たまに任務の依頼が少ない時期がある。
そんな時、忍者はやることがなくなるもので。


「やだー、いいところじゃない!」
「だろ?この前の任務でたまたま見つけたんだよ」

うっとりとした紅の言葉にゲンマは自慢げに口にくわえた千本を上下に揺らした。

「温泉なんて久々だな」
「おい、さっさと入ろうぜ」

外観がどうだとか名産はなんだとか騒いでいる二人を置いてアスマとカカシはさっさと宿へ入って行ってしまった。

「あ、ちょ!カカシさんもアスマさんも待ってくださいよ」

今回の幹事であるゲンマが慌てて二人を追いかけ、紅はその様子を見てクスクス笑いながらようやく宿の中へ入った。

木の葉の里はこの時期はいわゆる閑散期。
今回その時期を狙ってゲンマが温泉旅行でもどうかと仲間たちに声をかけた。
せっかくだから、と集まった忍たちは里でよく顔を合わせるいつものメンバー。
紅、アスマ、カカシ、ゲンマが集まり、あとからアンコとガイ、イビキが合流、そしてハヤテとアオバ、エビスは里の警護任務が交代になり次第来ると連絡があったそうだ。

「えーっと、野郎部屋と、紅さんとアンコの部屋、あと宴会場を夜に貸し切ってます。はい、カギ」
「は?野郎部屋って一室だけかよ」

カギを渡されたアスマは怪訝な顔でゲンマを睨む。

「あのねぇ、この時期にこの宿が取れただけでも奇跡なんですから」
「えー、おれこの髭と一緒の部屋なの嫌なんですけど」
「カカシさんもワガママ言わないでくださいよ」

ハイハイとゲンマは軽くあしらい、それじゃあ部屋に行きましょうと歩き出した。

女子部屋と野郎部屋はどうやら隣同士で、先に一人で部屋に入った紅の感嘆の声が隣から聞こえてきた。

「俺たちはここっす」

ゲンマがドアを開けてその後に続いてカカシとアスマも中に入る。

「おー、いいね」
「景色もいいじゃねーか」

人数が人数なだけに大きな部屋で、畳のにおいが鼻腔をくすぐる。
大きな窓から見える大自然の光景に思わず目が惹かれ、三人そろってボンヤリと外の景色を眺めた。

「あ、滝」
「ほんとだ。ガイが来たら勝負だって言い出すぜ」
「えー、やだよおれ」
「ガイさんなら滝修行だーとか言いそう」

ウオオと雄叫びを上げながら滝修行をするガイが容易に想像ついてクックックッと三人は肩を震わせた。


その後、みんなが来る前に先に温泉に行こうと四人は温泉に入り、風呂上がりには酒だろうと結局合流組を待つことなく男部屋で飲み始めた。

「はー、最高」

ドン、と空になったグラスを机に置いた紅は再びなみなみとビールを注いだ。

「そういえばそろそろ中忍試験じゃない?あんたたち何か考えてんの?」
「さてね。なんにも考えてねーよ」
「今回の試験官、おれ選ばれたんですよ」
「ゲンマが?」
「というか特別上忍はほとんど駆り出されてますけどね」

細かいことは言えないですけど、とゲンマもビールを飲みほした。

「たしかガイは前回、見送ってたわよね」
「あいつも先生やってんだねぇ」
「バカ、あんたもカカシせ・ん・せ・いなのよ」
「そうだけどさ」

一人ちびりちびり熱燗を飲むカカシはしみじみとメンバーを眺め、隣で飲むアスマを見てフフッと笑った。

「あのアスマがアスマ先生だもんな」
「それを言うなら・・・というより誰よりも意外なのはカカシだぞ」
「そうっすよ。カカシさんはてっきり上忍師なんかやらないと思ってたけど」
「ま!いろいろあったのよ、ゲンマくん」

そんな他愛もない話をしているうちに日が暮れはじめ、それに反してメンバーの顔はほこほこと赤く染まっていった。

「それでキバがケガしてシノも動けなくて、そしたらヒナタが覚悟決めて敵に立ち向かっていったのよ。うちの子たちって本当最高だわ」
「そういやこの前いのの体調悪かった時チョウジとシカマルが気遣い始めてよ。あいつらそういうのすぐ気づくんだよな」
「ま、悪いけど俺たち七班の絆はお二人の班と比べたら比べもんにならないほど深いからねぇ」
「はぁ?」
「んだとコラ」

