「ほら、おいでカカシ」

大きく広げられた両腕。
カカシの目線になるようにしゃがんでいるサクモはニコニコしながらさあおいで、とカカシのことを見つめていた。
それに対しておずおずと行くか行かまいか葛藤を繰り広げたものの、それでも笑顔で待っている父への魅力は絶大で、少し俯きがちに両腕の中へ身を寄せた。

「よーし、来たなー!」
「ぅわ!」

カカシが両腕の中に入るや否や、サクモはぎゅうっと抱きしめて高く抱き上げた。

「ちょ、父さんやめてよ!恥ずかしいって!」

恥ずかしくて降りようと手足を動かすも、サクモのしっかりとした腕に抱きしめられてそれは容易には叶わなかった。

「小さいころカカシはこうしてないと泣いてばっかりだったんだよ」
「でももうおれ、子供じゃないんだからさあ」

当時を思い出しながらしみじみと言うサクモにようやくカカシも抜け出そうと暴れるのを諦めた。

「いいや、子供だよ。いつまでもカカシは俺にとって大切な子供なんだよ」
「・・・・」

ぎゅうっと抱きあげたカカシに、サクモは大切な宝物を扱うようにそっと頬を寄せた。

「・・・父さんも、いつになってもおれの父さんだからね」
「うん、そうだね」

サクモは泣きそうな表情を隠すように、再びカカシに顔を寄せて抱きしめた。


「はあ・・・・」

病室の扉にかけた手がカタカタと小さく震えている。
それは喜びからくるものなのか、不安からくるものなのか。
ふう、と息を整えて肩にかけていた鋭い刀、腰に下げていたクナイのポーチ、いろんな戦闘道具を扉の横に山積みに置いた。
こんなもの、必要ない。
そして変に汗をかいた手を握りしめ、控えめに扉をノックした。

肩にかけた鋭い刀、腰に下げていたクナイのポーチ、いろんな戦闘道具を扉の横に山積みに置いた。

そして変に汗をかいた手を握りしめ、控えめに扉をノックした。

「はい、どうぞ」

愛おしい声が扉の先から聞こえてくる。
意を決して扉を開けると、部屋の明かりを消した暗い病室の中、ベッドの上に上半身を起こし、月明かりに照らされて優しく微笑む妻がいた。

「サクモさん、おかえりなさい」
「ただいま。遅れてすまない。体調はどうだい?」
「ふふ、相変わらずの心配性ね」

妻の笑顔に迎えられようやく一歩病室の中に足を踏み入れると、窓の外から聞こえる秋の虫がリンリンと奏でる音が静かな部屋を満たしていた。

「起きてて大丈夫なのかい?」
「ええ、とっても気分がいいの。それに、この子もね」

サクモを優しく見つめていた目をそのまま愛おしげに手元に落とした。
微笑む妻の腕の中には、すやすやと静かに眠る小さな宝物。
月の光と相まって、妻に似た透き通った色白の肌やサクモに似た銀色の髪がキラキラと輝いていた。
遠くから見てもわかるくらい、その子は清らかで美しい。

「ああ・・・この子が・・・」

病室の中に一歩踏み入れた足がそこから動かせなかった。

果たしてこの子を抱きしめる資格があるのだろうか。
血塗られた手で宝物に触れていいものなのだろうか。

「サクモさん、きて」

それを見透かしたのか、妻は微笑んでサクモのことを手招いた。

「ね、抱っこしてみて。本当に可愛いんだから」
「あ・・・あぁ」

妻の魔法のような言葉に惹きつけられるように自然に足が動き、妻の元へ恐る恐る両手を差し出していた。
妻が赤ん坊を抱いたままベッドから立ち上がり、緊張しているサクモの隣にそっと身を寄せた。

「よく寝ているわ。この子ったら抱っこしてないとぐずっちゃうみたいなの。はい、首に気を付けて」
「お、おお・・・」

妻が抱き方を導いて、小さくて柔らかくて、なににも穢れていないわが子をついに腕に招き入れた。

「ね?とっても可愛いでしょう?」

子供を抱くサクモの腕にそっと抱き着き、愛おしそうに赤子の頭を撫でる妻の声は愛に満ち満ちていた。

「ああ、とても可愛い・・・それに、あたたかい」

まるで太陽を抱きしめているようで、ポカポカと全身を包むような柔らかなあたたかさ。
例えるなら、春の日差しが燦々と当たる縁側で昼寝をしているような。

「俺たちの、子供なんだね」
「そうよ。わたしと、サクモさんの」

すやすやと眠る子は確かに目の前に存在している。
なんだかそれは不思議な気持ちになる。
子供は二人の愛の結晶とはよく言うけれど、まさにその通りだと初めて実感した。
父になるということ、唯一のかけがえのない存在をこの腕に招き入れるということ。それはなんて素敵なことなんだろう。

