堆く積まれた大量の書類。その一つ一つを確認する作業は忍耐との戦いでもある。同じ姿勢で目を左から右へ。巻物なら右から左へ。まるで機械にでもなった気分だ、とカカシは思った。火影の座に就いてからそれなりに時間が経ったものの、それまでの人生ずっと第一線で体を張ってきたためこの作業に中々慣れなかった。すぐに体が鈍ってしかたないし、おまけに肩も凝り目も疲れる。適度に休憩を取ってはいるが、片付けねばならない仕事が山のように残っている。それもこれもすべては里のためであり、そして将来火影になるであろう自分の教え子のためでもあった。 コンコンと執務室をノックする音がした。誰かと聞かずともカカシには気配で分かっていたし、入ってくるほうも特に声をかけずにノブを回してそのまま室内に入る。ところどころ衣服が汚れているその人物―はその手にいくつかの巻物と報告書を持っていた。カカシは自分のところまでやってくる彼女を簡単に上から下へと見やり、どこか怪我をしていないかを確認する。火影になって増えた彼の心配事の一つはこれだった。 一緒に戦地へ赴けたなら仲間がいつどこで怪我をしてしまったのかが一目瞭然だが、こうやって送り出す側ともなると彼らが帰ってくるまでそれが想像もつかない。親が子を外に送り出すのと似ている感覚なのだろうが、影ともなれば背負うものは里とそこに住む者全員だ。信じることにも祈ることにも忍耐が付き物で、任務を頼めば胸にずっしりとした錘がのしかかる。それは皆が帰ってくるまでは決して消えることのない重みなのだ。 各国が手を結び以前と比べれば確実に世の中は平和であるとはいえ、小さないざこざや紛争が消えることはないし、暁までとは言わずも悪に魅了される犯罪組織も後を絶たない。中には致命傷を負う者や、殉職してしまう者だっている。その度にカカシは胸を痛めてきたし、自分の判断が正しかったのか悩み続けもした。歴代の火影たちは皆こういう思いで一杯だったのだろうかと思い馳せる。彼らは自分よりも何倍も、いや、比べものにならないほど優秀で、聡明だったが、きっとこういった痛みや悩みを抱えながら日々仕事をこなしていたに違いない。 幸いなことにカカシは仲間に恵まれていた。恋人のに、同期の仲間たちに、今はもう立派な一人前の教え子たちに。 そうやって周りに支えられることで精神衛生の均一を保っていたのだった。 「おかえり。怪我はない?」 「ただいま。この通りピンピンしてるわ」 「良かった。悪いな、立て続けに任務お願いしちゃって」 「そんなの気にしないで。はい、これ」 「ん、ありがと」 今回彼女に宛がわれた任務は雷影へ密書を届けることと、反対に密書を受け取ることだった。 最近は技術が進化して持ち運び可能な小型電子機器がちらほらと出始めているものの、こうした重要書類に関しては今もアナログが主流だ。 カカシはから受け取った雷影からの密書の紐を解く。そこには今度行われる中忍選抜試験の会場候補と、それに参加する忍や観戦を希望する大名のリスト、同行する忍の数や特記事項などが事細かに書かれていた。 これで各隠れ里に要請した書類が集まった。今度はこれらの情報を元に会場運営を進めていく作業へと入るのだが、それぞれの里の要望を照らし合わせたり、必要な経費を計算するといった細かな調整が非常に大変なのだ。 「・・・もうこんな時間か」 ちらりと時計を目にすれば、時刻は既に夕方の五時半過ぎ。今日はこれからカカシも準備に携わっていた祭りが予定されていた。なのでこれはまた明日にでもしよう、とカカシは大きく肩の力を抜く。 その祭りとやらは薫風だなんだのっていた頃から準備していたのだが、それが懐かしいとさえ思えるぐらい時の流れは早く、まだまだ夏真っ盛りとはいえ暦の上ではもう秋を迎えていた。 「挨拶まわりだけ先に済まそうと思うんだけど、も行く?」 「うー・・・そういうの苦手だからなあ」 「ま、別に公務じゃないしな。何時頃来る?」 「あはは・・・ごめんね。シャワー浴びたらすぐに行くから、七時半ぐらいには」 「りょーかい」 * 七時半過ぎ、私服に着替えたがカカシと落ち合う川辺にやってくれば、そこは子供から大人まで、忍も一般人も関係なく数え切れないほどの人で満たされていた。 