「あー・・・みなさん?」

酒が入ってるからなのか、紅もアスマもカカシもバチバチと火花を散らし、その間に挟まれたゲンマは苦笑いすることしかできなかった。

「あんたのところはあのうちはとうずまきでしょ?間に挟まれた春野がかわいそうだわねぇ!」
「まーだそんなこと言ってるやつがいるなんて驚きだよ。ま、年中焼肉にいるどっかの誰かさんチームに比べたらまともな意見かもね」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「焼き肉屋ばっかり行ってないでほかのチームと演習でもしたら?てこと」
「ハハハ、おいカカシちょっと表でろよ」
「上等だね」

ガタガタっと派手に音を立てて立ち上がるアスマに煽られてカカシも立ち上がる。

「はあ〜、なにやってんすか」
「血の気の多いバカなんてガイ一人で十分だっての」

倒れたグラスを直しながら呆れるゲンマと、紅は両者をジロリと睨んでグイッと酒を飲みほした。

「ワハハハ!ハア、ハア、呼んだか!いま着いたぞ!」
「ガイ!」

任務からそのまま来たようで、泥で汚れたガイが息を切らしながら部屋の中へなだれ込んできた。

「なんだ、勝負か?!ナウいなー!お前ら!」

キラーンと星が輝くような瞬きを発しながらナイスガイポーズを決めるガイに、思わずその場にいた誰もが吹き出した。
力の抜けたアスマとカカシはやれやれと苦笑しながら何事もなかったかのように再び座った。

「アッハハ、ほんとあんた熱いわねー。いいから早く温泉入ってきなよ。一緒に飲も!」
「おお、そうだな!よし、風呂に行ってくる!あ、そうだカカシ!」

バタバタとやかましく荷物を降ろしながらなにかを思い出したガイはドカドカとカカシの元へ歩み寄ってきた。

「な、なに」
「カカシ!外に滝があったんだ!どっちが長く滝に打たれていられるか勝負しないか?!」
「絶対にしないから、さっさと風呂行ってこい」

しっしっとガイをあしらい風呂に行かせたのち、ゲンマとアスマとカカシは顔を見合わせてクックックッとこらえきれずに笑い出した。

「なに、どういうこと?」

唯一わからない紅はキョトンとしたまま。

「あー、おかしすぎる。そうだ、そろそろ宴会場に向かいましょう。時間、すぎてました」
「移動するの面倒ね」
「まあまあ、美味しいご飯も待ってますんで」

そういうゲンマにようやく三人は重たい腰を上げて、どこか陽気な足取りで貸し切りの宴会場へ向かった。


「あれ?なんか騒がしくない?」

ほろ酔いで歩いているうちに、目的の場所からなにやらガヤガヤと声が聞こえてきた。

「え?おかしいな、貸し切りって言われたんだけどな」

ゲンマが足早に近づき、ガラッとふすまを開けた。

「あーー!おっそいわよあんた!」

開けた瞬間に聞こえた聞き覚えのある声に、後ろを歩く三人は思わず顔を見合わせた。

「いるね」
「いるわね」
「しかももう飲んでるな」

人のこと言えないか、と三人はゲンマに続いて宴会場へと足を踏み入れた。

「あっ!なんだ、紅たちもいたのね?!ちょっとー、いたなら早く来ればよかったのにぃー!」

すでに顔を赤くして一升瓶片手にアンコが盛大に大笑いしていた。
その近くにイビキもいれば当初の予定にはいなかったイズモとコテツ、それにほかにも数人の特別上忍たちが集まっていた。

