「カカシ上忍、寝ないんですか?」 「ん?んー・・・いいよ、先に寝てな」 「すみません、お先です」 「うん、おやすみ」 パキパキと焚火の音が暗闇に響き、柔らかな火の灯りがカカシの顔を仄かに明るく照らす。 近くに落ちていた長い枝を拾いザクザクと中をかき混ぜると、空気を含んだ火は一段と大きくなり、ほわっと辺りを明るくした。 焚火の音の陰に、先に寝袋に入った仲間の寝息が聞こえる。 信頼しきった仲間の前だとしても寝入るまであっという間だったな、と考えながら口布を下ろした。 「ふう・・・」 警戒することなく寝入ってしまうのも仕方がない。 ここ数日間ずっと戦闘が続き、お世辞でも整った地とも言えないところでの野営生活。 ようやく今日、ひと段落ついたところだろうか。 といってもあと数日は様子見で任務は続行される。 もしかしたらそこで戦闘があるかもしれないし、それによっては任務が長引くこともある。 「さすがに疲れたな」 はやく家に帰って自分の布団で寝たいものだ、と奥で寝ている仲間は常に愚痴を漏らしていた。 ま、その意見には心から賛成なわけで。 こんな堅い地面で寝ていても体は休まった気がしない。 「ああ、そうだ」 ふと思い出し、傍らに置いていたポーチから今日の戦闘で刃こぼれしたクナイを取り出して、焚火の柔らかな明かりを頼りに破損状態を確認した。 場合によっては廃棄しなければならないが、こうも長期任務で物資の配給がないと使えるものは繰り返し使わなければ手持ちがなくなってしまう。 どうやら今回は廃棄するほどではないようで、砥石を取り出して刃を砥ぎ始めた。 焚火がパチパチとはぜる音と、傷ついたクナイの上を砥石が滑る音が静寂な空間に鳴り響いた。 少し前まで騒々しい戦闘の中にいたというのに、気付けばまた静かな夜を迎えている。 あんなにも声を荒げ、精神を研ぎ澄まし、神経をすり減らした戦い。 果たしてこのクナイで何人殺しただろうか。 この刃こぼれを起こさせた敵もこのクナイで始末した。 砥石を往復させるたび、その証が消えていく。 そして新品同様となったクナイでまた違う誰かの命を終わらせるのだ。 戦場に感情論を持ち込んではいけないが、それでもふと思うことがある。 こうも毎日、生きるか死ぬかのせめぎあいの中、生きるために武器を研ぎ体調を整え、次の戦いを迎える。 そしてまた生きるためにクナイを研ぐのだ。 その繰り返し。 あぁ何とも言えない。 うんざりする。 いっそのことグサリとやられてこのループから抜け出してみたいものだ。 それはきっと清々することだろう。 「・・・痛いだろうなあ」 研いだばかりのギラリと尖ったクナイを明かりに透かし、そんな当たり前のことを口にした。 尖った刃先が皮膚を突き破り、血管と筋肉を引き裂く。 考えただけでヒクリと体が反応する。 別に死にたいわけではない。 やはり死ぬのはとても怖いことだ。 が、明日もまた生きるために生きなければならないのだ。 それは果てしないことで、ハッキリ言って考えるだけで気が遠くなる。 このクナイさえ研がなければ、明日の戦闘でクナイが折れて念願のグサリだったかもしれない。 そして俺を殺した時に刃こぼれしたクナイを、そいつが焚火のもとで砥ぐのかもしれない。 きっと彼は同じように悩むだろう。 「また明日も生きなければならないのか」と。 そしたらきっと俺は化けて出て、「おぉ同志よ、悩むでない。それが忍の生きる道なのだ」と偉そうに説教してやるのだ。 それはなんだか楽しそうで、残念ながらすでにクナイは研いでしまったからにはまずは相手に刃こぼれを起こさせるように砥がなければならないと、砥石を動かす手に力が入る。 どうか頼むぞ、と生きるためなのか死ぬためなのか分からない矛盾を述べ、砥ぎ終えたクナイをポーチにしまった。 「・・・だいぶ伸びてきたな」 ポーチを閉じた指先、いつも短く切りそろえている爪が目に入った。 長期任務で気に掛けることのなかったそれは不精にまっすぐ伸びていた。 閉じたポーチを再び広げ、奥底に眠っていた小さな爪切りを取り出した。 爪が伸びていたらクナイもいつも通り持てなくなるだろう。 これもグサリと死ぬためだ、なんて考えて少し笑ってしまう。 こじつけもいいところだ。 伸びた爪をぼんやり見つめていると、普段考えてもいない自分の身体を構成している細胞のことを思い知らされた。 知らないうちに体は成長を続けている。 死んだような生き方でも構わず爪は上へ上へと伸びてきて、自分の中で眠る生の存在をアピールしているようだった。 「そうか・・・・」 火にかざした手は暖かく、反対に背中はヒヤリと寒さを感じる。 森の奥でなにか獣が轟く声が聞こえ、その存在にごくりと唾をのむ。 優しく、そして激しく燃える火が眩しくも柔らかく瞳に映り、焚火から上がる煙の臭いが鼻孔をくすぐる。 「おれ、生きてるのか」 気づかぬうちに新しい自分になっていく。 そして新しい未来がやってくるのだ。 ならば明日も生きてみようか。 死ぬために生きるのではなく、生きるために明日を生きてやろう。 まるで生まれ変わったかのような決意を新たに抱え、パチンパチンと過去に生きていた証を焚火の中に切り捨てた。 Novel TOP |