「それじゃあ明日」
「ええ、さようなら」

若い男女が約束をし、別々に別れた。
男の方は明るい顔をしていたが、女の顔はやけに暗かった。

一人になった女の後ろから、さきほどとは違う、銀髪の男が現れた。
そして乱暴に女の腕をつかみ、なにか言っている。
男の目は鋭く、女はひどく怯えていた。

「・・・・?」
「・・シ!!ちが・・・・!」
「・・、・・・・」

女は小さく頷き、怯えた目の色をさらに濃くした。
銀髪の男、カカシは印を結び、腕をつかんだままその場から消えた。


これは不器用な男の物語。






カカシの冷たい声。
沈黙を破り、突然名前を呼ばれたはびくっと体を震わせた。

「明日、どうするの?」
「・・・」
「答えられるでしょ?」

優しい言葉に反して鋭い声でカカシは尋ねる。

「仕事の先輩と、会う約束があって・・・」
「キャンセルして」
「え?」

は最初なにを言っているかわからなかった。
思わず聞き返すと、カカシは怪訝そうに笑った。

「ああ、そうか。俺よりあの男の方が好きなんだろ」
「そんなわけ・・・!」
「口ごたえするな!」

いきなりカカシが声を張り上げた。

「そうなんだろ?」
「・・・」

は俯き、震える唇を噛みしめて無言で首を振る。

「チッ・・・」

急にの髪の毛を乱雑にわしづかみにし、無理やりカカシの方へ顔を向かせた。

「いたっ!」

痛がるを目の前にして、カカシは背筋がぞくっと震えた。
この独占感がカカシの狂気を煽る。

「明日・・・どうしたい?」

口調を緩めて、でも鋭さは衰えず聞く。

「カカシと・・・一緒にいたい」

答え合わせをするように、ためらいがちにが答えると、漸くカカシは髪の毛を離した。

「そ。じゃあ後で連絡入れておきな」
「うん・・・」

カカシは満足そうに微笑み、くるっとに背を向け、台所に水を飲みに行った。

やけに喉が渇く。
水では潤せないのは分かり切っている。

渇ききっているのは、心だ。


*    *    *    *



カカシとは恋仲の関係。
カカシからに告白し、はすぐさまOKした。

カカシと言えば、忍の中で一番の実力者で、顔もよく、力もある。
すべてが完璧な、誰もが羨む存在。
もちろん女性にもてるし、何人もの女性に告白されるほど。
だがそれをすべて振ってまで、一般人のに告白したのだった。
は自分にだけ見せる人懐っこい優しい笑顔に惚れこみ、相思相愛の状態へとなった。

しかし、日が経つにつれカカシの任務の数も増え、お互い会う日数が減っていった。
お互い仕事に追われている身。
簡単に会えることもできず、2ヶ月以上会えない時もあった。

暗殺や、幼子を殺す任務が立て続けにあったカカシ。
任務をこなすたびに心は荒み、目は鋭くなり、光を失った。
こんな状態ではに会えないと、心は癒しを求めているはずなのに、自らから離れて行った。

そんな悪循環が続いたある日のこと。
は仕事の打ち合わせで、男性の上司とホテルのロビーで会っていた。
ちょうどそれを見てしまった任務がえりのカカシ。

仕事中だというのに、カカシはを抱きかかえ、瞬身で自宅へと連れ去った。
知らない男と話しているを見た途端、周りが見えなくなり頭に衝撃が走った。
理性が追いつく前に、身体が動き出していたのだ。

家に着くと、カカシはをベッドに押し倒した。

「カ、カカシ?!」

いまだ状況のつかめないが、目を白黒させてカカシの肩を押し返した。

「びっくりしたじゃない!それに今仕事の打ち合わ・・・カカシ!!」

の反論なんて耳に入らず、ただ獣のようにの体を求めた。
びりびり、と勢いよく服を切り裂き、邪魔くさい下着も取り去る。

「カカシ!!まって!やめて!」

力ではかなわないと分かっていても、は必死に抵抗をした。
だがカカシはポーチからワイヤーを取り出し、いやがるの腕を拘束してしまった。
そしてワイヤーをベッドヘッドに括りつけ、ついには身動きが取れなくなった。