「おいアンコ、こんな人数泊められねーぞ」
「いいのよ〜こいつらはここに雑魚寝で」

どうやらアンコが勝手に連れてきて、さらにそのメンバーですでに宴を始めていたようだった。

「お待たせしました〜、追加のお料理とお酒をご用意いたしました〜」

そうこうしているうちに宴の準備が整って、すでにそこそこの人数で埋まっているものの、その中で空いているスペースに四人も加わった。

「あ、そうだカカシ!外に滝があったわよ!」
「・・・・」
「あんたたちにピッタリじゃない?ほら、勝負にさ!」

アンコが少し離れた席からわざわざ声を張り上げて伝えてきて、その言葉を聞いたゲンマとアスマはブハッと盛大に噴き出した。

「あのねぇ、おれはそういうことしないの」

腹を抱えてゲラゲラ笑うゲンマとアスマに若干腹が立つが、ガイが滝に打たれている姿をまた想像してカカシもつられて笑ってしまった。

「カカシー!!」
「あ、ほら噂をすれば」

アンコが指さした方向に、風呂から帰ってきたガイが堂々と登場した。

「カカシ!待たせたな!勝負だ!」
「いやいや、待ってないし滝修行とかしないから」
「むむ・・・じゃあ、なにがいい!」
「勝負するのは確定なのね・・・」

その間にガイはカカシたちがいる場所へ移動し、ドカッと座ってすぐにビールを飲み干した。

「クゥー!うまい!」
「あ、じゃあさ。先に飲み潰れたほうの負け。それでどう?」
「ワハハ!よし、いいぞ!!」

ビシッとナイスガイポーズを決め、ガイはさっそく近くの仲間に大量の酒を調達させた。

「おいおい、いいのかよ」
「ま、あいつより俺のほうが酒、強いからね」

依然アスマはおかしそうに笑うものの、カカシは余裕の笑みを浮かべた。

が、いくらか時間が経ったのちにカカシは自分の考えが浅はかだったことを思い知らされたのだった。

「おおぉぉい!まだまだああぁ!」

ダンッと力強く置かれた二つの空ジョッキ。
すぐにつぶれるかと思ったガイだったが、思いもよらず大健闘。

「うぷ・・・もう無理っす・・・」

二人の勢いに乗せられて他の忍たちも一緒に耐久レースを始めていたが、その全員がバタバタと先に潰れていった。

「カカシィ〜、お前もう限界じゃないのか〜?」
「いーや、俺はまだまだいけるね」
「あんたたちさー、もう決着つかないんだし、あれよくない?あれ」
「なに?」

飲み潰れたやつらの合間から、紅と一緒に騒ぎ飲んでいたアンコが部屋の奥を指さした。

「おお!卓球か!!」

温泉宿の象徴、卓球台を見つけた途端、ベロベロだったガイが元気を取り戻したかのように勢いよく立ち上がった。

「よーしカカシ!!卓球で勝負だ!!!」
「ふふふ・・・」
「ぬ?」

クツクツとうつむきながら不敵に笑ったカカシは、よろりと立ち上がりガイの真正面に向かい合った。

「いいだろう!この写輪眼のカカシと卓球勝負だなんて、いーい度胸じゃないの!」

カカシの熱い言葉にワハハ!と満足げに笑うガイと完全に酔っぱらっているカカシも盛大に笑いながら二人はバタバタと卓球台へと向かった。

「あいつらほんとバカよね」
「ほーんとバカ」

すでに酔いつぶれたアスマとゲンマにもたれながらアンコと紅はケタケタと笑い、周りの潰れた忍たちを無理やり起こしながらまだまだ酒をあおり続けた。

一方こちら、ようやく任務が終わって宿へと向かっているエビス。

「ふー、なんやかんやこんな遅くなってしまいました。まあ、温泉だけ入れればいいですかね」

クイッとサングラスを押し上げ、ようやく宿へ到着。

「せっかくだし、温泉に行く前にみなさんに挨拶していこうかな」

くノ一の浴衣姿も一目拝んでおこうかな、と鼻の下を伸ばしながら宴会場の戸を開けた。

「遅くなりま・・し・・・た・・・?」

わいわいと賑やかな宴会のなか酔って胸元はだけたくノ一たちを予想していたものの、扉を開けた先には酔いつぶれた野郎共とそしてうるさいくらいに響く卓球の音。

「一体だれが・・・」


カカカカ、と尋常じゃないスピードで球が交差する場所を見てみると、汗だくで卓球にいそしむガイとカカシがいた。

「ガイさん、カカシさん、あなたたちなにしてるんですか」

ずり下がったサングラスを上げながら呆れて近寄ると、二人はこちらを見向きもせずに卓球をつづけ、かと思えば突然カカシがスマッシュをかました。カツンと鋭い音を立ててバウンドした球は、そのままエビスの顔面横をかすって遠くへ吹っ飛んでいった。

「はあ、はあ、よし!」
「ウオオォ!負けてたまるか!!」
「ちょっとちょっと、お二人とも無視しないでくださいよ!」
「ん?」
「おお、エビスか」

浴衣の上半身を脱いだ汗だくのガイと、すっかり口布もおろして写輪眼もむき出しのカカシがようやくエビスのほうを向いた。

「また勝負ですか?まったく、こんなところまで来て」

なんで温泉まで来てむさ苦しい野郎の浴衣姿を見なければならないのだ、と思わず口に出しそうだったが、ノシノシと近づいてきたガイに思わず黙ってしまった。

「な、なんですか?」
「これで・・・はあ、おれの尻を、はあ、叩け・・・」
「・・・・は、はああ?!」

頬を紅潮させて息を荒げたガイが差し出したのは旅館のスリッパ。
訳が分からないが分かりたくもないような発言に、エビスはゾゾゾと全身の鳥肌が立ち、その場から思い切り後ずさった。

