※拙宅にてちまちま書いている、カカシ(大学3年生)→(大学3年生)→ミナト(准教授)な現代パラレルからの派生話です。(詳しい設定はこちら
本編が小話形式なのでこちらもそんな感じです。本編を読まれてなくても、上記の関係を念頭に置いていただけたら問題ないです。
























ひょんなことからミナトの住む町内会の祭りを手伝うことになったカカシは、手渡された法被に腕を通すも、見慣れぬ自身の姿に決まりが悪くてしかたがないといった様子だった。
そわそわする彼とは反対に、同じ法被を着る波風夫婦(法被姿がとてもさまになっている)はにこにことしながら彼を褒めちぎり、手伝いの内容を簡単に伝え始める。
話を聞きながらカカシは心の中で、先生も人が悪いと悪態をついた。勿論天然紳士のミナトのことだから悪意はなかったに違いないのだが、「カカシは今夜暇だよね?」と内容を言わず時間の有無だけを聞いてくるのだ。
カカシも「どうしてですか?」と聞き返せば良かったのだが、いい年をした大人とは思えないほどの子供のような屈託の無い笑顔を前に、何も言い返せなかったのだった。
大学を出るところで偶然会った(今思えば門で張っていたに違いない)と思ったらそんなことを言われ、あれよあれよと彼の住む町に連れて来られ。せめて、これこれこういうことをするのだが今夜開いてるかと聞いてくれたならば―とカカシは思ったが、どちらにしろ夜に何も予定がないのは確かだったし、ミナトもそれを見越していたのだろう。
二十歳も過ぎて、金曜日の夜に予定のない男のレッテルを貼られたような気さえカカシはしてしまったものの、それでもこの祭りにも手伝いとして参加しているのを知っていたので、面倒くさいと思えど不思議と嫌な気はしなかった。
見知らぬ者と店番をするよりも、顔見知りと組んだほうが良いだろうというミナトなりの計らいで、彼は元々は違う屋台を請け負う予定だったを移動させたのだった。

「ん、説明は以上だよ、じゃあ頑張ってねカカシ」
「ほんと悪いわね、今度何か奢ってあげるから!に宜しくってばね」

渡されたダンボールを抱えて「町内会本部」と書かれたテントを後にすれば、夜の始まりが夕焼けを半分ぐらい飲み込んでいた。
暗い橙と紺色の中を目的の屋台へとカカシは歩き始める。既に開いている屋台もあって、人々の往来も彼がここに来た時よりも随分と増えていた。
町内会規模とはいえここはそれなりに大きな町だ。電車の中吊り広告にも確か今日のことが出ていた気がしなくもない。となればこの町の住人だけでなく、隣町ぐらいからも人々はやってきているのだろう。

(・・・こういう景色、久しぶりかもしれない)

最後に祭りに来たのなんて、一体いつの頃だったろうか―…。
至るところから吊るされている提灯に、花で出来たくす玉に。粋な声の飛び交う通りに所狭しと立ち並ぶ屋台の数々に、股引姿の男たちに。
すぐ近くの公園には櫓が設置され、トラックから和太鼓を丁寧に降ろす奏者の姿が窺い見れる。どうやら盆踊りの準備も着々と進んでいるらしい。
一丁前に浴衣に着替えた子供が親と手を繋ぎながら、非日常の世界に目をキラキラと輝かせている。手を繋ぐのは勿論恋人達もだ。今日のために何日も前から準備したのだろう浴衣を身に纏い、少しでも大和撫子に近づくため内股気味に小さな歩幅で歩く女に、可愛いよ、と言ってエスコートする男。
みなが浮かれている。人だけじゃなく、町も、空気も、雰囲気も。全てが浮かれている。

「カカシー!」

何軒か先の屋台から馴染みの声がした。カカシがその方向を目で追うと、とある屋台からがひょっこりと顔を出していた。彼女は手を数回振るや否やすぐさま通りに出てカカシの元へと駆け寄っていく。
カカシも手ぐらい振りたかったのだが、いかんせんダンボールを抱えているためにそういうわけにもいかず、そのまま歩を進めることしかできなかった。段々(といってもたいした距離ではなかったのだが)近づく見知った顔に緊張が解けていくような気がした、のだが。

「ごめんねカカシ、ミナト先生が誘拐して来たって言うか・・・、えっと、・・・カカシ?」

急に固まってしまった友人を前に、は首を傾げた。

(・・・なにこの格好)

思わずダンボールを落しそうになるぐらい、カカシはの格好に釘付けにされてしまっていた。
というのも格好自体は「木の葉第三町内会」と印字されたTシャツに法被と特に変わったものではなかったが、問題はそのシャツの丈にあったのだ。