「サクモさん、見て、あのまん丸なお月さま」

とんとん、と優しく腕をたたいて後ろの窓を指さした。
赤ん坊を抱いたまま振り返ると、そこにはまん丸の満月が大きく夜空に浮かんでいた。

「そうだ、今夜は中秋の名月だ」
「ふふ、まるでカカシみたい」
「カカシ?」
「そう、サクモさんを待っている間に考えていたの。この子の名前」

妻は赤ん坊を見つめたのち、どうかしら?とサクモのことを見上げた。

「カカシ・・・。はたけカカシ。あぁ、すごくいい名前だ」
「よかった」

妻はカカシの頭を優しく撫で、つん、と口元のほくろを指でつついた。

「ほら見て、このほくろ。かわいい〜」
「はは、さっそく親バカかい?」
「サクモさんだってそう思わない?」
「そりゃ・・・思うよ」
「フフ、わたしたち、完全に親バカね」

クスクスと笑う妻につられてサクモも笑いがあふれてくる。

「あの満月みたいにふくふくとまあるくて、やさしくて、立派な子になるといいわね」
「おれとお前の子供なんだ、きっとそうなるさ」
「ええ、そうね」

カカシを抱きしめるサクモの手に妻の手が重なり、サクモの手は二人分の体温に包まれた。

「大好きよ、カカシ。いつまでも愛してるわ」

妻はそう言ってカカシを包み込むようにサクモに身を寄せた。




「か・・・せー」

「・・・シ先生!」

「カカシ先生!」

「!」


名前を呼ぶ声と、肩をポンと叩かれた衝撃で目を覚ました。

「あはは!カカシせんせーってば寝てたのか?」
「火影様って大変なのねぇ」
「ナルト・・・サクラ・・・」

目の前に山積みになった書類の向こうに、ケラケラ笑うナルトと少し心配そうな顔をしているサクラがいた。

「あぁ、寝ちゃってたのか」

椅子に座って突っ伏したまま寝てしまったためにいろんな骨がきしむ音がする。
なんだか長い夢を見ていたような、でもなにも思い出せない。

「んなことよりカカシ先生!ちょっと来てくれってばよ!」
「え?いま?」

戸惑うカカシの腕をナルトはぐいぐい引っ張り椅子から立ち上がらせ、その後ろでサクラはクスクス笑いながら火影室のドアを開けていた。

「まあまあ!早く早く!」
「ちょ、ちょっと待てよナルト、サクラ!」

引っ張られるがまま火影室から飛び出して、サクラを先頭に腕を引っ張るナルト、そして訳も分からず引っ張られているカカシ。
ドタバタと廊下を走り、ナルトとサクラがバルコニーに出る扉を勢いよく開けた。

「さあ、カカシ先生!」
「こっから外、見てみるってばよ!」
「外・・・?」

ニコニコと楽しそうに微笑む二人の間を抜けて、訳も分からないままそっとバルコニーに足を踏み入れた。

「!」

途端にうわっと沸き起こる歓声、浮かぶ風船、舞う紙吹雪、そしてせーの!と掛け声。


『お誕生日、おめでとう!!』


拍手と歓声がわあっと巻き起こった。


「こ、これって・・・」

思わず後ろにいるナルトとサクラを振り返ると、二人は同じようにおめでとう、と声をそろえ、いつ用意したのかピンク色のハートの形をした風船をカカシに差し出した。

「カカシ先生、今日誕生日だろ?」
「みんなお祝いしたいっていうから、サプライズしちゃった」
「あ・・・」

火影の業務に追われてそんなことすっかり忘れていた。
差し出された風船を受け取ると、ピンク色の風船が陽気にふわふわと揺れていた。

「へへ、聞いて驚くなよ、カカシ先生。ここの警備はサイとヤマト隊長と、なんとあのサスケちゃんが・・・」
「おい、その呼び方やめろ、このウスラトンカチ」
「サスケくーん!」
「サスケ!戻ってきてたのか!」

突然姿を現したサスケにまた驚かされる。
戻る前には連絡しろって・・・いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

「まったく・・・驚いたな」

今日はなんて素晴らしい日なのだろうか。

キラキラと眩しい太陽に、鮮やかな風船に紙吹雪。
周りにはたくさんの人からのお祝いの歓声。
そして目の前には懐かしの第七班。

「アハハ、なんかほんと・・・ありがとうね」


こんな幸せを味わえるなんて、なんて贅沢なんだろう。

「カカシ先生!」
「カカシ」
「カカシせんせー!」

「「「お誕生日おめでとう!」」」


”ありがとう”の言葉なんかじゃ足りないくらいだ。
それでもどうか、もう一度言わせてほしい。


「どうもありがとう」


心から、たくさんの愛を込めて。






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