隣に座るアスマがいつものようにぷかーっと白い煙を吐き出した。

「それ、どうなの?」

ふとした疑問をぶつけると、アスマは相変わらずの仏頂面で「ただの暇つぶし」と簡単に答えを投げ返した。
別に明確な答えを期待していたわけではなかったが、あまりにも適当な返答にこれ以上の追及の意志は途切れた。
そしてまた数日たった頃、再びアスマがタバコを吸いながらカカシの隣にドカッと座った。

「よう」
「うん」

せっかく愛読書に耽っていたというのに、こうも視界の端で白い煙がもくもく上がるとなると、文字に集中しようにも気が散って仕方がない。

「それ、どうなの?」
「だから暇つぶしだって」

どことなく苛立った言い方にもあの時と同じ答えが再び返ってきただけだった。
煙の臭いが嫌いだとか、健康に悪いとか考えているわけじゃない。
ただ、視界の端にうつるそれが大いに気になるだけであって。

「もしかして興味あるのか?」
「・・・・・・」

腐っても上忍というか、やけに察しのいいアスマに図星を突かれとっさに読書に集中して聞こえないふりをした。

「まぁお前みたいな淡泊なやつには似合わねェよ」
「なにそれ」

聞き捨てならないと言わんばかりにパタンと本を閉じた。

「1本やるよ」

アスマはそれを狙っていたかのように口髭の奥で笑っていた。
もう身を引けない状況に差し出された1本のタバコを受け取った。
はっきり言って初めて触れる代物の扱いに戸惑う。
おまけに隣でニヤニヤしてる髭にも腹が立つ。
困惑してることを気づかれないように躊躇なくマスクをおろし、さっさと口に咥えた。

「ほらよ」

アスマがお気に入りのライターに火を点け差し出した。
初めてのタバコと、言い方は古いがなんだか不良に走っているようでドキドキと緊張が走るなか、恐る恐る顔を近づけてタバコの先端に火を当てた。

「・・・?」

待てど火が点く様子がない。
ライターを持つアスマの手がくつくつと揺れ、つられて火もゆらゆらと揺れた。

「クク・・・わっはは、吸わねーと火は点かないぜ」

案の定アスマは笑っていて、恥ずかしいやら悔しいやらで思い切り息を吸い込んだ。

「ぐ・・・っ!げほっ、げほ!な、んだよ、これ・・・!げほっ!」
「はっはっはっ!」

煙を吸った瞬間、突然のことに気管が対応しきれずに盛大にむせ返った。
その様子に腹を抱えて笑うアスマを涙目になりながら睨みつけた。

「げほ・・・あ〜・・・なんだよ、もう・・・」

まだ咳が止まらず、結局タバコの味だの雰囲気だのを味わってすらいないのにドッと疲労を感じ、それからタバコを銜える気にもならなかった。

「やっぱカカシには向いてねェな」

盛大に笑ったアスマは涙をぬぐいながらライターを仕舞った。


それから長らく年月が経ち、お互いの部下たちが一人前に育ったころ、訃報は突然に里を駆け抜けた。

「カカシ先輩!いったん修業を中止して里の方へ!!」
「いったい何?」
「猿飛アスマさんが・・・亡くなりました・・・・」

忍の世界なのだから常に死が付きまとうことはわかっていたはずなのに、なぜかいつまでもいなくならない存在だと勝手に思い込んでいた。

死んだと言われて、はいそうですか、と妙に冷静な頭で納得している自分と、そんなわけ無いだろう、といつまでも信じられない自分がいた。

それでも葬式で四角い墓石に見慣れた名前が彫られているのを見てようやく天を仰ぎ見ることができた。
まだ早かったんじゃないのか?と墓前で掃いて捨てるほど言われ続けてきた言葉を改めてかけてやった。
きっと嫌そうな顔をして耳をふさいでいるのだろう、いつものタバコを吸いながら。

葬式を終えて数日たった後、花も線香も持たないままひっそりと静まり返った墓場へ再び訪れた。
なにも持たずにここに来たのには訳がある。
どうせこいつに花は似合わないだろうし、持ってきたところで『そんなもんより酒とタバコをだな・・・』と夢枕に立たれても困る。
そんなことを考えながらアスマがいつも吸っていたタバコを持ってきてみれば、すでに火のついたタバコが線香代わりに置いてあった。
そして左右には立派な花が活けてあり、たくさんのお菓子も供えられていた。
誰が訪れたかすぐにわかる墓前の様子に、できた部下を持ったな、と思わず笑みがこぼれた。

せめて手でも合わせてやるか、としゃがみこんで掌を合わせ、そっちはどんな感じ?なんて心の中で問いかけてみたりもした。
もちろん返事はないけれど、ゆらゆらと揺れるタバコの煙が懐かしい気持ちを思い起こさせる。

「まったく。お前には悪いことをいろいろ教えてもらったよ」

アカデミーのころから優等生の道をまっすぐ歩いていた自分にちょっかいを出してきたアスマ。
火影の子供だから存分に反抗してきた、と悪そうな笑顔でタバコに火をつける姿がほんの少し羨ましく思えた。

別に真似事ではないが、マスクの下でほんの少しの間、髭を剃らないままでいた。
けれどどうも体質が違うのか残念ながらあんなにも男らしい髭は生えずにすぐに断念した。
一度タバコも勧められて吸ってみたものの、火のつけ方はおろか味わい方すらも分からず無様な姿を見せてしまった。

自分にはないものをたくさん持っていた。背も高くてがっしりとした体形、三代目火影に似た豊かな髭、そして旨そうにタバコを吸う姿はまさに”兄貴”といったところだろう。

「おおい、カカシ!なんだ、お前も来ていたのか!」

ワハハ、と後ろから聞こえてきた暑苦しい声。
誰だか分り切っていたが声のするほうへ振り向くと、ガイがノシノシとこちらへ向かってきていた。

「なんだ、すでにこんな立派な供え物があったのか!」
「きっと十班の子たちだろうね」
「あいつもいい部下を持ったな」

どうやらガイもなにも持たずに墓参りに来たようだ。
暫く静かに墓石を見つめたのち、ガイはゆっくり両手を合わせた。

「・・・また、一人減ってしまったなぁ」
「ま、そういう職業ですから」

カカシがそういうと、ガイはしみじみとカカシのことを見つめた。

「お前は先に逝ってくれるなよ」
「善処するよ」

カカシらしい答え方にガイはワハハと笑い、満足そうにうなずいた。
そんなガイを横目にカカシはごそごそとポーチから新品のタバコの箱を取り出し、そこから一本だけそっと口にくわえた。
最初の頃は火を点けることですらうまくいかず、タバコを持つ手さえままならなかったけれど、あれから何年経っただろうか、こんな格好良くタバコを吸えるようになっていた。

「む?お前も吸うようになったのか?」
「いや、弔い・・・かな」

スパーッと思い切り吸って、ふわっと白い煙を天に吐き出した。
どうだ、似合ってるだろ?
きっとそれでも笑いながら『まだまだだな』とぷかぷかタバコをふかしているんだろう。

「またそっちにいったよー、オビト、リン」

煙が夕暮れの空に上がり、そしていつの間にか消えていった。

さらば友よ、かっこいい友よ






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