父さんが死んだ。


あしたも任務で早いからもう寝ます、と告げに父の部屋へと訪れた。
部屋の中は真っ暗で、空気は重く苦しくて、一人の時が永遠に止まっていた。


それからなにもかもが一変した。

朝が訪れて目を覚ましても、おはようの声はいつまでも聞こえない。
眠い目を擦って布団から抜け出しても朝ごはんは用意されていない。

あの日から止まったままの家の中は二人が過ごしていた時から変わることなく、台所には二人分の皿が洗い桶に置かれたまま。
長い立派な箸に寄り添うように、短く細い箸が並べられていた。
それはただひたすらに自分を傷つけるだけだと分かっていながらも、なにも見ないように目をそらし続けていた。

行ってきます、とつい癖で声をかけても、いってらっしゃい、気を付けて、と返ってくる言葉はなかった。

落ち込んでいるということを周りに気付かれたくなくて、さも気にしていないかのように振る舞った。
相変わらず世間は冷たくて、それでも汚い偽装に包まれていて。
中傷の言葉を吐いた口からは、教科書に書かれているような哀悼の言葉が醜く垂れ流された。

「かわいそうに」
「まだ幼いじゃないか」
「あの白い牙の息子だろ?お気の毒に」

きっと中には本気で心配してくれていた者もいただろう。
けれどその判断すらしないまますべてを一蹴し続けた。
するとその声はみるみるうちに減ってきて、ついには誰もが腫物を扱うような態度になっていった。

任務から帰る道すがら、あちらこちらから漂ってくる夕飯のにおい。
今日の夕飯はなんだろう、と一瞬脳裏をよぎるものの、食卓に並ぶ温かい食事は誰も用意してくれない。

「ただいま」

相変わらずの静けさが体に突き刺さる。
一日中暗い部屋の中で淀み続けた空気が重たくのしかかり、それから逃げるように自室へ引きこもり、夕飯代わりの兵糧丸を噛みしめた。
食べなければ、という強迫観念に追われながら食べる兵糧丸は、無理やり栄養を詰め込んだような、じわりと苦い味。

ふとした瞬間に真っ暗な部屋に不吉な思い出が蘇り、何かに急かされるように慌てて部屋の明かりを点けた。
部屋の明かりをつけたままさっさと風呂に入り、今日という日を終わらせるためにベッドにもぐりこんだ。
自分の体を抱きしめるように丸くなって目を閉じるも、任務で疲れているはずなのに頭だけは冴えていてなかなか眠りにつけない。

眠れない夜は父さんが昔話代わりにいろんな話を聞かせてくれた。
木の葉の白い牙と呼ばれた所以や、幼心を引き付ける武勇伝の数々。

「・・・・・」

静かな部屋の中、ぐぅとお腹の虫がうるさく鳴る。

夜はこんなにも長くて、静かで、つまらない。



ようやく朝を迎えて目を開けた。
恐ろしい悪夢を見ていたのかもしれないと、横で眠る父の姿を探してみるも虚空が目前に広がるだけ。

布団から出ている鼻先が、ひやりと冷たい。
一人だけの生活では部屋は温まらずいつも冷え冷えとしていた。

無言でもぞりと起きだして分厚いカーテンを開けた。
明るい朝日が部屋のなかに降り注ぎ、暖かな陽気を感じさせる。

「あ・・・そういえば」

明るい太陽にふと思い立って箪笥を開けた。

「洗濯、しないと」

元から持っていた服が少ないこともあり、気づけば箪笥の中は空っぽだった。
昨日任務で着ていた忍服も、それ以前の服もすべて洗濯機の中に突っ込んでいるまま。
今までのように洗濯機に入れておけばいつの間にか綺麗になって箪笥の中に戻っていることはもうない。
いかに自分が甘えていたのかひどく痛感する。
空っぽの箪笥がすべてを語っていてもの悲しい。

サクモが洗濯機に向かっている姿は何度も見てきた。
操作する姿も見てきたし、自分にもできるだろうと、洗濯機へと立ち向かった。

「う・・・・」

洗濯機とはこんなにも大きかっただろうか。
なにげなしに傍らに佇んでいた洗濯機をいざ目の前にすると、その異様な塊の重量感に圧倒される。
おおよそ自分の身長と変わらない大きさで、たしかこのボタンだったはず、とほとんど見えないまま記憶を頼りに押してみるも聞きなれない音が鳴る。
慌てて今度は違うボタンを押してみると今度は大量の水が注ぎ込まれていった。
ならば洗剤を入れようと、粉洗剤が詰まった箱を持ち上げるも想像以上の重さに足がもたついてしまう。