「・・・お前、なんでそんなサイズのシャツ着てんの」
「え?あ、これ?昨日のうちに貰っておくの忘れちゃって、そしたらXXLしか残ってなくって」

そう、とにもかくにも丈が長いのだ。だからといってワンピースみたいに長いわけではなく、股下十センチから十五センチといったところだろうか。
もちろん彼女はちゃんとボトムスを履いていて、店番の為に機能性重視でショートパンツを選んだのだが、大きいサイズのTシャツのおかげでそれが隠れてしまっているのだ。
だからパッと見る限りでは、カカシからはがボトムスを履いていないように見えていたのであり、大学でもここまでラフな姿は見たことがなかった彼にとって、最早これが褒美なのか罰なのか混乱するぐらいには平生ではいられなかった。

「あ、でも下ちゃんと履いてるから、ほら」
「や、捲らなくていいから!」

がシャツの裾を捲った拍子に、カカシの瞳に飛び込む白くて柔らかそうな彼女の腹部。ただでさえこの短いボトムスにサンダルと露出部が多いというのに、加えてこのチラリズム。

(眼福だけど、・・・・・・あ)

しかしそんなカカシの動揺も、ある一点によって全て元に戻されてしまったのだった。

(・・・)

サンダルから覗く、つま先を彩る空のような青色。そして左足は人差し指、右足は親指に塗られた金色の塗料。

(・・・どんな想いで塗ったんだか)







*






「本当は志村さんが、あ、志村さんっていうのはこの町内会の副会長なんだけど、一昨日お神輿を皆で神社に移してる時に腕を捻ってしまったみたいなの。本人はすぐに治るって言ってたらしいんだけど、でもやっぱり腕の具合が良くないらしくて」
「それは災難だったな、早く治るといいけど」
「それでね、志村さん、サイくんって言う親戚の子と暮らしてて、その子が代わりに来てくれる予定だったんだけど来れなくなっちゃって」
「あれま」
「そしたら夕方ごろミナト先生が『カカシゲットしたよ!』ってメール送って来るんだもん、もーほんとごめんね」
「・・・ゲットしたよってポケモンか俺は」
「あはは、でもほんと、予定とかなかった?」
「残念ながら。バイト以外暇な男だから」

ま、今となっては少し楽しんでる自分もいるんだけど、と心の中でそんなことを思いながらカカシは手を動かし続けた。
二人に宛がわれた屋台はスーパーボールすくいの屋台で、子供に大人気の遊び屋だ。金魚は飼えないけれど、スーパーボールならいくつでも取って良いとこちらを薦めてくる親も多いし、子供たちにとっても色とりどりで遊び甲斐のあるこの玉は言ってみれば宝石のようなものだ。
強ちその表現は間違ってはいないようで、駄菓子屋から仕入れたスーパーボールの入った袋が、屋台の裸電球に照らされて、とりわけラメの入ったものがキラキラと輝いていた。
安価な発色だが、最近はマーブル柄のものもあれば、曇り硝子のような加工が施されてるものもあって、なんともバリエーションに富んでいる。

「ふふ、このおっきいのってちょっと特別感あるのよね」

はボールを入れるビニールプールを口でせっせと膨らます合間(というのも金魚すくい屋の男と空気入れを巡ってジャンケンをしたのだが負けてしまった)、カカシの手元にある袋から一際大きな玉を取り出し、そっと電球に翳してみる。

「そーなの?」
「あんまり縁日とか行かなかった?」

カカシはふと手を止めて、昔のことを思い出そうとしていた。
最後に行ったのはいつだったか、その時誰と行ったか、そして何をしたか。

(・・・ああ、小学校に入ったころか、その前だったような)

あれは確か、母が亡くなってから直ぐだったようにも思う。今思えば父の方が気落ちしていたであろうに、それでも彼は自分の前では常に気丈に振舞っていた。
毎日仕事で忙しい父が、その日は早く帰ってきて縁日に行こうと言い出したのだ。縁日がなんなのか知らなかった自分にとって、祭りの光景はこの世のものとは思えないほど煌びやかな世界だった。
赤や橙の明るい色に染まる町、数々の屋台から漂う腹を擽る良い香り、したことのない遊びに、夜空に浮かぶ大きな花火。
とりわけ、自分の手をぎゅっと握る父の手の温もり。
確かに自分にもそういう時があったのだと過去の想起に耽るカカシを呼び起こしたのは、の声だった。