普段着の者と浴衣の者は半々ぐらいの割合で、その誰もが手に白く折りたたまれた何かを手にしている。 どうやらにはその正体が分かっているらしく、彼女は今日此処にこんなにも沢山の人々が来てくれたことに喜びを感じていた。 その波を掻き分けながら運営本部のあるテントへと向かえば、羽織を脱いだベスト姿のカカシがパイプ椅子に座っており、その隣にはヤマトと今回のスポンサーたち、それから祭りの準備に特に精を出してくれた職人もまた同席していたのだった。 「これはこれは。奥方のお出ましじゃないか」 テントの中にいたある男がが来るや否や出迎えに席から立ち上がる。 「そんな奥方だなんて・・・ま、まだ結婚もしてないですし」 「奥方」の一言にどきりとしたは顔を赤くし、動揺したように胸の前で手を振る。優しく微笑む人柄の良さそうな男のすぐ後ろで、ヤマトはくすくす笑いながらカカシの耳元に冷やかしを入れた。 「奥方ですって、カカシ先輩」 「聞こえてるわよヤマト!」 「あはは、ほら、こっちおいでよ。奥さん」 「カ、カカシまで・・・やだもう」 今まで男しかいなかったテントの中にひと度女性が入るだけで、こんなにも雰囲気が華々しくなるものなのだなと思いながら、カカシは立ち上がってやってきたの腰をぐいと引き寄せ、彼らに向かって「どうも、未来の伴侶のはたけです」と悪戯半分に紹介してみせた。 するとテント内に喚声が上がるものだから余計に恥かしくなったは、更に顔を赤くさせる。体温がじわじわと上がっていくのが嫌というほど分かった。 「まあそのうちそうなるんだし、その時は声を大にして奥方って呼ばせてもらうよ。はい、じゃこれさんたちの分」 そんな中職人の一人があるものを差し出した。それはこの祭りにやって来た人々が手にしていたものと同じものだ。 「わあ・・・素敵・・・。本当にありがとうございます。こんなに沢山のランタン、作るの大変でしたでしょうに」 「なあに気にしないで下さい。若いものたちの良い修行にもなりましたし、なにより皆これが上がるのを楽しみにしてたからね」 「きっと忘れられない夜になりますね。あ、お弟子さんたちのこと、労ってあげてくださいね」 が職人から受け取った白く折りたたまれたものの正体は紙と布を掛け合わせて作られたランタンだった。 そう、今日の夜行われる祭りはこのランタンを空へ放つもので、毎年大きな花火が上がるだけじゃつまらない、と、ご隠居達から小言をもらったカカシが考え出したものだ。 単純に無数のランタンが夜空に舞う景色を楽しむも良し、願い事をするも良し、死者に祈りを捧げるも良し、と。 ただ騒ぐだけが祭りではないし、七月と八月のラッシュ期を迎える祭りの途中に小休止として取り入れたらどうかと提案すると、意外と新し物好きな彼らは快くそれに乗ってくれた。 そうして執務の合間を縫ってカカシがランタンを作ってくれる職人を探したところ、竹細工屋を営む主人が最近入った若い衆を鍛えたいからと名乗り出てくれたのだ。 竹ならば燃え残りも殆ど出ないことだし、とカカシは彼らに仕事を頼み且つ自身も現場に足を運んでおり、その仕事ぶりを傍で見続けてきたからこそ今日の夜が待ち遠しくて仕方がなかった。 花火と同じでランタンもその場限りの命であり、その一瞬に全身全霊を注ぐ職人の魂は何事にも変えられぬ美しさを孕んでいたのだった。 「それじゃあ俺たちはこれで。悪いなヤマト、護衛頼んじゃって」 「いいんですよ火影さまのためなら。それよりも久々に羽を伸ばしてきてください」 「ありがとな。今度飯でも奢るよ。よし、行こうか」 「うん。みなさん今日は本当にありがとうございます。お先に失礼しますね」 カカシとがテントを後にすると、川辺には更に人が集まっていた。 一風変わった行事に皆興味津々といったところで、竹細工屋の若い衆がランタンの仕組みから上げ方を丁寧に教えている姿が目に映る。 二人は端の方を歩いていたとは言え、火影の姿だと分かると誰も彼もが振り返り声をざわめかせた。それはカカシだけに止まらずの方にまで及び、彼女はまたも気恥ずかしい思いで一杯になってしまう。 