「や、やだ・・・やめてよ、カカシ・・・」

ぽろぽろと涙がこぼれる。
ようやく会えたというのに、久しぶりに会うカカシは人が変わったかのように冷たい目をしていた。

その隙にもカカシはろくな愛撫もせず、の中へ挿入しようと体勢を変えた。
そこはまったくと言っていいほど湿ってもなく、カカシの自身が入る隙もなかった。
カカシはそんなことも気にせず、ただ暴走する理性のままに体を動かした。

「や、やだ!ちょっと待って!!痛い!や、ああっ!」

悲痛な声を上げるを無視し、無理やり自身を入れ込んだ。

「くっ・・キツ」

カカシはそう呟き、ゆっくりと腰を動かし始めた。

「ぅあ・・く・・うあ、ああ」

が苦痛の声を上げる。
腕が自由にならない。
カカシの体をどかすことも、零れる涙をぬぐうこともできない。

何度か出し入れを繰り返していると、漸く生理的なものが分泌されてきた。

「ぅあ・・・や、あ・・・あ、ああっ」

の声も甘い響きが加わった。
悔しくも、久しぶりのカカシとの行為に体は悦んでいた。

ぎゅ、と目を閉じてこの行為に耐えるだが、ちらりと見えたカカシのその瞳は、ひどく哀しげだった。
ぱち、と目が合うと、途端にカカシの瞳は冷徹に変化した。

「泣くなよ」

自分の額当てを外し、の目を覆ってしまった。

「カカシ!やだ、外して・・・!」
「・・・」

視界も動きも制限されて、暗闇の中でカカシを求める。
そんなを見て、生唾を飲み込んだカカシは腰の動きを速めた。

「ひあっ!あっ、や・・・あっ・・・!」
「もしかして、興奮してる?すごい締め付け・・・」

カカシの言葉には唇をかみしめるが、絶え間なく続くカカシの突き上げに自然と声が上がってしまう。

「あ、や、カカシ・・・!ああっ・・・!!」
「くっ・・は・・!」

ようやく二人が達し、カカシがの目を覆ってる額当てを外した。
はぽろぽろと涙を流し、カカシから首をそむけ、いまだ自由の利かない腕に顔をうずめた。

「うぅ・・・う・・・」

カカシは自身をから抜き、いまだ無言のままベッドに座り込んだ。
部屋にはの鳴き声だけがやけに響く。

・・・」

ようやくカカシがぽつりと呟いた。
その声は、先ほどまでの冷徹さはなく。

「・・・ごめん・・・俺・・・どうかしてた」

カカシはワイヤーをはずし、を抱き起こし、涙を流すを優しく包み込んだ。
そして震えている唇に口づけた。


その時からカカシの愛は歪み始めた。
異常なまでの独占欲。

仕事だから、男の人と話すのは仕方がない。
当たり前のことだ。
しかしカカシはそれすらも許さなかった。
「話してもいいから、相手の目を見て話すな」
どんなに説得しても、カカシはそれ以上は許してくれなかった。

ある時、は仕事で一緒だった同僚に、言い寄られたことがある。

「今日の飯でもどう?」

「一緒に帰らない?」

などと、もう何十回も聞かれたがすべてを断って来た。
付き合い悪いなあ、と言われようが、自分にはカカシがいる。

けれど相手は気にせず誘ってくる。
もう関わりたくない。
こんなところをカカシに見つかったら・・・。

『一回食事でも行けばもう誘われないかな』

そう思い、一度だけ軽率に食事に行った。
別に同僚のことを一度も恋愛感情の中にいれたことはない。
あくまでも同僚だ。

だが、その同僚がの目を見て真剣に言った。

「好きだ」

はびっくりしてなにも言えなかった。
するとその同僚はすぐに笑い、
「ウソだ」
と言った。

があわてて「帰るね」と言って立ち上がると、同僚も立ち上がった。

「おれの家にに渡すファイルがあるんだ」

と、言ってきた。
は仕方がなく男の家へと寄った。

玄関では待っていると言ったが、面倒くさいから中に入ってろと同僚に言われ、はやく帰りたいという一心で仕方なく中まで入った。
だが、同僚はファイルを探す素振りを少しもせず、の前に来た。
恐怖を感じ後ずさるが、じりじりと同僚も近づいてくる。

