人々の熱気で蒸された祭り会場に、爽やかな夜風が吹き抜ける。


出店ひしめく会場は、相変わらず子どもたちが楽しそうにあちらこちら走り回り、輝きを増した祭りの光は美しく煌めいている。

「ママー!わたあめ食べたいー!!」

小さな女の子が、きれいな浴衣を着てキャッキャとはしゃぎながらカカシの横を通り抜けて行った。

「こら、走ったら迷子になるよ!」

これもまた、カカシの後ろからその子の母親が声をかけるが、その声はどこか楽しそう。

なんだかそのギャップのある声色にカカシはくすくす笑ってしまった。
いつまでたっても、どんな歳になってもお祭りってのは楽しいものなのだ。

かくいうカカシでさえ、いつもの眠たそうな目はどこへやら、その瞳は楽しそうに弓なりに曲げられている。

「ねぇママ!」
「はいはい、わかったわよ。ほら、はぐれちゃうから手つないで」
「やったあー!」

せわしなく女の子はあちらこちらへと走り回り、差し出された母親の手に抱きつくように飛び込んでいった。

しっかりと手を握り合った二人はカカシを追い越し、先にある綿あめ屋へと歩いて行った。
藍色の浴衣の大きなシルエットと赤い浴衣の小さなシルエットが、祭り会場の電飾によく映えている。

カラコロと下駄を小気味よく鳴らしながら、進む先が同じカカシもゆっくり歩みを進めた。
時折吹く夜風に、ふわふわと甘い綿菓子のにおいが漂ってくる。


「すみません、綿あめ1つ、くださいな」
「くださいなー!」

「いらっしゃい!あっ、お久しぶりです!」

綿あめ屋の主人は愛想よく声をあげ、慣れた手つきで綿あめを作り始めた。


「ふふ、大きくなったね、タケ」

さんも、相変わらずお綺麗で!」


ニカっと笑う、まだ幼さの残る綿あめ屋の主人。

それはいつぞやかの迷子少年。
泣き顔の印象はどこへやら、ほんの少しだけ大人っぽさを増した生意気な笑顔を見せる少年へと成長していた。

「こら、タケ!なーにを生意気言ってるんだ!おや、カカシさんもいらっしゃい!」
「どうも、マツさん」

屋台の裸電球に照らされたタケの父親、マツの顔に刻まれた深い皺が、あれから幾年か過ぎたことを明らかにしている。
あの時の幸せそうな家族は、どうやら今も健在のようだ。


「あーパパおそいよおー!」
「すまんすまん」


カカシの遅い到着を迎えた赤い浴衣を着た小さな女の子は、とカカシとの間に生まれた、愛おしくて愛おしくてたまらない大切な愛娘。

黒目がちで、キラキラと輝いている可愛らしい瞳は母親の似。
ふわふわと癖っ毛なところと色白なところは父親のカカシ似。

「もう!はぐれちゃダメでしょ!」

いつからこんな生意気言うようになったんだっけ、と思っていると、藍色の浴衣を着たがくすくすと笑っていた。

「パパがはぐれちゃわないように手を握ってあげて」
「しょうがないなあ!」

の意地悪な発言を真に受けて、の手を握りしめている手とは反対の手をカカシへと差し出した。

どっかで聞いたようなセリフにくすぐったさを感じつつ、小さくてやわらかな手をとり、そっと大切に握りしめた。

その手は柔らかくて、あたたかくて、愛おしい。

「・・・よし、できた!はい、僕の特製綿あめ!」
「はは、まだ不格好じゃないの。修業が足りんよ、タケ」
「厳しいなぁ、カカシさん」

小さいころとほとんど変わっていないタケの笑顔と、ちょっといびつな大きな綿あめ。
数年前からマツとウメ、そしてタケが木の葉祭りにて綿あめ屋を始めた知らせを聞いてから、とカカシは毎年欠かさずこの綿あめ屋に寄っていた。

カカシとにとって、そしてタケたちにとって綿あめは夏まつりの大切な宝物。
タケがつくったまだまだ未熟な大きな綿あめを、倒さないように気をつけながら受け取った。

「ありがと、タケ」
「じゃあね、タケとマツさん!ウメさんにもよろしくね!」
「はい!来年にはもっと立派な綿あめ作れるようにしておきます!」
「はは、期待してるよ」

タイミングが合わず会えなかったウメには残念だが、タケとマツにお礼を言ってから再び三人は歩き出した。
赤色の小さな浴衣姿に、藍色と若草色の浴衣姿が寄り添って、カラコロと。