「カカシ?」
「え、あ・・・昔、父さんに連れて来てもらったなって」
「カカシのお父さんはどんな人?」
「そうだな・・・背が高くて、とにかく優しい人だった」

父であるサクモが怒る姿の記憶はカカシにはあまりなかった。男手一つで子供を育てていたからか、カカシの脳裏にあるのはエプロンを纏い家事をする父ばかりだ。

「だ・・・った?」

手を動かし始めたカカシとは反対に、の手がはたと止まる。

「あ〜、もういないんだ」
「・・・ごめん、私」
「ちがうちがう、お前にそういう顔させたい訳じゃないよ」

にこりと笑って見せた友人に、思わずは眉を寄せる。そして彼女は改めて気が付いたのだった。出会ってから一年半も一緒に居て、実は彼のことを何も知らないのではないか、と。

(なにをどう考えて、どう生きてきたの)

カカシが好きな食べ物は茄子と秋刀魚。洋食より和食が好き。でも天婦羅は嫌い。誕生日は九月。読書が好き。色んな本を読むけれど、顔に似合わず自来也先生が書く如何わしい本が特に好き。人混みが嫌い。無気力。でも意外と熱血なところもある。
そういう簡単なことぐらいしかには分からなかった。とはいえ大学まで進学すれば、それ以下の付き合いの友人もざらにいる。週に一度、一コマしか会わなければ知らないことの方が多くて当然だろうが、カカシとは平日はほぼほぼ顔を合わせている。

(カカシといると、落ち着くのは、どうしてだろう)

大きな理由は、余計な詮索をしてこないからだと思っていた。
あまり深くない付き合いによく見られる女子特有の探り合いやらがは苦手で、中でも特に苦手なのは恋の話だった。
きっと同じ世代の誰かを好きだったなら、そんなことはなかったのかもしれない。けれど彼女の心を捉えるのは今も昔もたった一人、波風ミナトだけなのだ。
だから必要以上のことを喋らず、聞きもしない、そういうカカシと一緒にいるのはとても気が楽だった。それは向こうも同じだったに違いないということは、心のどこかでは勘付いていた。
けれど思うのだ。どんなに干渉し合わなかったとしても、波長が合わねば常々一緒にいることはできないだろうということを。

「あのさ、

自分の発言のせいで気まずい空気を作ってしまったか、と焦ったカカシが慌てて口を開いた。だがそれと重なるようにもまた喋り出したのだった。

「カカシ、良かったら、続き聞かせて」
「え?」
「思い出話の」

ふふ、と微笑んで見せた彼女はとても優しげだった。

「ん」

つられてカカシの頬の筋肉が緩むも、丁度その時、通りから大きな声でを呼ぶミナトの声がしたのだった。どうやら手伝って欲しいことがあるようで、遠くのテントから彼は工具片手に顔だけを出している。
急なことで肩を跳ねさせただったが、声の主がミナトだと分かると彼女は目の色を変えて屋台から上体をのめり出し、同じぐらい大きな声で直ぐに行くと返事をした。

(俺にはそんな顔見せないくせに)

ま、そんなこと今更か、と男は小さなため息を一つ。

「ごめんね、ちょっと行ってくる」
「うん、こっちはやっとくから」
「これもお願いして良い?」
「ああ」

「またあとでね」とは困ったように笑うと、作業を止めて屋台を後にした。
小走りに去っていく彼女の後姿が心なしか弾んで見えた。彼女が人混みの中へと消えていくのを最後まで見届けると、カカシは放置された膨らましかけのビニールプールに手を伸ばす。
三分の一程度しか膨らんでいないそれの空気口に口を付けようとしたところで、ふとある思いに至ったのだった。

(これって、間接キス、なんじゃ)

先ほどまでの口に含まれていた、この透明の尖端。
うっと息詰まりながらも、カカシは大きなため息をついて、頭をガシガシと揉みくちゃにした。

「・・・ガキかよ」






*





「ありがとー、気をつけて歩くのよ」

仕入れたスーパーボールも残り半分となり、店はまずまずの盛況だった。
子供と接するのが得意ながプールの隣にいて、反対にそれが不得意なカカシは金銭管理やボールの補充をしたりと忙しく動いていた。
米神を伝う汗を首にかけてあるタオルで拭いながらの接客振りを見やれば、彼女は一生懸命ボールを取ろうと必死になる子供を応援していた。子供が目当てのものを掬うのに成功すると、まるで自分がそれを手に入れたかのように喜ぶのだから、思わずカカシからも笑みがこぼれてしまう。
時折やってくる人並みの収まりにしばしの休息を得る時には、二人は椅子に座って他愛の無い話をした。そうして時間はどんどんと過ぎていった。
そして祭りも折り返しの時分になったころ、法被を着た町内会のスタッフが、店番をするから二人で祭りに行くと良いと声をかけにやってきた。
最初は断りはしたものの、手伝いに参加している若者には交替で遊ばせてやっているという話を聞くと、二人はスタッフの言葉に甘えて、仕事を引き継ぎ、法被を脱いで賑やかな町中へ客として繰り出していくのだった。