慣れてしまったのかカカシはあまり気にしていないようで、微笑みを浮かべながら歩いており、声をかけてくるものには優しく応対している。とある子供は火影さまに握手をしてもらったと興奮して母親の元に帰っていくし、またある若い忍がどうしたら強い忍になれるかと質問をすると、カカシは自分なりの答えを告げてやる。すると少年は顔をぱっと明るくして元気よく礼を言った。 そんなやりとりが何度も続いた。その姿には改めて彼がこの里の火影なのだということを認識する。 「ん?どうした?」 「ううん。なんでもないの」 ふふ、と彼女は口角を上げた。 (・・・オビトくん、あなたが託した想いを、カカシはずっとずっと守って、伝え続けているよ) そうして川辺を端から端まで歩くと、会場側から離れてしまったこともあり人の数も疎らになってくる。まだ夏だぞと言わんばかりの蝉の声と、秋の到来を予感させる蜩の声が混ざり合う。風を受けた水面がいつもより揺らいでいた。がやがやとした人の声もどこか遠くに感じるようになって、二人の足音が鮮明に聞こえるようになったころ、カカシは大きく息をついた。 「みんなへの挨拶はこのぐらいでいいかな」 「今日は沢山の人が来てくれて良かったね」 「そうだな。ランタン祭りなんて初めてだからこんなに来てくれると思わなかったよ」 「会場の方に戻る?」 「それも良いけど、特等席に行こう」 「特等せ、っひゃ」 言い終わらないうちにカカシはを横抱きにして上へ大きくジャンプした。 「なっなに」 「着いてからのお楽しみ」 「あ、ねえカバンに割れ物が入ってるの」 「割れ物?」 木の枝を使って民家の屋根に上り、そこからまた里の塀へと大きく飛ぶと、今度は櫓のような木で作られた高い囲いに彼女に言われた通り膝を使って静かに、いや、音もなく着地する。会場から近すぎず遠すぎずの場所にあるこの簡易的な木造建築にが首を傾げると、それを察知したのかカカシは「テンゾウにさっき作ってもらった」と口にした。 火影の特設見物場というわけかと理解するのと、優しく体を下ろされるのはほぼ同時だったようで、臀部に硬いが温もりのある木の感触が伝わってきたのだった。 ふうと息をついてが興味心身に囲いの中を見回す。特になにがあるでもなくただの木の板(のような木遁)で出来た建物だが、風通しも良く視界も良好だ。 「ばっちり空が見え・・・あ、ねえカカシ、もういくつかランタン上がってるよ」 の指差す方をカカシも追えば、ちらほらと夜空に舞いだす橙の光たち。 より美しい景色を演出するために、川辺に設置された街灯は極力抑え気味にしてある。そのためランタンの光がよりはっきりと人々の目に映し出されていることだろう。 ところどころで歓声があがるのを封切に、次から次へとランタンが浮かんでいく。 「ほんとだ。数が出始めると凄く綺麗だな・・・」 「あそこだけ夢の世界みたいね」 竹細工屋の職人が丁寧に作り上げたランタンたち。割くように細く切った竹にしなやかな曲線を走らせ円形の枠を底に作り、そこに先ほどより更に細かくした竹で(それは茶筅を彷彿とさせるぐらいの細さだ)編みこんだ竹紐を十字に接着し、十字の中央には油を染みこませた燃料が付けられている。 その全体を覆うのは、ほんの少しだけ淡黄を含んだ薄布で、こちらも今日のために綿糸の加工職人が設えてくれたものだった。 例年より多少費用が嵩んでしまったものの、年に一度の催し物だ。里の人たちの願いを運んでくれるための費用なら惜しむものでもあるまい。 「は何をランタンに願うんだ?」 「・・・私はいなくなってしまった人たちに。もう言いたいことが沢山あって。カカシは?」 「俺も。それがしたくてさ」 は優しく目を細めた。 道行く人から聞こえてきた声には、七夕のように願い事をするという人もいたし、カカシやのように死者に祈りを捧げようとする人もいた。 どちらもなにかを願うという行為に変わりはないが、少しでも今日を生きる人々の力になりたいという思いがカカシにはあった。同時に彼は思ったのだ。高く高く上がっていくランタンが、人の魂のようだと。ゆっくりと、現世を離れて天の国へ。