「はい、あー」
「あーん」

さすがに棒を持たせて食べ歩かせるのは危険だ。
ふわっと綿あめをちぎり、カカシの声に合わせて開けた小さな口にそっと綿あめを食べさせた。

「んー、おいしいー!」

ぱあ、と笑顔を見せる我が子に、カカシもも知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
時々も手を伸ばし、あんなに大きかった綿あめはすぐになくなってしまった。

「あーあ、綿あめってすぐ消えちゃう」
「来年はもっと大きいの作ってもらおっか」
「うん!」

なんて他愛もない会話もはずむ。
三人はしっかりと手を繋ぎ合いながら、小さな歩幅に合わせてゆっくりとゆっくりと祭りを楽しんでいた。

「ねえ、パパ、ママ!」
「ん?」
「なあに?」

「おまつり、たのしいね!」

ニコニコと楽しそうに、純真無垢な笑顔が二人に向けられた。
カカシはその笑顔を見て、その顔どっかで・・・と隣を歩くを見た。

「あ」

振り向いた瞬間、バチン、とと目が合った。
もカカシと同じことを思っているような表情。

しばし見つめ合った後、ぶはっと噴き出したのは
そしてすぐにカカシもどっと笑いだした。

「あっはは!さっきの顔、誰かにそっくりだなーって思ったら!」
「はは、俺も同じこと思ってた」
「ねぇー、なんでパパもママも笑ってるの?」

けらけらと笑い合っている二人をぽかんとしていたのに、カカシとの楽しそうな笑い声につられて笑い始めていた。

やっぱりその笑顔は、隣で笑う愛しい相手にそっくりで。


「あはは!あっ、ねえママ!きんぎょ!!」

天真爛漫と言うか、好奇心旺盛と言うか。
視界の端にうつった金魚の屋台を発見し、握っていた手を振り払って走ってその店へと行ってしまった。

「あ、こら!はしらないのー!」

の注意に聞く耳も持たず、小さな体を器用に動かし人混みをうまくすり抜けて行ってしまった。

「あーらら。あの自由な感じ、どこの誰に似たのかねぇ」
「ちょっとー、なんで私のこと見てるのよ」

空いてしまった手をの手に差し出すと、は嬉しそうにその手を握った。

「パパがはぐれないように、わたしが見張らないとね!」
「頼みますよ」

そう言うと、相変わらずの笑顔をはカカシに向けた。

あれから何年も経ったが、祭りの煌めきを彷彿させるその笑顔は何も変わっていなかった。

輝いていて、きれいで、華やかで、そして愛おしい。
この想いはきっと、これから何年たっても変わらないだろう。

どんなに歳をとっても、この人は最愛の人。


「ねぇ、


声をかければ、髪飾りを鳴らしながらこちらを振り向く。
あの頃のの姿がフラッシュバックして、イメージが重なった。
今も昔も変わらずに、そしてこれからもきっとその笑顔はカカシの胸をときめかせてくれるのだろう。


「愛してるよ、心から」


くさいセリフだとわかっているけど、恥ずかしくて言えないなんて思っていたあの頃とはもう違う。

「も、もう!パパったら!急に恥ずかしいよ!」

かあ、と赤くなるのも変わらない。
それでも一つ、変わったものもあったりする。

「俺はのパパじゃないんだけど?」
「あ・・・」

照れて笑うの手を、少し力を込めて握ってみる。
ドキドキと、心臓の鼓動が聞こえてしまうかもしれないけれど、そんなことは構わない。

?」

「・・・カカシさん、わたしも心から、愛してるよ」

「ん、ごーかっく」


ぐいっと手を引っ張り、頬を赤く染めているに口づけた。
唇に残っていたザラメがとけ合って、それはあまいあまい口づけ。


夏の夜風が、熱せられた夏祭り会場に吹き抜けると、
まるで物語のハッピーエンドを飾るように大きな花火が打ちあがった。


「ママー、パパ―!花火あがったー!!」


二人を呼ぶ愛しい声の元へ。

愛しいあなたで記憶が満みたされていく、最高の幸せ。

三人でいられることがもう当たり前になっちゃったけど

運命のめぐり合わせで

きっと奇跡の塊なんだろう


愛するあなたへ


これからもよろしく

















きみと夏まつり
(2015.08.01-08.28)
Special Thanks→→anさん