸せで、素敵な光景だった。









モドル