カカシはなんだかはやる気持ちをおさえ、それでもいつもの遅刻はせずに商店街の入口へと訪れた。

賑わいを見せる祭りの中、待ち合わせ場所にはすでにの姿が。

「あ・・・」

普段の忍服かと思いきや、目にも艶やかな藍色の浴衣姿。
鮮やかな花の柄が、まるで夜空に花開く大輪の花火のよう。
髪の毛も、可愛らしい飾りをつけてアップにしている。
すでに日は暮れて辺りは暗くなっているけれど、どうしてかの周りだけはぽっと明るく見える。

いつもと違う雰囲気に、声をかけられずにカカシの目はに釘付けになってしまった。

道行く人を目で追っているが、あっ、とカカシを見つけて笑顔を向けた。

「カカシさん、こっちこっち!」

嬉しそうに手招きをするに近寄れば、うっすらと化粧をしていたり、艶やかに輝く唇が目に入り、思わず目を泳がせてしまうほどドキドキしている自分がいた。

「えへへ、どうかな、浴衣」

そんなカカシの気持ちを知ってか知らずか、少し照れながらカカシに浴衣を披露した。

「うん、いいんじゃない?似合ってるよ」

内心ドキドキしながら、それをばれないように当たり障りのない返事をしてしまった。
それでもは嬉しいのか、満足そうに笑みをこぼしていた。

「じゃあ、行こうか」
「うん」

危うくに伸ばしかけた手をポッケに封印して、中途半端な距離をおいて、二人はより一層賑わいを見せる商店街へと向かった。



「カカシさんも浴衣着てくればよかったのに」
「んー、浴衣は持ってないからねぇ」

あちらこちらに並ぶ出店を覗きながら、二人は神社に向かう長い道のりを歩いていた。
は浴衣姿だが、カカシは相変わらずの忍服。

去年までは警備の任務だったから忍服に違和感はなかったが、今回は任務でないプライベート。
そう考えてみると、忍服での隣を歩くのはなんだか場違いのような、野暮ったいような。

「あ、そうだ」
「?」

突然カカシは印を組み、きょとんとはその姿を見ていた。

「変化の術!」

ぼふん、と人ごみに問答無用の煙をまき散らしながらも、カカシは浴衣姿へと変化した。
額当ても、口布もしていない、若草色の浴衣姿。

「どう?」
「わっ!やっぱり似合う〜!」

カカシの浴衣姿を見てきゃあ、と声を弾ませて喜ぶ

「へへへ、やっぱお祭りはこうでなくちゃね!」

ようやく二人並んでも違和感ない姿となり、ゆっくりと歩みを進めた。

さっきより、なんだかお互い距離が近づいた気がする。

それもきっと、浴衣が魅せる不思議な力のせいなのか。


「やあ、そこのお似合いカップルさん。サービスするよ!」
「カ、カップルじゃないよおじさん!」

近くにいた出店の主人に声をかけられ、は顔を赤くしてそれを否定していた。
主人は楽しそうに笑っていたが、はたから見ればそう見えるのか、とカカシも少し照れくさくて頬をかく。

「ほら、昨日のお礼。二人で仲良くヨーヨーでも釣っていきな」

そう言って二本の釣り糸をさしだした。

「わ、ありがとう!よーし、カカシさんにぴったりの色を釣ってあげる!」
「じゃあ俺も」

鮮やかな水風船が涼しげに水の中をふわふわと泳いでいく。
小さな水槽の前に二人並んでしゃがみ、真剣な顔をしてゆっくりと糸を垂らした。

「よし、これだ!」

の掛け声と共にカカシも糸を引き上げ、二つの水風船が宙に浮いた。

「ほら、拭いてあげるから貸して。ちゃん、カカシさん、来年もよろしく頼むよ〜」

主人は人懐っこい笑みを浮かべて二人に水風船を渡した。
それはどちらも、相手が釣ってくれた自分のための水風船。

二人は主人に礼を述べ、再び人ごみ溢れる道を歩き始めた。


「この水風船、すごくきれい・・・」

嬉しそうにゆらゆらと掌で水風船を揺らす
カカシがに選んだのは、白い風船に紅色や水色、黄色の絵の具で細い線や水玉が描かれているもの。

「なんで俺のはオレンジ色なの?」

一方カカシが手にしているのは、オレンジ色に白や赤で細く美しい線で装飾されたもの。

「だっていつもその色の本、読んでるでしょ?」
「あー、そういうことなのね」

いちゃパラの表紙を思い出して妙に納得。
と、同時にそんな理由か、と少しがっくり。

「俺は結構本気で選んだんだけどねぇ」

何気なしにそう言えば、は目をキラキラさせてカカシを振り向いた。

「どんなイメージで選んだの?」

わくわくと言わんばかりに期待に膨れた目。

「あー・・・いや、いーのよ、それは」

恥ずかしくなってカカシは足早に前へと進んだ。
後ろから、教えてよー!との声が聞こえたが、人ごみに紛れて聞こえないふりをした。

まさかの笑顔をイメージしただとか、
感情豊かで優しい性格をイメージしただとか、
昨日のお祭りの煌めきの中で輝く姿をイメージしただとか、

そんな恥ずかしいこと、言えるわけがない。


「カ・・・さー・・ん!」

遠くから聞こえる自分を呼ぶ声にはっとした。
慌てて後ろを向くと、遠くの方に人にまみれて溺れているがいた。

「ちょっと、すみません」

人の流れを遡り、不安そうな顔をしてカカシを探すの元へ戻った。

「あー!もう、はぐれちゃダメでしょ!」

カカシを見つけた途端、ぱぁっと顔が晴れたのを見逃さなかった。
やれやれ、とカカシはついつい笑ってしまうと、むうっとは可愛らしく口をとがらせた。


「じゃあもうはぐれないように・・・ね?」


水風船を持っていない手を、に差し出した。

「しょうがないなぁ」

くすくす笑いながら、はその手を優しく包み込んだ。
ぽよん、との水風船がカカシに当たり、なんだかくすぐったい。

「じゃあ、行こうか・・・」
「うん・・・」

ゆっくりと歩き出した歩幅は、さっきより断然狭くなっていた。
それはせっかく握りしめた手を、長く繋いでいられるように。

恥ずかしそうに少し頬を赤く染めているにつられ、カカシもなんだか恥ずかしくなってくる。

握った手のひらは、確実に二人の体温を上げていた。
ドキドキとお互いの心臓の音が、手を通じて共鳴し合う。

途端に狭まったお互いの距離に、戸惑いを感じつつも幸せがこみあげてくる。
さっきよりよく見える表情や、ぐっと近づいた声。
が歩くたび、髪の毛がふわりとゆれて飾りが軽やかな音を鳴らす。


「カカシさん、見て金魚!」

のはしゃぐ姿が、恥ずかしいけど嬉しい気持ちを隠すように見えるのは都合のいい見方のせいだろうか。

繋いだ手を引っ張られ、紅色や橙色に輝く水槽の前に二人で並んでしゃがめば、水面の鮮やかな色が二人の顔を朱色に染めた。

涼しげに縦横無尽に泳ぎ回る金魚たちは、あちらこちらへと尾びれをなびかせている。

「きれい・・・」
「・・・・」

ほう、と感嘆の声をもらすに、カカシはのど元まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。


もきれいだよ”


そんなくさいセリフ、声に出す自信はないけれど。


「きれいだね」


本音はまだ、心の中に隠しておこう。

ついつい見惚れてしまう、この視線で気づいてしまうだろうか。


近づき始めたお互いに、この恋心も、あなたからはぐれないように繋ぎとめられて。