店番目線が客目線へと変われば、うだるような暑さも一気に祭りの高揚を演出する素材の一つだ。
陽気な囃子の鳴る中を、カカシとは通りに沿って歩いていた、のだが。

「わっ、すみません」

の肩と、対面からやってくる者の肩がぶつかった。慌てて両者が詫びを入れる。
こうも人の沢山居る場ではぶつかってしまうこともしばしばで、手を繋いでいない二人の間を子供が駆け抜けていったり、時には大人が抜けていったりもする。
歩きづらいことこの上なかった。片方が一度ぶつかってしまえば謝りを入れている間にもう片方を見失いそうになる。止まろうにも後ろから流れてくる人に舌打ちをされてしまう始末だ。
きっと車の渋滞もこういうことから起きるんだろうと訳の分からないことをは考えながら、カカシを見失わないように目配せをするのに必死だ。
背も高いし髪も銀髪だからそうそう見失ったりしないだろうと思いきや、彼の髪にライトが当たるとその色の区別が付かなくなってしまい、これが意外と厄介なのだった。
そんなことを数回繰り返し、またが人にぶつかりそうになったところ、見かねたカカシが彼女の手をぐいと引いて自分との距離を詰めさせた。

「だいじょぶ?」
「あ、ありがと」
「・・・はぐれたら、困るから」
「う、ん」

そう、これには深い意味など何もない、ただの迷子防止の手繋ぎだと自身に言い聞かせるようにカカシは平生を装った。

(カカシって、意外と筋肉あるんだなあ・・・)

普段は無気力で木陰で本を読んだりすることも多く、の目からは、彼は特に筋肉トレーニングなどしてそうに見えなかったのだが、こうして袖から露になる腕にはそれなりに筋肉が付いている。浮き上がる血管は自分にはない男らしさを象徴しているようだ。
反対にカカシにとっては、汗が肌のリアルさを増長させているように思えてしまったのだった。無骨な男とは違う華奢な手に、柔らかい肌に。半袖から伸びる両者の腕がしばしばくっつけば、汗ばんだ肌の感触をそこから伝えてきて。
たとえ意味などなかったとしても、一年と半年も傍にいたのに触れることすら出来なかった、見るだけしか出来なかった望みが今此処にあるのだ。意識すればするほど鼓動が強く鳴った。だからそんな気持ちを抑えるかのように、カカシは慌てて口を開いたのだった。

「昔、一度だけ縁日に行ったことがあって」
「お父さんと?」
「うん。俺はその時初めて縁日を見たんだけど、なんていうかさ、別世界だった。提灯とか、ライトとか、今はその仕組みも分かってるからどうってことないけど、子供の俺にはそれが魔法みたいでさ。はしゃぐ俺を見て、父さんは笑って、こうして手をぎゅって握って。それで言ったんだ。何が欲しい?って」
「なんて答えたの?」
「忘れた」
「え〜肝心なとこなのに」
「はは、でも多分、何も答えなかったんだ。父さんは仕事が忙しい人だったから、一緒に居てくれることが何よりも嬉しかったんだと思う」

の手に、カカシは父を重ねた。
当時、見たこともない世界に好奇心が心の底から沸々と沸きあがったが、でも同時に怖さもあった。人が沢山居て、同じような柄の浴衣を着て誰が誰だか見分けも付かない。そんな中頼れるのは父しかいなかった。だから繋いだ手を離すことのないように、強く、強く握り締めていた。父の大きな手を。家事と仕事でろくに手入れもしなかった、ささくれの多い手を。

「ありがとう、カカシ」
「え?」
「話をしてくれて」

普段中々見せることのないカカシの物柔らかな表情には、哀愁もまた詰まっていて。

「素敵な人だったのね」
「・・・ちょっと、照れくさい」

大切な思い出に勝るわけはないけれど、それでも。

「よーし、じゃあ今日はありったけお店まわりましょ!」
「わっ、おい!」
「沢山食べて、沢山遊んで、花火も見ようよ」

急ぎ足で、ぐいと力強く手を引いて。今日という夜が少しでも華やかなものになるように。












(このままと、ずっと手を繋いでいられたらいいのに)













(2015.8.8)