「待て、おれの尻をたたくだけでいいんだ」
「な、な、な、なななにを仰ってるのかまったくわかりませんぞ?!」
「ガイ、それじゃあただの変態でしょ。ちゃんと説明しなきゃ」

汗を拭きながらようやくカカシが冷静な一言を告げた。

「だからね、一点取られた人の尻に・・・」

ガイからスリッパを奪い、エビスのもとへ歩いてくるカカシ。
どこかいやな予感がしてさらに後ろへ後ずさるも、床で寝ている忍にそれを阻まれあっという間に目の前にカカシが来てしまった。

「スリッパで、こう・・・」
「ひっ・・・」

カカシの腕が大きく振りかぶられて、ヒュっと風を切る音がしたと思えばスパーン!と派手な音を立ててエビスの尻に叩きつけられた。

「いっっっ!!」

さすが上忍というか腐っても上忍というか、スリッパとは思えない鋭い痛みがエビスの尻を襲い思い切り床に倒れこんだ。

「と、いうこと。わかった?」
「は、はい、はい、わかりました!」

まったく意味が分からないけど、ここで分からないと言ったら再び尻を叩かれると思って叩かれた尻を撫でながら必死にうなずいた。

「よし。じゃあガイ、続きやるよ」
「おお!」

床で悶えているエビスをそのままに、ガイとカカシは再び卓球勝負へと戻っていった。
ああ、あのまま温泉に向かっていればよかった・・・と尻を撫でながら後悔していると、よしっ!とガイの喜びの声が聞こえた。

「ワハハ、エビス!スリッパはどこだ!」
「へ?あ、ここに・・・」

傍らに転がっていたスリッパをガイに差し出すと、それを力強く受け取ったガイは一点取られたカカシに向かうのではなくエビスに向かって腕を振り上げた。

「えっ!あ、ちょっと!!」

ちがう、という前にスパーンと派手に尻を叩かれた。

「〜〜〜!!!」

声にならない悲鳴を上げて悶えるエビス。
そして問答無用に再び始まる勝負。

「よっしゃ!」
「あーーー!!」
「よし!」
「ひいーーー!!」
「っしゃ!」
「ぎゃあああ!!」

・・・・・・

・・・・

・・





「あー!カカシ先生たちおっかえりー!」
「あ、ああただいま・・・」
「なーに、先生ったらそんな頭おさえちゃって」
「いや、頭が割れそうなくらい痛いんだ・・・」

旅から帰ってきた途端、偶然七班の子供たちと遭遇した。

「エビス先生もこんな疲れちゃって。みんな体を休めに行ったんじゃないんですか?」

サクラが不審なまなざしでカカシとエビスをじろじろ睨みつけた。
というのも、ゲンマはアスマに支えられ、ガイはイビキに抱えられ、そしてカカシはエビスに支えられてヨロヨロと帰ってきたのだった。

「まったく、本当にこの人たちは酒癖が悪い!」
「え?なになに、エビス先生なにがあったんだってばよ!」

クイッとサングラスを上げて怒るエビスにナルトは興味津々。
あんたやめときなさいよ、と言いながら聞き耳立てているサクラや、その後ろで興味なさそうにしつつもそこからいなくならないサスケ。

「や、別に何もなかったよ・・・」
「いーえ、言わせてもらいます!結局わたしは寝かせてもらえなかったんですからね!」
「・・・・・・は?」
「・・・・・」
「なにが?寝かせてもらえなかったって?夜遅くまでなにしてたの?」

エビスの発言にドン引くサクラと、ようやくこちらを振り向いたサスケ、そして何が何だかわかっていないナルト。

「おかげで尻も腰も痛い!」
「ちょ、エビス先生、なんかその言い方はちょっと」
「なんですか?今更なに言っても無駄ですよ!」 

二日酔いでぐったりしているカカシに白熱したエビスを止められる術はもはやなかった。

「いくら酒で酔っていたからとはいえ、ガイさんとカカシさん二人してわたしを・・・あんな時間まで・・・」

はあ〜、とため息をつくエビスはカカシを抱える腕とは反対の手で自分の尻をさすった。

「・・・カカシ先生・・・」

すっかり誤解しているサクラはサーッとその場から身も心も離れていった。

「ちょ、ちが!誤解だって!」
「ちょっとカカシ先生、近寄らないでください」
「誤解だってば!」

不審な目を向けるサクラに慌てて誤解を解こうとしても時すでに遅し。

「なにが?なにが誤解なんだってば?」
「もう・・・もういい、ナルト・・・」

木の葉は今日も平和です。






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