「な、なに・・・」

すると同僚は勢いよくを抱きしめた。

!!」
「?!」

必死に同僚を突き放そうとするが、男の力には勝てず。
無理やり同僚はの顎をつかみ、口付けをしようとした。

「や、やめて!!!」

なんとか男から顔を背けたが、そのまま強引に押し倒された。

「やだ!!ちょっと!!やめてよ!!!」

服を脱がそうとする手から必死に逃げようとするが、同僚はをがっちりと掴んでいる。

「やめて!・・・カカシ!!助けて・・・カカシ!」

思わずカカシの名を叫び、助けを呼んでいた。
するとパリーンと派手な音をたてて、窓が砕け落ちた。
なぜ割れたのかを確認する前に、すでにの上に圧し掛かっていた同僚が吹っ飛ばされていた。

びっくりして目をきつく閉じていると、「ぐふ」と声を漏らして同僚が気絶したのが分かった。
恐る恐る目を開けると、そこには身震いするほど殺気を纏ったカカシが鋭い視線をに向けていた。

「カカシ・・・」

のもとに無言で近寄り、何も言わずにを抱きかかえ、同僚の家から出て行った。


そのままカカシは自分の家へと戻り、乱暴にをベッドに降ろした。
何をされるのかとはびくびくとしていた。
そんなを放置し、カカシは風呂に入り、私服に着替えて帰って来た。

無言のままのカカシが怖く、ずっとカカシのことを怯えた目で追っていた。

ついにカカシがのいるベッドにやって来て、ベッドへと座った。

「カ・・・カカシ」
「・・・」
「ご、ごめんなさい!あのね、これには理由があって」
「うるさい」
「ッ・・・」

ぼそりと低く唸るような声に、は声を詰まらせた。
一瞬ひるんだだが、分かってほしくて必死に説明を続けた。
カカシは呆れたように立ち上がり、の前に立ちはだかった。

「あの男の家にファイルがあって・・・仕方なく行ったの。そ、そしたら急に・・・」
「もういい」
「私、必死に逃げようとしたんだけど」
「もういいって言ってるだろ!!」

パンッと乾いた音が部屋に響いた。
の頬がジン、と熱い。
そこで漸くカカシに叩かれたというのが分かった。

初めて頬を叩かれた。

衝撃とショックで、一気に頭が真っ白になった。

「もういい、そんなつまらないウソ」
「ウソじゃない!違うの!」
「やめろ!聞きたくない」

の上に覆いかぶさり、ベッドに押し倒した。
そしてぐい、と強く大きな手での口を塞ぎ、同時に鼻も押さえこまれ息ができなくなった。

「ッ!」

そしてもう片方の手で首を掴まれた。
その手はぎりぎりと、力が増していく。

「ぅぐ・・・んん・・!!」

必死にカカシの腕を掴み、離そうと力を込めるもののピクリとも動かない。
カカシは虚ろな冷たい目でを見つめるだけ。
ついに腕が力に入らなくなり意識が朦朧としてきたとき、はっとしたカカシがようやく手をはなした。

「うっ・・・げほげほっ!はぁ・・はぁ・・・」

たまらずせき込み、何度も呼吸を繰り返した。

「・・・ごめん。ごめんな」

悲痛な声をもらすカカシは俯いて、後悔に押しつぶされそうな表情を浮かべていた。

を誰かにとられるくらいなら・・・お前をこの手で壊したい」
「カカシ・・・」

カカシはを優しく抱き起こし、ぎゅ、と包み込むように抱きしめた。
朦朧とした意識の中、カカシの体温は暖かくを包み、その暖かみが心地よかった。

カカシはに暴力をふるった後、決まって謝り、優しく抱きしめる。
そしてだけにみせる、あの笑顔をむける。


悪いのは私。
だって、カカシに辛い思いをさせてしまったのだから。

やっぱりはカカシのことが大好きで、カカシが暴力をふるうのは、カカシを不安にさせてしまったから。


ごめんねと謝るのは、本当は私。
不安にさせて、ごめんね。

そう、悪いのは私。



*    *    *    *




台所からカカシが戻ってくる前に、明日の予定をキャンセルするために男に電話した。
ごめんね、予定が入っちゃって、と伝えると、男はすぐに了承してくれた。

『なあ・・・。こんなこと聞いていいのかわかんないけどさ・・』
「なに?」
『俺と別れたあと、お前、銀髪のやつに連れて行かれてただろ』
「う、うん」
『お前・・・大丈夫か?あいつに縛られて何もできないんじゃねぇの?』