「あっ」

バランスを崩した箱は床に落ち、床一面に白い粉末が舞い散った。
とりあえずそこから適当な量を救い取り洗濯機の中に流し入れ、ごうごうと動き始めた洗濯機の蓋をなんとか閉めた。

「はあ・・・」

ただの洗濯にこんな苦労するなんて。
散らばった洗剤を脱力しながらかき集めて箱へ戻した。

ひと段落つくと思い出したかのようにぐうぅ、とお腹が鳴った。
なにか食べられるものがあっただろうかと冷蔵庫を開けてみるが、案の定なにも入っていない。
せめて栄養だけ補っておけば生きていけるだろうと、昨晩と同じように兵糧丸を口に放り投げた。

「あぁ不味い・・・」


それからというもの、栄養を摂取できれば何でもいいと、口に入れるものは兵糧丸ばかり。
自炊をしようと何度か試みたが、カカシのまだ小さな手で大きな調理器具は操りきれず、なんとか出来上がった料理はどれもこれも不味くて食べられるものではない。
結局、多少の努力はしようとはしたものの自分のできなさ具合を目の当たりにするばかりで早々に匙を投げてしまったのだった。

さすがに兵糧丸に飽きると町へ出て外食で済ましていた。
といっても子どもが一人で入れる飲食店なんて限られ、周りの視線に耐えきれず結局適当なものになってしまう。
三食まともな食事をすることなんて、ほとんどなくなってしまった。

今日も外食で済ませようと、日が沈んでからフラフラと町を歩いていた。

「カカシ?」
「・・・ミナト先生!」

後ろから声がかけられ振り向くと、そこには師であるミナトが笑顔で立っていた。

「ん!偶然だね。カカシも買い物かい?」
「いえ、どこかでご飯食べようかと」
「カカシ、きみ・・・」
「なんです?」

カカシの顔を見た途端、神妙な顔をしたミナトがカカシのことをまじまじと見つめ、甘いマスクを悲愴に歪めた。

「きみ、痩せたね」
「そうですか?」

カカシも自分の身体を見てみるが、自分ではよく分からない。
栄養だってきちんと摂っているのだからそんなことないはずなのに。

「そうだ。今日、僕の家に夕飯を食べに来ない?」
「え?先生の家に?」
「クシナの手料理は最高だよ」

ぱちっとウインクをするミナトに断れず、つい頷いてしまった。
よくよく見てみれば、ミナトの両手には買い物袋。
次期火影候補と言われてる人が、と思わずクスリと笑ってしまった。

「そうと決まったら、さっそく行こうか!」
「あ、はいっ」

颯爽と行ってしまう師にカカシも小走りで着いて行った。


「クシナー、ただいまー」
「おかえりミナト!あら、随分大きな買い物してきたってばね」

玄関に迎えに来たクシナが、ミナトの後ろでおずおずしているカカシにいらっしゃい、と優しく微笑んだ。

「町で偶然会ってね。せっかくだからカカシを夕飯に招いたんだ」
「あの・・・ご迷惑でしたら結構ですので」

突然おしかけた上に食事もご馳走になるなんて、申し訳なくてすぐさま帰ってしまいたくなる。
そんなカカシにミナトは優しく肩に手を当て、クシナも満面の笑みを浮かべた。

「なーに言ってるの!ぜひ食べてほしいに決まってるじゃない!」
「そうだよカカシ。ほら、はやく上がりなさい」
「・・・・おじゃま、します」

二人の優しい言葉は、疑心と暗鬼で固められてひび割れそうな心をじわりと溶かすようだった。
肩にあてられた大きな手はあたたかく、そして力強かった。
甘えてはならないと、迷惑をかけてはならないとわかっているのに、足は勝手に家の中へと入って行ってしまった。


「さあ、おまたせ!」

ダイニングテーブルに案内され、着席して待つこと数十分。
おいしそうな匂いと共にたくさんのお皿がテーブルの上に所狭しと並べられた。

山盛りの白米に、デミグラスソースがたっぷりかかった大きなハンバーグ。
トマトで飾られたサラダが目にも鮮やかで、小皿には黄色いふっくらした出汁巻き卵、そして具だくさんの味噌汁がゆらゆらと湯気を上げている。