だからその旅路に言葉を捧げたいと思った。戦争で死んでしまった沢山の人々に。木の葉隠れの里を築いてきた先人たちに。そして自分と近しい間柄だった仲間たちに。 「ねえ、割れ物って?」 「ああえっと、来る途中にね、綱手さまが下さったの」 そう言ってが鞄から取り出したのは「大吟醸 木の葉ひとひら」と書かれた酒瓶だった。曇り加工を施された酒瓶には切子のような葉っぱの模様が刻まれており、見るからに高級そうな酒だ。 「正装してる綱手さまを久々に見たけど、綺麗だったなあ」 「昨日会った時に、今日は酒と一緒にしんみり過ごすんだって言ってたっけな」 「・・・血はお酒じゃないと洗えないものね」 伏し目がちになったの瞳をカカシは見逃さなかった。 「違いない」 「お猪口も一緒にくれたの。はい」 「準備の良いことで。ま、ありがたく頂きますか」 時代が悪かったなんて言い方で終わらせる気はないが、血を流しすぎたのは事実だ。戦いの多かった時代にこびりついた血を洗い流し、鎮めることができるのは酒と言霊だけ。 が両手でカカシの手の中にあるお猪口に酒を注いでゆく。美しいほどに透明な液体が、その奥の景色を吸い込んだ。まるで雪解けの川のように水面がゆらぎ、特有の優しい香りが鼻から全身を駆け抜けてゆく。 八分目まで注がれたところで今度はカカシがのそれに同じように酒を注ぐと、二人は「乾杯」と目を合わせた。 「おいしい、すごく飲みやすい」 「これはやばいね〜ぐびぐびいける。さすが綱手さま」 一口含んだ瞬間口の中に広がる華やかな香りに、さらりと舌に馴染み喉へと流れてゆく当たりの良さ。すっきりとした後味が次の一口を誘い、あっという間に一杯目がなくなってしまう。 それを見てがすぐさま二杯目を注ぐ。するとお猪口の中に映った光を見て、視線を祭りの会場の方に向ければ、そこは先ほどよりもさらに壮大で、言葉に出来ぬほどの絶景が広がっていた。 数多ものランタンが夜空を舞い上がり、その様はまるで星空の海のようでもあり、儚い光を放つ蛍の群れのようでもある。 優しくも切ない橙の煌きが高く上がれば上がるほど、この場にいる人々の心も高揚し、祭りに参加していなかった者も外の光景に目を奪われ思わず窓辺に噛り付く。 穏やかな夜風が哀愁を呼び、里は幻想的なヴェールに包まれていた。 「・・・きれい」 「?」 彼女の声が震えていた気がしてカカシは横を向く。すると薄暗がりに浮かぶ横顔を伝う、一粒の滴。 それを指で拭ってやれば、彼女は濡れた睫毛で何度か瞬きをしてカカシを捉えた。 「・・・は、あの光がどこへ行くと思う?」 「どうしたの?急に」 「なんとなく」 憂いを帯びた瞳に映る無数の橙。 「そうねえ、・・・昔ね、アカデミーで絵を描こうっていう授業があったの」 「うん?」 「それで私、地平線を描いたんだけど、このクレヨンの線をどこまで伸ばしたら良いんだろうってずーっと悩んじゃって」 さらには続けた。 子供ってたまに変なこと考えるよね。画用紙っていう一定の枠が決まったものの中に絵を描くんだからそこに収まるように描けばいいのに、たまに現実とごちゃまぜになっちゃうの。どうやったら地平線って完成するんだろうっていうのを只管考えてたらね、あれ?本当の地平線ってどんなだっけって思って、いてもたってもいられなくて帰りに原っぱに行ったんだ。そしたら終わりがないから、私、もうどうしたら良いか分からなくなって、結局答えが出ないまま次の日アカデミーに行って、机の上で絵を描いたの。それでね、じゃあここの地平線を伸ばしてみたら良いんじゃないかって思って、あ、でも想像で、よ。ほんとに描いたら先生に怒られるから。でね、机から線を飛び出したら教室の壁にぶつかって、そこから天井に向かうじゃない?そしたら今度は天井にぶつかるからそのまま次は天井を這うでしょ、でまた壁にぶつかるから下に降りてくと床にぶつかって、最後には私の机に線が戻ってきたの。外に出て地平線を見ても答えが出なかったのに、教室の中で私は答えを見つけたの。子供ってわけわからないよね。 ふふ、と笑みが浮かぶ。 「でもね、その時思ったの。