は受話器を持ったまま、固まってしまった。
なにか言わなきゃ、と思うものの、言葉が出てこない。

『別れないの?』
「別れるだなんて、そんなこと・・・!」
『怖くてできないのか?』
「・・・」
『まあ、お前がいいんなら別にいいんだけどよ。じゃあな』

ガチャ、と男が電話を切り、ツーツーと電子音だけが虚しく響いた。

「・・・」

男の言葉にはっきりと反論することができなかった自分に驚いた。
確かに男の言うとおり、カカシに束縛されている。
そんなふうに考えたことなんてなかったが、第三者にそう指摘されてようやく気が付いた。
もし、別れたらもうこんな思いをしないのかもしれない。

でも・・・・・。

それはカカシにそうさせてしまう行動をとってしまうから。
悪いのはわたしで、なのに別れようだなんて自分勝手にもほどがある。
それに、カカシに依存している自分もいる。

どんなことをされても、カカシと別れるだなんて選択肢は浮かばなかった。




急にカカシが名前を呼んだ。
気づいたらカカシはのすぐそばに立っていて、その目はどこか寂しげだった。

「覚えてるか?お前を誰かにとられるなら、この手で壊したい、って」
「うん・・・」

はカカシのオーラが怖く、近くの壁に寄り添って、自分の体を支えた。
この言葉は、の心に深く染み付いていた。
どんなに辛い目にあっても、この言葉を支えに耐えることができた。
カカシが暴力をふるうのは、自分のことを深く思っているからだと。


「この言葉、忘れて」

あっけらかんと言うカカシに、は目を見開いた。

「え・・・?」

カカシはと目を合わせようともせず、黙ったまま。


それって・・・もう私のことはどうでもいいって意味なの?


声に出せない反論が頭の中を占める。


「俺がを傷つけ、苦しめている。俺がいなければ、は幸せだろ?」
「え?なに・・・?どういうことなの・・・?」

は混乱して、カカシの言っていることが理解できない。


・・・別れよう」


の頭の中は真っ白になった。
何も考えられない。

「どうしたの?泣きそうな顔をして」

そういうカカシの方が、泣きそうな顔をしている。

「カカシ・・・!」

声が震えていた。

「や、やだ!私、カカシと別れたくない!!わたし、カカシなら何されても平気よ?だってカカシのこと好きだから!」
・・・やめてくれ」
「さっきの電話、聞いてたのね?」
「・・・・まあね」

どうして今まで見せたことない、哀しい顔をしているの?
どうして傷つけているはずなのに、傷ついた目をしているの?

「カカシは・・・私のこと好き?」
「好きだよ。愛してる」
「だったら・・・!!」
「だからだよ。俺はお前を誰かにとられるのが怖い。どうすればはもっと俺に狂うの?」

カカシはゆっくりと語った。

「本当は誰にもを見せたくない。ずっとこの部屋に閉じ込めて、俺だけのものにしたい」

カカシはに近づき、ぎゅ、と抱きしめた。


「一人にしないで、見捨てないでどうか、こんな俺を」


カカシの痛々しいほどまっすぐな言葉が、の心を震わせた。

「どうすればいいのかわからなかったんだ。のことが好きすぎて」

カカシの受け止めきれないほどの大きな愛に、の瞳には涙が溢れ出た。
歪んでいたと思いきや、こんなにもまっすぐ愛されていたなんて。

「痛みなんてすぐ忘れちゃう。でも、カカシはいつも痛かったでしょ?」
「え・・・?」
「ここ」

そっと腕を伸ばして、カカシの胸に手を宛がう。
カカシが狂気に陥る時、その目は何も映していなかった。
冷酷で、でも心を痛めていて。

「私なんかに、こんなにも想ってくれて、ありがとう」

もカカシのことを優しく抱きしめ返した。

「不器用な愛でしょ?」

カカシがぽつりと呟いた。
その言葉に、はゆっくりと首を振った。

「愛に器用も不器用もないよ」

カカシはうん、と小さくうなずいた。



・・・愛してる」


「私もカカシのこと、愛してる」


お互いに見つめ合い、言葉を交わした。

そして愛のある口づけを、どちらからでもなく交わした。



*    *    *    *



、いってらっしゃい」
「うん、カカシも任務頑張ってね!」

玄関でかわす会話と、いってきますのキス。
あれからすぐに、カカシは変わった。
暗闇を映していた瞳はを映し、たくさん笑顔をむけた。

心の中で鬱々と秘めていた想いをまっすぐにぶつけたことで、愛する者を失う恐怖心がなくなった。
恐怖を盾に怯えていた日々を忘れるほど、今の愛のある生活が幸せだった。



「愛してるよ」





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