こんなにも食べ物が美味しそうに見えるのは久しぶりで、口中に唾液がいっきに広がり、ぐううぅとお腹の虫が騒がしく鳴る。

「美味しそう・・・」

目の前の食べ物以外なにも見えなくなり、ゴクリとみっともなく唾をのむ。

「さ、食べようか。いただきます」
「召し上がれ〜!さあ、カカシくんも食べて食べて」
「はい、いただきます」

すぐにでもがっつきたくなるのをなんとか抑え、用意された箸をそっと手にとった。
ぐっとハンバーグに箸を挿れると、じわりと肉汁が溢れ出る。
ミナトとクシナが見守る中、遠慮も何もすっかり忘れて美味しそうなハンバーグを頬張った。

「・・・・・!」

じわりと口中に広がる肉汁。
デミグラスソースのほのかな酸味が、肉の旨味をひきたてている。

「おいしい」

思わず出た言葉を皮切りにもう箸は止まらなかった。
ガツガツと大きな口で白米をかっ込み、みるみるうちに皿の上が綺麗になっていく。
その様子を見ていたミナトとクシナは驚いて顔を見合わせたが、カカシの無邪気にがっつく姿に微笑んだ。

あっという間に全てを食べつくし、箸をおいた瞬間に我に返った。

「あ、おれ・・・」
「あはは、いい食べっぷりだってばね!おいしかった?」
「すごく!こんな美味しいご飯、本当に久しぶりで」

カカシの言葉に、クシナの笑顔が少し陰った。
それに気づいたミナトが、そっとクシナの手を握った。

そんな顔を見せられたら、察しのいい子だからクシナがカカシの孤独に心を痛めたことにすぐ気が付くだろう。
そしたらカカシはきっと後悔するだろうから、今だけはマイナスの感情を忘れさせてあげたい。

瞬時に全てを察知したクシナは、すぐに微笑みを取り戻した。

「あの、どうやったらこんな美味しいハンバーグが作れるんですか?なにか隠し味が?」
「んー、なんだろ。特になにもいれてないけどなぁ」
「おれも明日は久しぶりに自炊してみようかな・・・」

台所をさんざん散らかして、お世辞でも美味しそうとは言えないような料理しか作れず自炊生活を早々に諦めていた。
飲食店とはまたちがう、手作りの料理を久しぶりに食べたことでまた作ってみようという意欲が沸いてきた。

「そうだ。カカシくん、なにか困ってることとかある?せっかく来てくれたんだから相談のるわよ」

クシナが食後のお茶を準備しながらカカシに尋ねた。
困っていることなんて、それこそ料理のことだって1から教えてほしいし、一人になってからわからないことなんて無限にある。
でもなにより・・・

「洗濯機の使い方、教えてください」



*    *    *    *



「それじゃあカカシくん、またなにかあったらなんでも言ってね!」
「はい!なにからなにまでありがとうございました」

玄関口でミナトとクシナに見送られ、カカシは深くお辞儀をした。

「本当に助かりました」

あれから長い時間、洗濯機の使い方をはじめ料理の基本や作り方、家賃や電気代、そういった生活のことについての色々を教えてもらった。
こんなこと、教えてくれるまで何一つ知らなかった。

「父さんは・・・忍術はたくさん教えてくれたけど、生きるすべを教えてくれなかったから」

クシナから教わったことが多ければ多いほど、一人でやっていけるのかという不安が増していった。

一人で生きていくには、まだまだ早すぎた。

「いいかい、カカシ。今日で僕たちの家の場所を覚えただろう?なにかあったらいつでもここに来るんだよ」
「そうだってばね!ここを第二の実家と考えてもいいんだから!」

不安に押しつぶされそうなまだ小さな子供のカカシに、ミナトとクシナは包み込むような笑みを向けた。

「ミナト先生・・・クシナさん・・・」

一人になってからずっと感じていた、暗闇に置いてけぼりにされたような感覚。
前も後ろも見えなくて、もがいていたカカシに一筋の明るい光が差し込んだ。

「あ、そうだこれ!レシピ!」
「レシピ?」

帰ろうとするカカシの手に、クシナは無理やり1枚の紙を持たせた。

「きょうのハンバーグと出汁巻き卵のレシピ。カカシくん器用だからこんなレシピ見なくてもすぐにできちゃうと思うけど、よかったら持って行って!」
「わざわざすみません。ありがたく頂きます」
「今度はぼくたちがご馳走になろうかな」

