「ねえねえあの銀髪の人かっこいい」
「いいなあ、あんな人が彼氏だったら」
「何言ってんの、彼氏いるじゃん〜」
「それとこれとは別物だって!目の保養!」

すっかりと夜が顔を出した時分、若い女の集団がカカシの横を足早に通り抜けていった。
彼女たちは華やかな浴衣に身を包み、屋台の集まる中央通りへと駆けていく途中、振り向きざまにカカシの姿を捉えたのだが恋ごとに夢中な年頃だ、ピンとくる異性の雰囲気を捉えるのも得意なのだろう。
今すれ違ったあの人がかっこいいだの、あの女の人の浴衣が綺麗だの、あれってもしかして有名人の誰々じゃないかなどと仲間内できゃっきゃと騒ぐ様は至って健全で華もあった。
軽快な下駄の歯音がどんどん遠くへ行ってしまうと、カカシは隣を一緒に歩くを覗き込むように顔を斜め下に向ける。

「かっこいいって」
「はいはい良かったね」
「ねえ、俺ってかっこいい?」
「な、なにその質問」

意地悪な顔だ、とは内心思った。カカシは時折こういう質問をするのだが、たちが悪くが答えるまで止めようとしないのが常だ。それでも惚れた弱みというやつでから見ればカカシは勿論かっこよかったし、とりわけ今日は里で行われる祭りのために浴衣を着ている。彼の浴衣は褐返色に黒の竹柄の細縞模様が入っている落ち着いた色合いのもので、まるで生業は呉服屋であると言わんばかりにその姿はとても様になっていた。シンプルなデザインだが着こなしてしまうのは背が高くスタイルも良いからなのだろうが、普段見慣れぬ姿ということも相俟っての瞳に良く映ったのは言わずもがなだった。

「で?」

きっと口布の下に隠された口角も上がっているのだろう。
「かっこいい」、その一言が必ず返ってくると相手も分かっているからこそ、してやられるのがには納得いかなかった。
そう思いながらも端整な顔が更にその距離を詰めてくるものだから、胸が高鳴るのも耳が赤くなってしまうのも嫌というほど自覚してしまう。いっそのことあちらが恥ずかしくなるぐらいにかっこいいだの似合ってるだの言ってやれたなら、と思いつつもこの瞳に見つめられてはそうもいかない。

(急にそんな目、ずるい)

心を飲み込むような、熱を孕んだカカシの視線。

「かっ・・・」
「か?」

その瞳に耐え切れず恥ずかしげに視線を外すも、口にしなければ解放されないのだと覚悟を決めて続きを言おうとした瞬間―…。

「カカシセンセー!ねーちゃーん!はーやくしろってばよー!!!」

言葉の続きはかなり前(先ほどまではすぐ目の前にいたのだが)を歩くカカシの教え子たち―ナルト、サクラ、サスケに制止されてしまったのだった。
刹那、カカシとの動きがピタリと止まるも、良いタイミングだとばかりにが一歩横にずれる。
ナルトの一声のおかげで答えを逃してしまったカカシは、ふう、と息を吐いた。

「ほ、ほら早く行きましょ」
「やれやれ、ま、お楽しみは後でってな」

なにそれ、とが笑うとつられてカカシもくつくつと笑う。

「あいつらも空気読んでくれたらねえ」
「・・・あ、ねえ良いのカカシ、あの子たちの前で」
「ん?今日ぐらい良いんじゃない?」

カカシはの手を取って前方で待つ子供たちのところへ歩き始めたのだが、普段外では、とくに教え子のいる前では、彼は上司という立場からかと一緒にいても恋人として扱う素振りを一切見せない。
だからこそは今の状況に疑問を投げかけたのだが、気を張るような任務でもない特別な行事の日の夜に、そんなことはカカシからしてみれば野暮というものだったらしい。といったところで彼らのことは仲間内には周知であるため、手を繋いでいたからといって騒がれるわけでもない。だから二人を取り巻く空気に教え子たちも今日はお気楽モードかと思うぐらいであり、むしろそんなことよりも彼らにとって重要なのは上司に屋台を奢ってもらうことにあった。
というのも今日の祭りは一大イベントだけに止まらず、彼らにとっては「お疲れ会」でもあったのだ。
任務も修行もうんと頑張っている彼らのために祭りでもどうだとカカシが提案したのが始まりで、お調子者のナルトがにんまりといやらしい笑みを浮かべながら「それってカカシ先生の奢りィ?」と言い、普段は制止役のサクラも目を輝かせてカカシを見つめ、さらにはクールな振りをしてしっかりと耳を欹てていたサスケを前にカカシも断れはしなかったのだ。(どちらにしても予定を言い出した時点でカカシも奢るつもりでいたのだが。)
元々一緒に行く予定だったのことも伝えると、サクラから「さんが一緒なら先生も遅刻はしないわね」と言われてしまい、最早どちらが先生なのか分からなかった。
そしてその言葉通りカカシらが遅刻しないで待ち合わせ場所にやってくれば、ナルトは空色に白の風鈴柄の、サクラは紅色に赤や桃、白系統の桜柄の、サスケは灰白色に紺色の団扇柄の浴衣を着ていて、は目を輝かせながら三人を褒めちぎった。
ニシシ、とお馴染みの笑顔で喜ぶナルトに、満更でもなさそうに照れるサスケに、の浴衣も素敵だときゃっきゃとはしゃぐサクラに。そうして一行は祭りの中心地へとスタートしたのだった。