何事も繋がってるんだなあって」 カカシはこれまでと沢山の話をしてきた。大事なことも、とりとめのないことも。それでも今回初めて聞いた話に、子供の単純そうで複雑な思考回路にはなんとなく自身も覚えがあるのを感じた。 いつだったか父の帰りを待つ間、蟻の行列を見つけたことがあった。家はどこなのかと追っていったら別の蟻の行列と混ざってしまいどこまでも歩いた記憶がある。 それで思ったことは、もしかしたら蟻という生き物を追いかけて行ったら地球を一周してしまうんじゃないか、ということだ。それが何歳の出来事だったかはわからないながらも、誰も辿り着いたことのない大発見だと思った。 の思い出なんかより、全然馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうけど、と心の中で苦笑する。 「亡くなってしまった人も、今生きてる人も、きっとみんな繋がってるわ」 ランタンを魂と捉えるなんて生きている人間のただのエゴかもしれない。 大切なものを奪って奪われてを繰り返してきた忍にそんなことを言う資格などないのかもしれない。 けれどせめて今だけは、全てを許して祈らせてほしい。言葉を伝えさせてほしい。もう一度抱きしめたいと思う全ての人々に。二度と叶うことのない望みの代わりに、祈りの時間を許してほしい。 この世を愛した全ての人々と、いつかそちらへ行く時に語り合うために。 「・・・そうだな、燃え尽きても想いは消えないよな」 「うん。私はそう信じてる」 なんて綺麗な言葉を彼女は紡ぐのだろうとカカシは思った。目の奥がじんわりと熱くなる。彼女のせいか、酒のせいか、それは彼自身にしか分からない。 櫓を穏やかに抜けていく風がの髪をさらって行った。それをカカシが手を伸ばして耳にかけてやると、はくすぐったそうに目を瞑る。 このまま手を離してしまうのは惜しい気がしてそのまま彼女の柔肌を這えば、ドクドクと胸の奥で焔が上がった。 滑らせた指先にしっかりと弾力を返してくる熱気のある頬。驚いて目蓋を開けたの瞳がカカシのそれとぶつかり合う。 両者ともに目を細め、どちらからともなく距離をゼロにした。 酒気の残る二人の唇がさらに体内の熱を上げていくようで、カカシはぐいとの腰を引き寄せて唇を食んでいく。 舌で口内へと割って入れば、カカシの肩口をぎゅっと掴んだも応えるように舌を絡めた。 食事に飢えた獣のように喰いつくかと思えば、欲望を炙り出すかのようにねっとりと柔らかな動きで攻められ、時折漏れる彼女の艶を孕んだ吐息の残滓が夜の海に溶けていった。 「・・・っは、」 「悪い、我慢できなくて」 「う、ん」 「」 「ん?」 「いつもありがと」 「カカシこそ。いつもお疲れさま」 乾いた空気が、唾液で濡れた唇を撫ぜた。 「俺たちもランタンあげよっか」 「うん、火遁よろしく」 「ん」 が囲いから身を乗り出して畳まれた布を開いている間に、カカシは印を結んだ。生地に引火しないように火種にのみ息を吹きかけると、最初はちりちりと燃えていた炎も染み込んだ油を吸ってその勢いを増していく。 熱がランタンの中に溜まり出し、周りの生地がゆっくりと膨らんでいき、半分も膨らめば比重の軽い熱気が上へ上へ行こうと力を増すので、それを支えるためにカカシはを後ろから抱きしめるようにランタンに腕を伸ばした。 それから数分が経過し、ランタンが温められた空気ではち切れそうなぐらいに膨張すると、二人は「そろそろかな?」と顔を合わせる。 カカシの「それ!」という掛け声とともに両者が手を離せば、大きくなったランタンがふわふわと空へと浮かんでいった。 二人から感嘆の声があがると南の方角から一陣の風が通り抜け、上がったばかりのランタンを扇いで不安を誘ったが、しかしまるで引き寄せられるかのように光は風に乗って、会場の上空で戯れる仲間のもとへとそよいでいった。 「ねえカカシ」 「ん?」 「来年もやろうよ」 「俺も今それ考えてた」 再び顔を見合わせて、目を細めて。 二人の前でたおやかに広がる夜空の灯りがどこまでも、どこまでも高く漆黒を飛翔していった。 (2015.8.29 一ヶ月間ありがとうございました!) |