パチッとウインクするミナトに、それいい考えってばね!と笑っているクシナ。
仲よさそうに笑い合っている二人を見ていると、自然にカカシも笑みがこぼれていた。
こんなにも楽しい時間を過ごせたのはいつぶりだろう。
無表情のまま固まっていた顔の筋肉がポカポカとあたたかい。

「じゃあ二人のためにおれも料理、精進します」
「ん!それもありがたいけど、まずは自分のために、だよ」
「自分のため、ですか?」

ミナトは小さなカカシの頭をぽん、と撫でた。
普段カカシのことを子ども扱いしないミナトのこの行動にカカシは少し驚いた。

「育ちざかりは手料理が一番。たくさん食べて、はやく大きくなりなさい」
「・・・・はい!」

カカシの強い返事を聞いてミナトもクシナも安心したように微笑んだ。


そうともなれば、翌日からカカシは久々に自宅の台所へと立ち向かった。
クシナから教えてもらった料理のいろはを頭の中で整理し、今までの反省を生かしつつ手際よく料理を作り始めた。
あれからほんの少ししか経っていないのに、気づかぬうちに背は伸びて、骨が太くなり、大きすぎた料理器具はカカシの手に見合うようになっていた。
何も知らなかった時よりだいぶ上達した包丁さばき。
あの日に見たクシナの動きを思い出し、それを楽しみに待っているミナトと自分のワクワクした気持ちも思い出した。
レシピ通りに調味料をくわえ、火加減に十分に注意しているとふわりとかおる、いい匂い。

「うん、いい感じだ」

出来上がった料理を、テーブルの上に広げた。
今日のメニューは、クシナに簡単だからとおすすめされた豚の生姜焼き。
米も炊き、味噌汁も作った。
自分で作った料理だが、我ながら美味しそうに見える。
ぐう、とお腹が鳴るのがその証拠。

「いただきます」

両手を合わせ、ほわほわと湯気をたてる味噌汁に手を伸ばした。
火傷しないようにゆっくりと一口。

「・・・ん?」

もう一口。

「なんか・・・違うな」

もらったレシピ通りのはずなのに、クシナが作ってくれた味噌汁と同じ味になるはずなのに、なにか違う。

「まあでも・・・いけるか」

不味い訳ではないし、最初のころに比べたらだいぶ成長した、と思う。

生姜焼きにも箸をつけたが、食べられないわけではないが、クシナの料理と比べてやっぱり決定的に何か足りない。
それでも十分食べられる範囲だしまあいいか、と疑問を感じつつ完食した。


それからというもの、自分の手でおいしい料理が出来上がることに感動を覚え、足りない何かを模索しながらも料理を作るようになった。

クシナから貰ったレシピは何度もそれを見て作ったため、気付いたらボロボロになってしまった。
しかし今となっては頭の中に完全にインプットされたので、これ以上ダメにならないように大事に棚の中にしまった。

何十回、何百回と食事を作ってきたが、それでも足りない何かは分からないまま。
こんなにも上達したのだからお礼としてミナトとクシナに料理をふるまいたかったが、足りない”何か”が分かって完璧だと思えるようになってからにしようと決めていた。

が、悲劇はすぐに訪れた。
カカシの料理を食べることなく、クシナもミナトもこの世を去った。

二人の宝をこの世に残して。



*    *    *    *    *



「ナルトー、お前またラーメンなの?」
「だってぇ、おれってば料理できねーし!」

教え子の様子を見に来てみれば、大きな台所に立つ小さな少年。
いつぞやの自分を見ているようで、ズキリと胸が痛む。

「ほら、俺が何か作ってやるから、ちょっとどいてて」
「え〜、カカシ先生ってば料理つくれんのか?!」
「ま!任せなさいよ。ナルトは机の上、片付けてきてちょうだい」

半信半疑のナルトをどかして、すっかり背丈のあった台所の前へ立った。
むしろ低いくらいだが、カカシにとってそう思うくらいならナルトにとってずいぶんと高いだろう。あの時は包丁だってフライパンだって、なにもかもが大きくて重かったのに今では簡単に扱える。
時が経つのは早いもんだ、としみじみしながら冷蔵庫を開けた。