そんな彼らが待っているところまで手を繋いだ二人がやってくると、ナルトは「屋台全部売り切れちまうだろ!」と頬を膨らませた。するとすかさずサスケが「そんなことあるわけねーだろこのウスラトンカチ」とちゃちを入れる。
里一番の大きな通りにところ狭しと屋台が並んでいるのだ。サスケの言うとおり売り切れるはずもない。仮にもナルトのような大食漢が三百人ぐらいいれば話は別だろうが。(なにせこの少年、ラーメン大食い対決で三十杯も完食したことがある。)とはいえあちらこちらから漂う腹の虫を擽る匂いに、育ち盛りが冷静でいられるわけもないだろう。目に入ったものを次から次へと食べてやると言わんばかりに、ナルトはその青い目を輝かせていたのだった。
五人が連れ立って数十メートルも歩けばそこはもう特別な空間の始まりで。
夜を彩る赤や黄色や緑の提灯に、橙のやさしい光を放つぼんぼりに、紅白の幕で彩られた出店の数々に。
刺激は視覚からやってくるだけではなく、遠くから聞こえる和太鼓や横笛の音、それに店番をする威勢の良い人々から発せられる粋な声からも。さらにはソースの焦げる匂いに、鉄板で焼かれた肉から上がる香ばしい匂い、カキ氷のシロップやわたあめの砂糖の匂いからも、だ。
五感を存分に刺激してくれる祭り独特の雰囲気は子供だけでなく大人の心も攫っていく。高揚感一杯の空間に一歩でも入り込めば、まるで何かのヴェールに包まれたかのようで、振り返ったそこにある日常の景色の方がなんだか特異な気さえしてしまった。

「んで?お前たちのお目当てはなんだ?」
「ラーメン!」
「りんご飴!」
「・・・トマトの漬物」

カカシの声に子供たちはそれぞれ食べたいものを挙げる。が、その中に一つ引っかかるものがあったらしくカカシは首を傾げた。するとナルトは目を細めてにやにやしながら「こんな時までトマトとか、相当好きですなあ」と冷やかしを入れた。その発言でカカシとはサスケがトマトを好きなことを知るのだが、揶揄するナルトを制裁するようにサクラの重たい一撃が彼の頭に降り注いだ。

「あんたのラーメンだっていつもと変わんないじゃないのよ!」
「いってえ!ち、ちがうんだってばよサクラちゃん!ラーメンは前菜でその後たこ焼きとか〜お好み焼きとか〜」

必死に弁解するもサクラはもう聞いてはおらず、サスケの方を向いている。

「トマトの漬物って良いわよね、リコピン一杯だし、クールなサスケ君にピッタリ!」
「・・・ふんっ」

肩をがっくり落とすナルトに、サスケをよいしょするサクラに、照れてそっぽを向いてしまうサスケに。
いつもの平和な日常だ、とカカシはにこりと笑みを浮かべた。その穏やかな笑顔にも自然と頬の筋肉が緩む。

「はいはい順番に買ってくから、目当ての屋台通ったら言いなさいね君たち」

子供らは「はーい」と揃って元気の良い返事をし、浮き足立ちながら様々な屋台を見てまわった。
イカ焼きに、焼きそばに、お好み焼きに。わたあめに、いちご飴に、カキ氷に。感情をむき出しにしてはいけない忍の教訓もこの場ではお構いなしのというものだ。
庶民的で、親しみのある屋台の味。外で歩きながら食べるというこのシチュエーションもその美味しさをアップさせる要因の一つだろう。
目先で美味しいものを頬張り本能のままにはしゃぐ子供たちの一歩後ろからカカシとは付いて行き、リクエスト(主にナルト)の嵐に応えながら二人も軽食を買ってはつまんでいた。
カカシ曰く、教え子たちの夢を壊さないために普段彼らの前では口布を絶対に降ろさない、のだそうだが。

「今あの子たち後ろ向いたらカカシの素顔見れるのになあ」
「ま、あの様子じゃ気が付きっこないでしょ」

ふふ、と大人二人が笑ったことに彼らは全く気が付かず。

、たこやきもう一個ちょーだい」
「はい、どうぞ」

楊枝に刺したまだ鰹節の踊るたこ焼きを、は口布が降ろされたカカシの口へと運んでいく。
普段は厳しい修行や任務を強いたりと子供たちに我慢させることも多いが、こうやって楽しんでいる様子を目にすると疲れも吹き飛ぶというもので。
カカシもまたこの場を心から楽しんでいるのだった。



*



カカシの財布が軽くなるのにしたがって皆の胃袋が満たされていけば、今度は心を満たそうとばかりにゲーム屋台に夢中になっていた。
子供の心を掴むのはもちろんだが、昔なじみの遊びはどの年代の大人たちもまた虜にしており、とある輪投げ屋では童心に返った初老の男たちが、周りが腰を痛めねば良いがと心配するほどに熱い勝負を繰り広げているし、反対の金魚すくい屋では中々思うように取れず痺れを切らす子供の横で、少年と青年の中間ぐらいの年の男がしたり顔でスナップを効かせ次から次ぎへとお椀に金魚を掬っていた。
輪投げに金魚すくいに水物すくい、射的に型抜きにスイカ割り。何軒も梯子をすれば、最初は手ぶらだったナルトたちの両手もすっかり景品で一杯だ。その荷物の多さはすれ違う人が度々視線を投げかけてくるほどで、途中に花飾りを買ってもらったサクラは少し恥ずかしそうだった。
そんな人通りを火影邸へと向かっていけば、見知った顔がちらほらと。

「あーっサスケくーんってなによサクラにナルトもいるじゃない」
「ふっふ残念だったわねいの、お邪魔虫も一緒で!」

まるで、誰がサスケくんと二人きりにさせるもんですか、と内なるサクラの声がその声音から表にも出ているみたいだ。二人の少女の間に走るバチバチとした火花には、乙女だなあと微笑むと、すぐ横にシカマルがやって来た。視線が一瞬カカシとの繋がれた手に落ちるものの彼はすぐさま「うっす」と挨拶をする。
その動作を見逃さなかった二人は、どことなく恥ずかしさに見舞われて愛想笑いとともにパッと手を離してしまう。

「あはは、えーっと、チョウジは一緒じゃないの?」
「あいつは今大食い勝負中なんすよ」

猪鹿蝶トリオとくればあと一人いるはずなのに、と不思議に思ったが質問すると、シカマルは頭をぽりぽりかきながら答えた。
あいつらしいことで、とカカシが笑う。その笑顔がシカマルにとってはとても新鮮だった。こんな風に柔らかく笑うこともあるのだなと内心驚くと同時に彼はふと自分の師を思い出す。
きっとアスマとその恋人紅も今日は二人でこの祭りのどこかにいるに違いない。彼らもその関係を隠しているわけではないが、あまり公にも口に出さないのでばったり出くわしたならあたふたするのだろう。誰も彼もが浮かれ調子でめんどくせェ、と思いながらもそれはどこか心地良いのだった。
するとどこからともなく「ワン!」と聞き覚えのある鳴き声がして、人々の足の間を縫うように走ってきた白い犬、赤丸が飛び出してきた。

「あー!赤丸!ってことはキバのやつも来てんだな!」

飛びつかん勢いでやってきた赤丸をナルトが抱えあげると、赤丸はナルトの口の周りで鼻をひくひくさせた。まるで何か美味しいものを食べただろ、と言っているかのように。それから数秒も経たないうちに今度は飼い主であるキバが人混みから顔を出す。

「よーお前ら!」

食べ終わった焼き鳥串を口に銜えたまま現れた彼は、どこかの特別上忍を彷彿とさせる。ぞくぞくとやってくる知り合いたちに、群れるのが苦手なサスケは皆にばれないようにため息をついた。