「なんだ、結構いろいろ揃ってるじゃない」

冷蔵庫に入っている材料と、自分がナルトのために持ってきた野菜を見てどんな料理を作ろうか頭の中でレシピを組み立てる。

「・・・・よし」

卵を手に取りパカッと割ると、濃いオレンジ色の黄身が透明なヴェールに包まれてボウルの中へとろりと零れ落ちた。
塩、砂糖、出汁を加え、ぷっくりとした黄身に菜箸を挿し、くるくるとかき混ぜる。
熱したフライパンにゆっくりと注ぎ、じわじわと巻き進めれば・・・

「よ・・っと」

ほかっと焼けた出汁巻き卵を皿の上にあけた。

横で美味しそうな匂いを漂わせているのは、まん丸のハンバーグ。
じわっと肉汁が溢れ出て、キラキラと輝いている。
コンロの火を止めハンバーグも皿に載せれば、今日の夕飯は完成だ。

冷蔵庫からあらかじめ盛っておいたサラダを取り出し、既に出来上がっている茄子の味噌汁と共にダイニングテーブルへ並べた。
最後に茶碗へ大盛りの白米をよそい、ワクワクしながら待っているナルトの前に皿を置いていった。

「おまちどうさん」
「うっわーー!すっげー美味そうってばよ!」

キラキラと瞳を輝かせ、並べられた皿から目を離さずよだれを垂らさんばかりに身を乗り出すナルト。
その向かいにカカシも座り、ふう、と一息ついた。

考えてみればこれまでさんざん料理は作ってきたけれど、自分以外の誰かのために料理を作ったのはこれが初めて。
ミナトやクシナに振る舞うための料理は、めぐり巡って二人の宝物であるナルトへと捧げられた。

唯一残念なのは、あの時からずっと足りない”何か”を模索してきたものの、結局わからないままであること。

「いっただきまーす!」
「いただきます」

ナルトは真っ先にハンバーグへ箸をつけ、大きな口で頬張った。

「んー!なんだこれ、うっめー!」

感動したように目を輝かせながらガツガツと口いっぱいに頬張るナルトに、思わずカカシは微笑んだ。
自分の作った料理を美味しそうに食べてくれるというのは、こんなにも嬉しいことだったのか。
あの日、自分に向けられたクシナとミナトのまなざしを思い出し、ようやくその気持ちが分かるようになった。
どれどれ、とようやくカカシも味噌汁を一口。

「ん?」

ハンバーグも出汁巻き卵も食べてみるが、どれを食べても疑問が浮かんだ。
この味、どこかで。
今まで作ってきた物足りない味じゃない、どこかで感動を覚えた、あの味。

「・・・!」

思いついたのは、この料理を教えてくれたクシナのこと。

今まで何か足りない味だったのに。
どうして突然、クシナの味に近づけたのだろう。

「カカシ先生の料理、ほんと美味しいってばよ!おれが頑張って作っても何か足らないんだよなあ」
「え?」
「あ、わかった!何か隠し味とかしてるのか?」
「いや、特になにも入れてないよ」

と、自分で応えながらハッと気が付いた。

そうか。
だれかのために作った料理は、こんなにも美味しい。
クシナがミナトのために、カカシのために作った料理は、我を忘れるほど美味しかった。

自分で作った料理に足りなかったもの、それはきっと愛情。
誰かのために、誰かを想って作るからこそ、それは極上に美味しくなるのだろう。

ミナトが言っていた『まずは自分のために料理を作ること』
このことは、ヒントでもあり答えでもあったのだ。

「ナルト、お前にいいものやるよ」
「え?なになに?」

ポーチの中にそっと忍ばせていた1枚の紙を差し出した。

「なんだこれ、やけにボロボロだってばよ」
「まあそういうなよ。今日のこのメニューのレシピだ」
「レシピィ?!」

ナルトに渡したのは、あの日カカシがクシナから貰ったレシピが書かれた紙。
そんなこともつゆ知らず、ナルトはまじまじとその紙を見つめたのちにうーん、と唸った。

「なーなー、カカシ先生。このレシピ通りに作ったら美味しくなるのかな?」
「んー、そうだなぁ。まずは自分のために作ってみたらどうだ?」
「自分のため・・・」

カカシの言葉にナルトは目をパチクリさせていた。果たして理解したのか、していないのやら。

「お前もすぐに分かるはずだよ。この俺だって、美味しい料理が作れたんだから」

きっとナルトも、誰かを想って料理を作るときが来るかもしれない。

そのときに気づくだろう、この、幸せの味を。





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