「あれ?あとの二人はどうしたんだよ」

ナルトが首を傾げる。すると赤丸もつられて傾げる。キバは笑いながら「お前は知ってるだろ」と赤丸をナルトから抱き上げると、赤丸はくぅん、と鼻を鳴らした。

「シノとヒナタはチョウジの大食い見てるぜ。優勝商品が花火がめちゃめちゃ一杯入ったやつでよ、どうせあいつのことだから優勝すんだろってんでシカマルたちとお前らを探しに来たってわけ。いやー、お前らまとまっててくれて助かったぜ」
「えー花火!?すっげーおもしろそうじゃん!」
「だろ?だから会場に行こうぜ!カカシ先生もさんも行くよな!?」
「どうする?行く?
「うん。折角だもの、行こうよ」

満場一致(サスケは嫌な顔をしつつも興味はある)でチョウジの応援に行くこととなった一行が歩き出す。
期待に胸が膨らむ子供たちはどこか急ぎ足だ。先頭を切るのはキバとナルトで、その後ろにはサスケを挟む形でいのとサクラが歩いている。さらにその後ろからはシカマルが。そして後列にはカカシとが。
祭りの熱気に包まれ止まるところを知らぬ皆の高揚感。するとゲラゲラと騒ぐ前を歩く子供たちの気分が最高潮に達するのを見計らったかのように、夜空に大きな花火が咲き上がった。この場にいるどの観客からも大歓声があがる。そしてその大胆さとは裏腹に、花が開き終わりゆっくりと儚げに残り火が枝垂れ柳のように落ちていくと、今度は情緒に溢れたため息がどこからともなく次々とこぼれ出す。
この言葉にしようのない気持ちを侘び寂びと人は言うのだろうか。次が上がるのを今か今かと人々は心待ちにした。
大人ほどこの余韻に美しさを感じないのか、ナルトたちがどんどんと前へ進んでいくのに対して、空に視線を奪われたカカシとの足並みは速度を失っていく。

「きれい・・・」
「やっぱ良いもんだな花火は」
「ね」

二発目、三発目と次々に夜空に輪が描かれるその様にカカシは目を見張った。も同じく空を眺めるが、ふいにちらりと隣を盗み見れば。
マスクをしていても分かる、形の良い唇に、筋の通った鼻、そして意外と長い睫毛に、瞳に映る色とりどりの輪。

―ねえ、俺ってかっこいい?

の脳裏に思い出されるあの言葉、答えは一つしかないあの質問。

(今言ったら、少しは驚いてくれるかな)

なにせ普段はしてやられてばかりだから、と湧き上がる悪戯心。はカカシに悟られないように一回だけ深呼吸をして口を開いた。

「カカシ、さっきの話なんだけど」
「ん?さっき?どの?」

一体いつの話?とカカシは首を傾げる。

「・・・あのね、かっこいいよ、カカシは」

ぐい、と顔を近づけて、ちゅ、と頬にキスもして。

「・・・え?」

花火を見ていた時よりも目を真ん丸に見開いたカカシは、見事に裏をかかれたといった具合で事態をよく飲み込めていない。
それがにはよく分かっていたから彼女は不敵な笑みを浮かべる。しかしそこで終わりにしておけばよかったのに、カカシがあまりにも固まるものだから更なる欲が沸いてしまったのだ、が。

「あんまりかっこよくなられても、そ、その、困る、から」

口の上手いカカシと違って普段殺し文句など言い慣れない彼女にはこれが鬼門だったようで、頭で思い描いたスパッと言い放つ自分からは全く違う姿になってしまったのだった。

(あれ、ちがう、もっとこう、カカシの裏をかきたかったのに、)

こういう台詞は羞恥心など捨て去って言い切ってしまわねばならないと分かっていても、カカシの目をまじまじと見てしまったなら自分の言葉の具合をいやでも意識してしまう。
その間にも小さな花火がパチパチと良い音を立てながら上がるが、二人の耳には届いていないようでカカシはを見つめたまま、は顔を赤らめて視線を泳がせたまま。
流れる沈黙が一体何秒だったのか、何分だったのか、そんな感覚すら奪ってしまった二人の間に割って入ったのは一際大きな―恐らく三尺玉ほどの―花火が上がる轟音だった。

「あっカカ・・・ッ!!!」

カカシがぐいとの腕を引っ張るのも、口布を降ろすのも、周りから黄色い声が上がるのも。

全てが祭りの空気に吸い込まれて。













「あーーー!!カカシセンセーとねーちゃんチューしてるってばよチュー!」
「きゃーー!!なんってラブロマンスなのー!」
「たっくこんな人目に付く場所で」
「とか言いながらお前もがっつり見てんじゃねーかよシカマルぅ」
「・・・ウスラトンカチ」
「わ、私もいつかサスケくんと・・・!」



















(2015.8.22 主人公の浴衣の柄はご想像におまかせするのと、カカシ先生の素顔は勿論鉄壁です。)